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【真説】天国と地獄

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「我々の発想は、交わることのない平行線をたどるような気がするんですが、発想はきっととどまるところを知らないような気がするんですよ。今こうやって話をしてきて、自分の感じていた時間と、実際の時間、違っていませんか?」
「確かに言われる通り、自分の考えている時間に比べて、かなり経っているように思えますね。まるで浦島太郎になったような感覚だっていえば、大げさかな?」
「それだけ一つのことに集中しているからなのかも知れませんね」
 そう言って、高山は微笑んでいた。
 すると、三雲が今度は思い出したように、口を開いた。
「そういえば、この間、高山さんから聞いた天国と地獄の夢の話が頭にあったからなのかも知れませんが、僕も同じように天国と地獄の夢を見たんですよ」
 その表情は、さっきまでの「聞き手」ではなく、完全に立場が逆転したかのように、自分が主導権を握ろうとしているかのようだった。三雲本人としては、
――我に返った――
 と思っているのかも知れない。
「ほう、それは面白い。ぜひお聞かせ願いたいものですね」
 表情は柔らかだったが、眉間がヒクヒクと痙攣していたのを、三雲は見逃さなかった。今までの三雲だったら、そんな挑戦的な表情を相手にされたら、引き下がるタイプだったはずなのに、その時は、話をしなければ気が治まらないと言った気分だったに違いない。
 マスターは、そんな三雲に少し不安感を感じていたが、その様子では、
――止めても無駄だ――
 と感じたことから、黙って見守るしかなかった。
 高山の表現や、眉間の痙攣のように、相手から見て挑戦的に見えるかも知れないが、高山本人としては、そこまで挑戦的ではなかった。話の展開では挑戦的になるかも知れないとは思いながらも、最初はまだまだ精神的に穏やかだった。
「マスター、ワインを貰おうか」
 普段は水割り専門だと思っていた三雲が、ワインを注文した。
「ワインを飲むと、結構饒舌になれるんですよ。僕はいつも聞き手に徹することが多いので、水割りを飲んで相手の話に集中するようにしていたんですけど、ワインを飲むと、自分がこれから話そうとすることを、整理できる気がするんですよね。作家の先生方にも、同じようなこだわりというのがあるような気がするんですよ」
「そうですね。僕は童話を書いている時、たまにお酒を飲むことがあるんですが、その時は焼酎のお湯割りが多いですね。身体の中から暖かくなって、顔の辺りまで熱くなるんですよ。でも、頭にまではその熱さが上っていかない。だから、却って頭が冷やされる感じで、いい発想が生まれてくるんですよ。特に書いている時に、次の言葉もどんどん出てくる。酔っ払いすぎなければ、焼酎が一番いいですね」
「綿貫先生は、ウイスキーだって言っていましたね。やっぱり作家の先生によって違うもんなんですね」
 その話を聞いて、マスターもニッコリと笑った。
 いきなり夢の話から入るわけではなく、お酒の話を前置きにすることで、話が最初から軟らかくなり、自分が抱いていた危惧は、思い過ごしに過ぎないのではないかと感じたからだった。
「ところで、三雲さんは天国と地獄について、何か思うところが昔からあったんですか?」
「別にあったわけではないと思います。ただ、綿貫先生の担当をするようになって、怪奇ホラーに接するようになると、どうしても、天国と地獄の発想とは避けて通れないような気はしていたんですよ。そんな時、高山さんが天国と地獄の夢を見たという話をしたので、僕なりに興味を持って聞いていたんですね」
「僕の話が参考になりましたか?」
「前に聞いた高山さんからの話では、プロローグと言っていたわりには、結構先までイメージできたんですよ。話を聞いているうちに勝手に自分の頭が動いたとでもいうべきでしょうか。不思議なものですよね。高山さんの話に出てきた、天国と地獄に行く前、つまり死んでから、どちらかの道に行く前にどこかの研究所のようなところに行かされるという発想は、実は綿貫先生からも聞いたことがあったんですよ。綿貫先生は、発想だけは浮かぶんだけど、どうしても小説として文章化し、ストーリーを進めることができないと言って、苦笑していました。僕は、どうしてできないのかというのを素朴に感じていたんですが、やっぱり、夢に見たりして、夢の中とはいえ、リアルに感じることがなければ、文章にするということはできないじゃないかって思ったんです」
「なるほど、確かにそれはいえますね。まったくの空想で書ける小説というのは、案外限られているのかも知れません。フィクションと言っても、どんなに小さくてもいいので、そこにはリアル感というものがなければ、文章にはできないものなんだよ。それを考えるからなのか、僕はノンフィクションを書こうとは絶対に思わないんだ」
「それは高山さんの作家としてのこだわりなんでしょうね」
「そうだよ。最近では、今書いている童話に関しても、これが本当に自分の書きたいものだったのかって、いつも自問自答を繰り返している。そんな時に見た天国と地獄の夢、僕にとっては、センセーショナルな出会いであり、今後の自分の人生のターニングポイントではないかって思っているんですよ」
 と高山が言うと、
「それは、誰もが感じていることなのかも知れませんね。でも、それは自分が目標にしていることを段階を追って、少しずつ達成してきたことで、頭の中が飽和状態になってきたからではないでしょうか? それだけを目標にしてきたのならそれだけその思いは強く、達成できてもいないのに、達成されたと錯覚し、目標を見失いということは結構あることなんじゃないかって思います」
 高山の言葉に答えを返したのは、三雲を制するようにして口を挟んだマスターだった。
 もしこの話を先に三雲がしていれば、角が立つとマスターは思ったのかも知れない。第三者で、今までずっと影のようにしていたマスターだからこそ話せる内容だったのではないだろうか。
 そのおかげで、高山の童話作家に対しての愚痴は、それ以上語られることはなかった。人によっては、
「愚痴くらい言わせてやってもいいんじゃないか」
 という人もいるだろうが、高山のような性格の人は、普段から愚痴を言うような人ではないので、一度自分から愚痴をもらしてしまうと、そこから先は湯水のように出てくるに違いない。
「さすが作家だ」
 と思うほどにボキャブラリーは豊富であり、同じことであっても、言い回しを変えることで、くどさを和らげることができることで、愚痴をいう時間が余計に長くなってしまうことだろう。
 それを思うとマスターの機転は実に絶妙のタイミングで発せられた。瞬間湯沸かし器的なところのある高山の熱湯を、実にうまく冷やしたのだ。三雲と高山の間にしこりを残すことなく冷まさせることができるのは、マスター以外にはいないであろう。そういう意味では、二人がこのバーを交流の場に選んだのは、最高の選択だったのだ。
 少しの間、会話が途切れた。しかし、それは会話がないからでもなく、空気が重たいからではない。単純に一度熱くなりかけた空気を冷ますために必要な時間で、そこには息苦しさはなかった。普通に時間はすぎていく。
作品名:【真説】天国と地獄 作家名:森本晃次