【真説】天国と地獄
「私たちが生前に考えていた死後の世界ですよ。天国は極楽であり、何をしても許される世界で、地獄は血の池があったり、針の山があったりするところだというイメージですね」
「でも、地獄も天国も、誰も見たことがないはずなのに、どうしてあんなにリアルに想像できたんでしょうね」
「やっぱり宗教の発想が生んだものなんじゃないでしょうか? ただ、死んだら必ずどちらかに行かなければいけないという発想は、私にはどうも疑問でしかなかったんですけどね」
と言った言葉を聞いた男性は、
――じゃあ、どんな世界があるというのだろう?
そう思った時、彼は閃いた。
――天国と地獄以外に別の世界があるとすれば、それは一つや二つではなく、永遠に広がる無限の世界なんじゃないだろうか?
という思いだった。
それは、広さという意味なのか、数という意味なのか分からなかったが、無限という言葉が当て嵌まるとすれば、この発想ではないかと感じたことが自然な発想であることに、不思議な感覚を覚えていた。
二人の話を見ていて、
――最初は男性の方が、自分ではないか?
と思えていたが、次第に客観的に見ている自分に気づくと、この男性は自分とは考え方が違っていることに、あらためて気づかされた。
その時に、自分が夢を見ているということを認識したのだが、客観的に見るようになると、次第に男が何を考えているのか、分からなくなってきた。
むしろ、女性の方の気持ちが分かるような気がしてきた。
ただ、自分は宗教には興味がなく、毛嫌いしている方だったので、彼女が宗教に対して感じていることは、自分とは違うように思えた。それなのに、彼女の口から発せられる言葉はハッキリとしていて、それは自分と正反対の意見を考えることで成立するようなイメージに思えたのだ。
子供の頃、近くに宗教団体の事務所があった。建物は明らかに宗教団体と分かるような感じで、子供は近寄りがたかった。しかし、友達の母親が入信していて、子供も半強制的に入信させられていた。母親の話としては、
「子供は一人で判断できないので、母親の私が導いてあげなければいけない」
と言っていたのだが、学校では何とか子供だけでも、宗教団体から切り離したいと思っていた。
それでも、学校にそんな力があるはずもなく、子供が強制的とは言え、入信させられると、そう遠くない将来には、
「私は教祖様を親のように慕っています」
と、完全に洗脳されたようになっていた。
「無理やりに入信させられたことを、あれだけ嫌がっていたのに」
と、その子を知っている人は皆そう言うだろう。
洗脳というものがどれほどの力を持っているかということを、その子が証明した形になった。人によっては、その力に陶酔し、入信する人もいたようだが、それ以外のほとんどの人は、
「宗教というのは恐ろしい」
として、
「君子危うきに近寄らず」
を、貫いていた。
もちろん、高山もその一人で、その思いを抱いたまま、成長したのだ。その時同じように感じた人のほとんどが高山と同じように思っていることだろう。高山のまわりに宗教に入信している人はいない。誰もが宗教に対して一定の気味悪さを感じているのだった。
目を覚ました高山は、夢の途中で宗教団体について自分が考えている時間があったことを覚えていた。子供の頃のイメージが湧いてきて、そのイメージを抱いたまま、目が覚めたのだった。
今回の夢で印象に残ったのは、生と死の世界の狭間では、男女一人ずつが存在できる世界であり、二人が出会うところから夢が始まっているのではないかと思うことであった。その相手が運命の人なのかどうかは、まだこの段階では分からない。しかし、次に夢を見る時も同じ相手ではないかということが想像できる。そして、その夢を見るのは、そんなに遠い未来ではないだろう。
――この話は誰にしよう?
三雲にもう一度してもよかったのだが、三雲にする前に、少し頭の中を整理したい気がした。
前の夢の内容は何とか文章として残していたので、ある程度覚えているが、あれがプロローグだったとするならば、今回の夢は何になるのだろう? いきなり宗教団体が出てきて、どこで話が繋がるのか、少し考えてしまったからだ。
しかし、いろいろ考えていると、結局話ができるのは三雲以外にはいないような気がした。いつものように、三雲に連絡すると、
「今夜は空いてるよ」
と言ってくれたので、二人が最近お気に入りにしているバーで待ち合わせをした。
この店のマスターは二人の話を聞きながら、いつもうんうんと頷いていた。話が難しすぎるのか、話に割り込んでくることはない。
店に行くと、すでに三雲は来ていて、マスターと話をしていた。その様子は、高山が知っているマスターと違って饒舌で、ビックリさせられた。今までは待ち合わせで自分が先に来た時、マスターと会話になったことなどなかったのに、三雲に対してここまで饒舌な姿を見ると、思わず嫉妬してしまいそうになる自分にハッとしていた。高山が扉を開けたことは他に客のいない静かな店内なので、すぐに分かりそうなものであるにも関わらず、三雲は振り返ることもなく、途中の会話を止めることもなく続けていた。
会話の内容は、どうやら今日三雲と話をしようと思っていた天国と地獄の話のようだ。普段から耳に入っていても、会話に入り込んでこないマスターは、この話題に興味を持っていたということだろうか。
「お待たせしました」
と言って、三雲の隣に座った高山に対して、どこか申し訳なさそうに肩を竦めているように見えた。
「いらっしゃい」
バツの悪そうな言い方だが、この様子なら、こちらから水を向けないと、マスターは自分から口を開くことはないだろう。
三雲は相変わらずタバコを燻らせながら、高山の切り出すのを待っている。
二人の間では、待ち合わせを言い出した方から口を開くというのが暗黙の了解になっていた。だから、呼びだした高山が口を開かない限り、三雲の方から口を開くことはないのだ。
「昨日、また夢を見たんだ」
「どんな夢なんですか?」
「やはり天国と地獄に関するような夢なんだけど、今度は少し分かったことがありました」
「それはどういうことなんですか?」
「私が見ている世界は天国と地獄の間の世界であり、夢を見始める最初に必ず男女が出てくるんですが、その二人は同じ人なんです」
「そのうちの男性というのは、あなたをイメージして創造されたものなのでは?」
「いいえ、そういうわけではないようなんです。自分も最初はそう思ったんですが、自分でもよく分からないんですが、考え方が微妙に違っているんですよ」
「そうなんですね。天国と地獄の間に何か世界が存在しているのではないかという発想は僕の中にもあったんですが、きっと僕と同じような発想をしているのではないかと思います」
「どうしてそう思われるんですか?」