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【真説】天国と地獄

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「青い服にピンクの服というので思い出したんですが、私も夢の中で、狂気の沙汰のような感覚になる夢を見たのを、今の話を聞いて繋がった気がしたんですが、その時私は夢の中の一人だったんです。青い服を着ていたので、三雲さんの話からすれば、記憶喪失だったのかも知れませんね。何も思い出せない中で、その光景が普通だと思っていました。別に何も疑わない。疑うという感覚すらないような、覇気のない感覚は、目の前に広がっている光景は、すべてが他人事、自分に意思などというものはなかったのではないでしょうか」
 とマスターがいうと、三雲が答えた。
「ええ、まさしくその通り、誰もがまわりを見渡すわけでもなく、ただ目の前にあるものをおもちゃにしているだけ、もし、車が突っ込んできたとしても、避けようとはしないかも知れません」
 マスターが続ける。
「そうですね。喜怒哀楽のすべてが欠如した世界があるとすれば、あんな世界なのかも知れないですね」
 今度は高山が口を挟んだ。
「それじゃあ、まるで動物のようじゃないですか」
 というと、今度は三雲が、
「いやいや、動物にもなっていないですよ。本能すら欠如してしまっている世界なので、植物と言った方がいいかも知れない」
 三人は、それぞれにその光景を想像していた。
 三雲とマスターは、立場こそ違っても、同じような夢を見ているので、似たような世界を想像しているのだろうが、高山はまったくの想像なので、二人とはかなり違うのを予想された。
 高山が自分の想像を口にしてみた。
「僕には、その光景の中に、不思議なものが見えるんだけど、話していいかな?」
 というと、二人は頷いて、
「どうぞ、話してみてください」
 高山は、やはり童話作家というだけではなく、怪奇ホラーを書くだけの素質を持っているのではないかということを、三雲に思わせるようなイメージを抱いていたのだ。
「その場所は、正方形の中にある土地で、入り口から入るとすぐに目立つのは、正面の壁に大きなアナログ時計があるんですよ。柱時計から外れたような形をしていて、その巨大な時計は、長針と短針の二本があって、長針の方はグニャッと曲がっているんですよ。それでも時は正確に刻まれているはずのその時計、入り口に立って見た時は、なぜか気が付かなかったんです」
「それだけでかいのに気づかないということですか?」
「ええ、一番目立ちやすいはずなのに、なぜか気にならないということは、最初からそこに巨大な時計があるということは分かっていて、長針が歪んでいるため、見てもあてにならないという感覚なんでしょうね。そのため、入ってからすぐ目の前に意識が集中してしまったので、広い敷地内に、人が点々としていて、それぞれが勝手な行動を取っているという光景を不思議に感じてしまったんだと思います」
「なるほど、何となくイメージできます。私は最初に入った時、時計のことは気になっていました。でも、時計を気にすることでそれまで見えていたものが見えなくなったような気がしたんです。それが何なのか分からないですが、そう思った途端、最初からその世界の住人だったように感じてしまったんです」
 というのが、マスターの意見だった。
「僕の場合は、時計には気づきませんでした。最初に話したように、青い服の人たちとピンクの服の人たちがいて、何をしているのかを考えていると、急に何かに閃いたように、青い服の人が記憶喪失で、ピンク色の服の人が精神障害の人に思えるようになったんです。僕もさっきは、夢に見たことを思い出しながら話をしていたんですが、マスターの話しが自分の中で新たな物語を形成しているようで、ひょっとすると、夢の世界の方が後で、マスターの話を聞いたことで浮かんでくるイメージが最初に感じたことだったのではないかと思うようになりました。それがどのように、どこまで違っているのかまでは、今は分かりません」
 と三雲は言った。
 三雲の話が少し変わってきたような気がしてくると、今度は高山が想像しているイメージに似てきたように思えてきた。三雲の夢の話はまだ途中だった。途中からマスターの話が入ってきたために、中断してしまったわけだが、あのまま三雲の話を最後まで聞いていれば、また違ったイメージが浮かんできたかも知れない。
 しかし、あそこでマスターが口を挟んだことに何か意味があるのかも知れないと高山は思った。
――最後まで三雲の夢の話を聞かせないためのものだったのではないだろうか?
 と高山は考えたのだ。
「僕のイメージは、二人に次第に近づいていく気がしたんですが、一番印象に残っていることがまだ誰の口からも発せられていないような気がします」
 高山がそういうと、
「それを高山さんが言ってくれるんですね?」
 と言ったのは、マスターだった。
 マスターの言い方は、
――俺の口からは言いたくない――
 という雰囲気がありありだったが、三雲を見てみると、完全に無表情だった。
――心ここにあらず――
 とでも言いたいのか、表情から考えていることを読むのは到底無理なことだった。
「じゃあ、言わせてもらおう」
 というと、マスターは固唾を呑んでいて、三雲は無表情のままだった。
「中央から少し外れたところに踊り場があって、そこには丸いものが乗っかっているんです。それは石でできた大きな顔で、その顔は大仏様だったんですよ。つまりはお釈迦様の顔が、生首のように、踊り場の上の台座に乗っているんです。しかも、その顔は斜めに傾いていて、まるで涅槃増の顔のようにも見える。僕がこの空間の中で一番不気味に感じたのは、この顔だったといっても過言ではないです」
 ここまで言うと、その場は凍りついたようになっていた。マスターは驚愕の表情で、顔が固まっていて、三雲は相変わらずの無表情は、その場を凍りつかせるに十分だった。
――何か余計なことを言ってしまったか?
 と高山は感じたが、もう後の祭りだった。時間の経過が、この場の凍結を解凍してくれるのを待つしかなかった。
 解凍に導いたのは、三雲だった。
「僕の夢は、今高山さんが言った大仏の生首まで見せてくれなかったんですよ。ひょっとして見ていたのかも知れないけど、肝心なところで目を覚ますのが夢だとすれば、その肝心なところが大仏の生首であり、目が覚めるにしたがって忘れてしまっていったのかも知れませんね」
 三雲の表情は、いつもの様子に戻っていて、三雲が話をし終わる前のどこかで驚愕の表情をしていたマスターの呪縛を解いたのだろう。二人とも何事もなかったかのように振舞っていたが、高山は確かに凍りついた時間を感じていた。高山が感じた凍りついた時間を三雲もマスターも感じたのかどうか分からない。もし、感じていなかったのだとすれば、三人はあの時間、別の空間にいたのではないだろうか。二人の次元の間に挟まったことで、高山は凍りついた世界を見たのかも知れない。
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次