【真説】天国と地獄
「それはどうしてですか?」
「夢の続きというよりも、考えられるパターンを繰り返していると言った方がいいかも知れません。いつも夢に入るところは同じであり、展開で少しずつ変わってくる。だから続きではないですよ」
「なるほど。それは夢の中のパラレルワールドのような発想ですか?」
「そうですね。その表現が一番しっくりくると思います。だから、重要なのは、夢の見始めがいつも同じだということ。それを感じると、前の夢と繋がっていることは分かっているんだけど、それが夢の続きなのか、それとも違うのか、理解するのが難しいところですね」
「でも、夢の続きではないと思っているんでしょう?」
「ええ、僕もさっきの三雲さんの発想と同じものを持っていて、夢の続きを見ることはないと思っているんですよ」
「意見が合いましたね」
「ええ、でも微妙な違いはあると思います。別人が見る夢なのだから、当然ですよね」
と高山が言うと、
「天国と地獄というもの自体、パラレルワールドなのかも知れませんね」
と、三雲がいうと、
「それは、天国と地獄そのものがパラレルワールドだと?」
「ええ、同じ世界では存在しえないものであり、例えば、この世とあの世だってパラレルワールドではないかと思うんですよ。死んだらあの世に行くという発想があるから、同じ時間の違う次元で存在できないというものなんでしょうが、あの世もこの世も永遠に続いているものなんですよね。つまりは自分中心に考えてしまっているから、パラレルワールドの発想が生まれないんじゃないかな?」
高山は三雲の話を聞いて、腕組みをすると、考え込んでしまった。
――この人、本当に作家になった方がいいかも知れないな。俺よりもよほど怪奇小説を書けるような気がする――
と考えていた。
すると、そんなことを考えていることに気づいたのか、
「僕の発想の半分は、綿貫先生の受け売りなんですが、でも、綿貫先生も僕と時々話をしてくださって、その時に、僕の意見は貴重だって言ってくれているんですよ。ありがたいことだと思います」
と、しみじみ三雲は語った。
「綿貫氏の作品は、まだ読んだことはないんですが、どんな感じなんでしょうね?」
「高山さんと似た発想があるんじゃないかって思うんですよ。それは高山さんと話をしている時に、綿貫先生ならどういうだろう? って思うことがあるんですが、きっと同じことをいうような気がしてですね。それに、綿貫先生と高山さんは出される話題は似ているんですよね」
という三雲の話に、高山は一度綿貫という人物に会ってみたいという思いに駆られていた。
三雲が自分の担当から離れて、時々こうやって他で会って話をするようになると、三雲の後ろに誰かの存在を感じられるようになったのに気づいていたが、その相手は綿貫以外には考えられない。そこまで分かっていながら、綿貫という人間の人物像が浮かんでこないのはどうしてなのか、ずっと疑問を抱いていた。
それでも、今まで三雲が綿貫氏の話をすることはあまりなかった。同じ作家仲間ではあるが、いくらそれまで自分の担当だったとはいえ、彼の担当編集者に相談している高山。そして、相談されても、実際には仕事で力を入れなければいけない相手が別の作家であるということに引け目を感じている三雲。お互いに変に気を遣っているのだろう。
「天国と地獄そのものがパラレルワールドだって三雲さんはおっしゃいましたが、僕はちょっと違った発想を持っているんですよ」
「それはどういう発想ですか?」
「天国と地獄、それが一セットになってパラレルワールドを形成しているという発想ですね」
「それは、宇宙的な発想ですね?」
三雲はまたしても、いきなりおかしなことを言い始めた。
元々三雲は論理だてた話し方が得意だったのだが、その中でいきなり突起した発想を口にすることがあった。そのことを指摘すると、
「俺に何かが下りてきているんだよ」
と言って笑っていたが、まんざら冗談でもないようだった。
――神が舞い降りたとでも言いたいのだろうか?
と思ったこともあったが、その前のことを聞いてみると、
「前に考えてきたことが急になくなってしまったようになって、別の発想が急に生まれるんだよ。だから、話をしていく中で思い出しながらになることもあるんだよ」
と言っていたが、なるほど確かにそれまで話をしていたことの辻褄が合わなかったり、こちらに何かを確かめながら話をしていることもあったりする。それが、この時なのだろう。
「ところで、考えていたことがなくなるのが先なのか、それとも、別の発想が生まれるのが先なのか、それとも、まったく同時なのか、そのどれなんでしょうね?」
「考えていたことがなくなるのが最初のようなんです。自分の中で、相まみれない発想が存在しえないと思っているので、別の発想が先に生まれてくることはないと思うんですよ。そして、まったく同時に行われるという発想もないような気がします。自分の中で、その危険性を分かっているような気がするからですね」
「危険性ですか?」
「ええ、もし同時に行おうとするなら、少しでも間違えば、頭の中から記憶すべてが消えてしまうような気がするんですよ。根拠も何もない発想なんですけどね」
と、その時の話を思い出していた。
「宇宙的な発想というのは、少し大げさでしたね。単純に頭の中に浮かんできたのは、二重惑星のイメージだったんですよ」
「恒星のまわりを、二つの惑星がくるくる回転しながら、回っているという発想ですか?」
「ええ、恒星から見て、裏になったり表になったりしながらですね。地球などは自転しているので、時間帯によって裏になったり表になったりするんでしょうが、二重惑星の場合は、どちらかの星が、裏だったり表だったりするんですよ。しかも、その星単体では、裏表の概念がないような気がするんです。だから、二重惑星などというおかしな造りになっているんじゃないかってですね」
「それをパラレルワールドの中の天国と地獄に当て嵌められるんですか?」
「宇宙的には難しいかも知れませんが、二重惑星という発想自体は、決して無理なことではないと思っています」
「箱の中を開けてみると、中にはまた箱が存在しているという発想だったり、自分の前後に鏡を置いて、自分がどのように写っていくのかという発想は、無限を考える上で必要な発想だと思いますが、パラレルワールドにも同じような発想があってもいいんじゃないかって思うんです」
「でも、天国と地獄の発想には当てはまらない気がします。いくらパラレルワールドが存在するかも知れないと思ってもですね」
三雲はそこまで言うと、少し考え込んでしまった。
「それが、三雲さんが話した『天国と地獄自体がパラレルワールドのようなもの』という発想なんでしょうね。つまりは、パラレルワールドというものが限られたものであっても関係ないということなんじゃないかって、僕は思いましたね」
「無意識にそう思っているのかも知れないですね。だから、高山さんの考えに対して、二重惑星なんて発想を思い浮かべて、自分の発想の中の矛盾をついてしまっていることになると気付かなかったのかも知れない」