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短編集2(過去作品)

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 私はこれを二重人格だと思っていない。エクスタシーの中の自分が本来の姿なのだと思っているからだ。理性という名の元、表向きの人間が形成されているだけなのだ。
 一つのことに集中すると、我を忘れるタイプだろう。冷静に物事を考えることと相反しているように思われるが、冷静に考えられるから一つのことに集中できるのだというのが持論である。
 真っ白な頭の中に、まず赤い色が蘇ってくる。私の目の前に真っ赤な服を着た女性が立っている。今までに見たこともない女性、しかし妙に真っ赤な服が似合う。ポッチャリとした顔にショートカットが良く似合い、スレンダーな体つきであるが豊満な二つの胸は赤い服に鮮やかな隆起を浮かびあがらせている。自然と顔がほころぶのを感じると、彼女のその表情になぜか懐かしさを感じた。
 次に瞬間、今度は青い色が蘇る。今まで鮮やかな赤が支配していた世界の余韻からかあおい色の誰かが立っているのに背景までが真っ青に見えるのでそれがすぐには誰か分からなかった。しかしそれも一瞬で目がなれてくるにつれ、今度は見覚えのある顔が飛び込んで来た。それは紛れもなくここを紹介してくれた三原と名乗るあの大学教授である。男は無表情でじっとこちらを見詰めているが、目が合ってもその表情に変化のないことから、私の存在を意識していないことは明らかだった。
 私は自分の頭の中が勝手に暴走しているかのように思えた。というよりも、誰かが勝手に頭の中に入り込み、自分の思考を好き勝手に操っている、そういう風に思えるのだ。人間にとって一番無防備な瞬間、つまりエクスタシーを迎えた後に訪れる脱力感とのギャップが、一番人間らしいのかも知れない。
 さらに次の瞬間オレンジ色を感じた。いや、金色と言った方がいいかも知れない。しかしそこには今まで見た人の姿はなく、夕方目に焼きつけたあのいわし雲の光景が広がっていた。
 はるか遠くはすでに漆黒の闇に包まれていて次第にそれがまた迫ってくる迫力をまた感じることができると思うと、期待に胸が高鳴った。しかし何かが違う。そうだ、空と雲との間にくっきり浮かんだ影に象徴される立体感が今はないのだ。まるで空一杯に描かれたアート、きれいではあるが人工のものというイメージが頭を放れない。
 夢というものが平面でいろも観じないものだとすれば、これは夢ではない。しかし石を投げれば空が破けてしまいそうな錯覚を感じるが、それは現実のものとはかけ離れている。私の頭が作り出すオリジナルな世界、それは色がキーワードであった。そしてその中心は夕方見たいわし雲の金色なのだ。
 気が付くと、私は暗闇の中にいた。私はそれが現実のものであると直感したが、それと同時に感じたのは孤独感である。自分の体にまとわりつくようにフィットした毛布の温もりが心地良いが、真っ暗な中、体に残っている肌の温もりは重みを感じることなく物足りなさが残る。確かに残っている左腕の重さは、あゆみによるものなのだ。
 次の日から、あゆみの前でどんな行動をとればいいかなど考えることなく過ごしたひとときであったが、襲ってくる孤独感は初対面のあゆみを思わせ、女性と客の関係を思い出すに至って、明日の対面が思いやられた。
 案ずるより生むが易しというが、まさしくその通りである。客が他に誰もいない中、女将は女性以外の何者でもなかった。
 静養のために来た温泉であったが、次に日から私はさっそく筆を執ることにした。それは初日だけで一週間分の静養をした気がするからであって、とても一昨日まで締め切りに追われていたなど考えられないことであった。
 元々締め切りを終え、たとえ気力体力ともに余力を残していても、どうしても惰性になるのではという懸念から約半月は絶筆するのが今までの常であった。それがすぐにでも筆を執ろう思い立ったのは、それだけリフレッシュできた証拠であり、頭の中からそれまでの作品の記憶が完全に消えてしまったからであろう。
(そういえば前どんな作品を書いていたっけ)
 次の作品を書く時には絶対考えないようにしようと思っていることだったが、ここまで完全に忘れ去ってしまうと却ってきになってしまうものだ。それでも思い出せないのだから、自分で自分の記憶力を疑いたくなってしまう。
 執筆意欲が湧いてくると、一日中じっとしているのは辛くなった。この先にある街というのを取材目的として訪れるのも悪くないと感じ、さっそく出掛けてみることにした。しかし取材目的とはいいながらしょせん田舎町、数多くを期待するのは無理だろうから、結局は散歩で終わるかも知れない。
 午前中は宿でゆっくりし、昼から出掛けてみることにした。
 バスで約一時間、ちょうど小高い山ひとつ向こう側にあるということだったが、途中何も無いせいか、思ったより遠く感じられた。途中峠は森林が覆い被さるように一直線に道に迫ってきていて木々のトンネルを抜けて来たが、木々を揺らすさわやかな風の音が聞こえてきそうだ。
 途中乗り降りする人もなく、すれ違う車すら疎らなこのあたりは富士の樹海を思わせ、目の前の富士山が迫ってくるような錯覚すら覚えた。そんな中、ふと森の奥には大きな湖が広がっているのが見える気がして仕方がなかった。
 実際に行ってみるとやっぱりそんな湖など存在しない。街といってもアーケードもない商店街が街で唯一の大通りから横に入り込んでメインストリートを構成しているだけで、開いている店も疎らである。ほとんど歩く人の姿もなく、途中の駄菓子屋から数人の子供たちの元気な声が聞こえるだけだ。
(やはり無駄足だったか)
 予想していたこととはいえ半分呆れ返りながら歩いていたが、バスの時間までは間があるのでどうしようかと思案していた。ふと商店街から先を見渡してみるとそこから一直線につながった道は坂になっていて、その先の小高い丘の中腹あたりが終点なのか鳥居が立っているのが見える。二、三ののぼりのようなものが見えたので少し興味が湧いてきて登ってみることにした。
(ここの丘の上から見える景色というのはどんなものだろう)
 興味をそそられる理由もそのあたりにあった。四方を山に囲まれたところを山の植えから見るというのは好きなのは、私の生まれた街もそういえば何もない街で四方を山に囲まれていたからだ。子供心に山も向こうはまったくの別世界で恐いところだという思いがあったからであろうか。目の前に広がる世界すべてが一望できる山にしょっちゅう登っていたが決してそこから他へ行こうなどということは考えなかった。
 今の私の頭の中はそんな毎日を過ごしていた小学生時代を思い出していた。毎日がどんな生活だったかはほとんど忘れてしまったが、山の上から見た景色だけは決して忘れることがないそんな頃である。
 進みながら時々後ろを振り返る。その時違った角度で見える街は明らかに小さい頃行った街の自分の記憶とシンクロしている。いくらゆっくり歩いているとはいえ、さすがに途中から険しくなった坂道では少し汗が滲んでくるのを感じる。しかしそれも山間を吹き抜けるような風の気持ちよさを演出させる恰好の汗であった。それが証拠に上まで上がる頃には汗は乾いていた。
作品名:短編集2(過去作品) 作家名:森本晃次