【真説】天国と地獄
そう思うと、さっきの凍りついた時間、高山は自分が創造した世界の中に入り込んでいたことに気が付いた。目の前にいる驚愕のマスターも、無表情の三雲も、それぞれ、何も感じることなく、この世界の中で、記憶喪失と精神異常という空気のような存在の中の三人と入れ替わってしまっていた。そして、そんな三人を冷静な目で見ている三人がいて、まるで箱庭に入っている三人と会話をしているように見えた。
「僕は箱庭の中にいて、上から誰かに見られているような気がして、さらに自分を見ている人が、その上の誰かに見られているような気がして、堂々巡りを繰り返しているんですよ」
三雲はそういうと、
「じゃあ、三雲さんのあの無表情は、その恐怖に声も出なかったということなんでしょうか?」
と高山が聞いた。
「ええ、その通り、僕は不可思議な現象を目の前にすると、一歩も動けなくなるくせがあるんです。無表情になったというのは、そういうことだったのかも知れません。いつも凍りついたみたいだって、言われているんですよ」
三雲が凍りついた世界で違和感がなく無表情を貫けたのは、以前からの性格によるところが大きかったのだ。
今度はマスターがおかしなことを言い出した。
「ひょっとして、皆同じ夢を見ていたんじゃないかな?」
というマスターの意見に、三雲が答えた。
「それは夢の共有ということですか?」
「そうですね」
「いや、僕は少し違うと思っているんですが、これってそもそも夢だったんでしょうか?」
「どういうことですか?」
「夢ではなく、別の世界に、三人が想像した場所があって、その場所にも僕たち三人がいて、同じことを感じていた。ただ、その感じ方が、この世界とは違っていたので、各々まったく違った印象で覚えていた。それを夢として感じるのは普通であり、それを夢と感じさせる何かの力が働いていたのかも知れません」
「じゃあ、別の世界に僕たち三人がいるんだけど、その世界では違う次元にいることで、一緒にいても、その存在に気づかない。こっちの世界から覗いた時だけ、三人が同じ次元にいるように見えるんじゃないかってことですか?」
「ええ、そうです。だからあちらの世界から、もしこっちが覗けたら、この三人は別の次元にいるように見えるかも知れないですよね。つまりはこの次元のこの世界でなければ、この三人は決して一緒にいることはできないということなんじゃないかって思うんですよ」
「かなり、飛躍した考えですね」
「ええ、でもこの考えを応用すれば、天国と地獄の創造というのは、可能なんじゃないかって思うんです。だから、逆にいえば、天国と地獄というのは、あくまでも創造物であり、人間の頭が作り出したもの。ただ、火のないところに煙は出ないので、それなりに似たような世界をかつて覗いた人がいるんじゃないかって思うんです。ただ、それが今考えられている天国と地獄のようなものとはまったく違っているかも知れないですけどね」
「今考えられている天国と地獄というのは、宗教かかっていますからね」
「だから、本当に天国と地獄があるのであれば、それはもっとリアルで、生々しいものなんじゃないかって思うんですよね」
「さっき夢の中に出てきたという世界。あれも人間が想像したものの中に含まれているのかも知れないですね」
「あれこそが、天国と地獄の原点ではないかと思うんですよ。こうやって話をしているうちに、天国と地獄の概要が浮かんでくるかも知れませんね」
三雲がそういうと、高山は自分の作品に、ぜひとも天国と地獄を入れたいと思うようになった。その思いは、、
「天国と地獄の夢を見たので、それを話にしてみたい」
と三雲に語った時のころを思い出させた。
あの時は、
――忘れてしまいそうなので、文字にして残しておきたい――
という思いが強く、本当は忘れたくないという思いが一番強かったのだという単純なことを忘れてしまっているような気がした。
元々は自分の夢の中に出てきた天国と地獄の話が、いつの間にか、三雲の夢に出てきた箱庭のような世界の話になっていた。高山以外の二人がどのようなイメージを持っているのか分からないが、高山の頭の中には、夢で出てきた天国と地獄の夢の狭間が作り出した世界だと思えてならなかったのだ。
ただ、話を聞いているうちに、少なくとも三雲だけは、この世界が天国と地獄の狭間の世界だと思っているようだ。ただ、同じ天国と地獄と言葉で表現したとしても、感じている世界は、三雲と同じようには思えない。やはり、二人は箱庭の中にいて、真上から三人の男たちに見つめられているようだ。
――三人の間には、見えない壁が存在し、その壁を確認できるのは、上から見ている人たちだけではないだろうか――
と、高山は感じるようになっていた。
「天国と地獄って、実際に言われているよりも、実際にはもっとリアルで生々しいものなんじゃないだろうか?」
と、高山は呟いた。
確かに考えていることはその通りなのだが、自分の口が動いてこのことを呟いたという意識はない。その話を聞いて我に返った二人を見て、高山はきょとんとなってしまった。箱庭の上から見ている三人は、その様子を見て、ホッとしているようだった。一体、箱庭の外から見ている人は、何を感じたというのだろう。きっとその答えは、高山の夢の中ですでに出ていたのではないかと感じている高山だった。
「そういえば、以前見た夢の中で、男と女が話をしていたんだけど、二人とも死んでから最初に、大学のような建物のところに行かされたって話をしていたような気がしたんだけど、あれは何だったんだろう?」
と、高山がいうと、
「それと似たイメージを自分は最近抱いたことがあります。元々のきっかけは、綿貫先生のホラー作品に出てきた話だったんだけど、その作品の時代背景が、昭和初期だったんですよ。まだ戦争前で、世の中は軍国主義一色だったという設定なんですが、そこで、徴兵制で強制的に軍人にさせられる人を洗脳するための施設があったという設定で、それが大学のような建物だったらしいんです」
と、三雲が言った。
「そこでは何が行われていたんでしょうね?」
「軍人教育養成所という名目だったんですが、実は、人体実験も行われていたようなんです。軍人として戦争に耐えられそうもない人には、人体実験で国のために尽くす。それが当たり前の時代だったんでしょうね」
「それはひどい」
と、マスターがいうと、
「そうでもないでしょう。人体実験がどれほどのものかは分かりませんが、身体の問題で軍人になれなかった人は、元の生活に戻っても、まわりからは非国民といわれて差別されるんです。まともな生活を送れるわけもなく、それなら、身体を提供することでお国のためになれるならという人もいたようです」
「じゃあ、人体実験で命を落とす人もいたんでしょうね?」
「いたと思います。ただ、これはフィクションで、綿貫先生の想像した架空の話なので、怪奇小説の一部として聞いてもらわないといけないですよ」
「とは言いながら、ここまで結構想像と言いながら、かなりの話をしてきていると思いますので、いまさらこれくらいの話には、感覚が麻痺していると言ってもいいかも知れませんね」