小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【真説】天国と地獄

INDEX|18ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

「でも、死んだ人はそのまま荼毘に付されて、遺族には派兵先で亡くなったとでも言っていたのかも知れませんね」
「ええ、まだ本格的な戦争にはなっていませんでしたが、満州や支那では派兵が行われていましたからね」
「今の我々には想像も付かない世界なんでしょうね」
「そういうことです」
「でも、綿貫先生はその中で、その施設が戦後どうなったのかということを書いていました」
「どうなったんですか?」
「進駐軍に接収されたんですが、日本が復興を遂げていく中で、ある企業がそこを買い取ったらしいんです。そこで、死後の世界の研究を密かにしていたというオチだったんですが、どのような研究をしていたのかは、先生はボカしていました。あくまでもこの研究所はメインテーマではなく、メインの話を盛り上げるための脇役のような存在だったんですね。でも、僕はこの建物の存在が気になっていたんです。そんな時に、高山さんから天国と地獄の夢のプロローグの話を聞かされて、あらためて綿貫先生の話を思い出すことになったんです」
「綿貫さんの発想が、僕の夢に繋がってきたのかな?」
「まるでそんな感じのイメージですね」
「高山さんは、それから夢の続きは見ていないんですか?」
「ええ、夢の続きは見ていないんですが、勝手に想像力を膨らませて、いろいろな発想が出てきているところです」
 と高山がいうと、
「それがまずいのかも知れませんね。勝手に現実世界で発想が先走ってしまうことで、潜在意識が混乱しているのかも知れませんよ」
 と言ったのは、マスターだった。
「いやいや、そんなことはないと思いますよ。潜在意識というのは、その程度のことで揺らぐことはないと思います。逆に潜在意識が根底にあるから、いろいろな発想が生まれてくるのかも知れません。きっとその中に潜在意識に限りなく近いものがあるはずです」
 と、三雲が言った。
「それは限りなく近いだけなんですか? 潜在意識そのものではないんですか?」
「違うと思います。もし、そこで潜在意識そのものが思いつくのであれば、他の発想が生まれるはずはないと思うからですね」
「なるほど」
 三雲の意見は、二人を唸らせた。確かに夢の続きというものは見たいと思っても見ることができない。現実世界での意識と潜在意識とでは、交わることのない平行線を描いているのかも知れない。
「でも、高山さんが見たという夢に出てきた建物は、何をするところだったんでしょうね?」
 とマスターが聞くと、
「僕は、その建物は、死んだ人間が必ず最初に行くところで、ここで、天国に行くか地獄に行くかの決定がなされるのではないかと思っているんです。ただ、この夢を見るまでは、決めるのは本人ではなく、あの世の裁判官のような人によって振り分けられるんじゃないかって思っていたんですが、実際には最終的に決めるのは、本人ではないかと思うんですよ」
 と、高山が言った。
「でも、それだったら、皆天国に行きたがりますよね。わざわざ地獄になんか行きたいと思う人はいないはずだからですね」
「そうなんですよね。だから、夢の中で出会った男女が、今の自分には理解できないような話だったんですよ。そのおかげで、夢に見た会話もほとんど覚えていないんですよ」
「でも、それは全体が分かっていて、一部だけだって思っているんですか? ひょっとしたら、覚えているのがすべてなのかも知れませんよ?」
 と三雲に言われた高山は、
「そんなことはないと思うんですよ。もし、あれがすべてだったら、話の辻褄がまったく合っていない。ところどころ忘れているところがあるような気がするんですよ。でも、一つ印象的だったのは、この世にも天国と地獄が存在しているという話をしていたことですね」
「確かに、この世こそ、天国と地獄があるのかも知れないですね。差別が存在すれば、貧富の差も存在する。この世の地獄という言葉、味わっている人がどれほどいるか……」
 そう言いながら、三雲は考え込んでしまった。
 そんな三雲を見て、高山もマスターも考え込んだ。ここまで話をしてきたことで、一時の急速が必要な時間だったのだろう。
 高山は、自分が以前に見た夢を思い出していた。三雲も自分の夢を思い出していた。マスターは、夢を見たわけではないので、二人の話を聞きながら、勝手に想像を膨らませていたのだが、自分が二人が見た夢の中に登場人物としていたように思えてならなかった。
――俺は二人の話の中に入り込んでしまって、抜けられなくなってしまったのか?
 と感じていた。
 しかし、もし抜けられなくなってしまったのであれば、そこから抜けるためには、今は意識していない夢の中の自分を意識する必要がある。発想ではなく、潜在意識の中に埋め込んでしまわないと、本当に抜けられなくなってしまいそうで怖かった。
――まるで夢を見ているようだ――
 そう思うと、本当に夢であってほしいと思うようになった。
 二人ともその日はこの店に来ていなかったという意識をしっかり持つと、さっきまで目の前で話をしていた二人はいなくなっていた。
――やはり夢だったんだろうか?
 と、ハトが豆鉄砲を食らったように意識が飛んでしまっていたが、さっきまで二人がいたと思っていたカウンターのテーブルの上に、一冊の原稿が置かれていた。
「天国と地獄」
 さっきの話そのままのタイトルで書かれた原稿は、密閉された店内で、風もないはずなのに、ゆっくりと捲れようとしていた。
 タイトルの横に名前が書かれていたが、そこには綿貫五郎と書かれていた。
「綿貫五郎? 三雲さんが時々口にしている自分が担当している綿貫先生のことなのかな? ということは、この原稿は、三雲さんが忘れて行ったものに違いない」
 とマスターは感じた。
 原稿の厚さは、結構なもので、長編であることは分かった。
「それにしても、大切な原稿を置き忘れるなんて、三雲さんもどうかしている」
 と思ったが、マスターが見ていた間、三雲が原稿を封筒から取り出すところを見たことがない。
 実際に編集社の担当者が、自分の担当している作家の作品を会社以外で表に出すようなことはしないだろう。裸で置いてあるということ自体、普通では考えられないことだった。
 しかも、本人はそこにはいない。忽然と消えてしまったとしか思えない。昨日、高山と三人でここで会話していたのは間違いない。ただ、会話が終わったところ、そして、二人が帰ったところ、さらには、店を閉めて、時間が経ち、翌日になったという意識はまったくなかったのだ。
――どういうことなんだろう?
 マスターは、今おかしな発想を思い浮かべていた。
――高山さんと三雲さんは、昨日最後に話していた大学のような研究所を探して出かけたのではないか。しかも、探し始めてすぐに見つけることができて、今、二人はその建物の中で自分の居場所を探しているように思えてならない――
 と、感じていた。
 マスターは複雑な心境だった。
 自分が二人の妄想に引き込まれなくてよかったという思いと、生きている間に見ることができるかも知れない死後の世界への興味から、二人に取り残されてしまったという惜別の思いとの二つであった。
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次