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短編集2(過去作品)

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 こんな思いは学生時代から久しくなかった。それだけ年を取ったからだとも思えるが、そのわりに視線を感じた時のトキメキはまさしく昔想像していたもので、その時敦子は学生時代に戻った気さえした。しかしそれ以上のことを想像しようとするとまるで霧が掛かったようにボヤけてしまう。それは学生時代の頃に感じた自分にはありえないことという感覚とは明らかに違うものだ。
 さすが以前銀行に勤めていただけあって仕事覚えの早い美樹は、一通りの仕事を覚えるまでに半月も掛からなかった。新卒で入ってきた敦子など数ヶ月も掛かったのに対し、さすが仕事のツボを押さえるのがうまい。
 今まで敦子が率先してやっていたことを少しずつ引き継いで行き、自分の仕事は徐々に楽になった。無我夢中で余計なことを考える暇もないほどの忙しさが嘘のようである。他部署の人たちと忙しさにかまけて業務上の話しかしなかった敦子に対し、美樹は世間話から入るようだ。銀行にいた頃からの習慣なのかとも感じたが、彼女の社交的な性格のなせる業なのだろう。
「おい、今度入って来た藤本さんってなかなかいいな」
「あっ、美樹ちゃんだろう、最高だよな。今までにこの会社にはいなかったタイプだ」
「美樹ちゃんって言い方、えらく馴れ馴れしいじゃあないか」
「いいじゃあないか。今まで“ちゃん”付で声を掛けられるような奴がこの会社にいたか」
「……」
「だろうな、最近、俺会社に来るのが楽しみなんだ」
「そうだよな。さしずめお前がライバルというわけか」
「ハハ、何言ってるだよ。ライバルは俺だけじゃあないぜ」
「そうなのか?」
「そうさ、あれだけ可愛いんだ。しかも最近女子社員の増員がなかったしな」
 社員食堂で敦子がそばにいるのも知らず、男二人が話している。なるべく小さな声で話そうとしているようだが、ちょうど死角になるところにプランターがいくつも置いてあり、真後ろにいる敦子に筒抜けになっていることにまったく気付かない。
 二人は、敦子の課がまとめた資料を分析し営業活動につなげる経営企画という課の男性社員である。もちろん業務用のことしか話をしたことがない。
 さらに二人は続ける。
「美樹ちゃんの前に来ていたのが最悪だったな」
 明らかに敦子のことである。一瞬ドキッとしたがすぐに平静を取り戻し、聞き耳を立てた。
「ああっ、いつもありきたりな挨拶しかしない奴だったな。視線だって合そうとしない暗い奴だったよな」
「そうだっけ、俺はもうどんな奴だったか忘れちまったよ。いや、最初から意識すらしてない」
「そうか、でも俺は彼女が同じ課で先輩から辛い目に合わされているって聞いていたので、少し同情していたんだ。せっかく機会があったら悩みくらい聞いてやろうと思ってよ。そうしたらそんな雰囲気じゃないじゃないか。俺自身がバカみたいだったぜ」
「バカだなあ、お前も。俺みたいにまったく意識しなければそれでいいのによ」
 二人はそれ以降も会話を続けた。しかしもう敦子にはそれ以上耳に入ってこない。二人の会話にかなりなショックを受けたのだ。
 まったく意識されていないというのはショックだった。確かにこちらも意識らしい意識はしていなかったが、それは仕事上のことでそれが当たり前だと思っていたからだ。しかし好き嫌い以前に相手に意識されないというのも辛いことである。
 もう一人の男の話も意外だった。確かに第一印象は人なつっこそうなところのある人だった。これも仕事上のことと割り切り自分から話そうとしなかったことで、こんなすれ違いがあったなど思いもしなかった。敦子も女であり、人並みの恋愛を夢見ている。しかしどちらかというと積極的になれない性格が災いしてなのか、それともじっとしていても相手が気にしてくれるタイプだという大きな勘違いからなのか自分ではよく分からない。
 美樹は男達の間で噂になりかけている。清楚な雰囲気の割りに社交的なところがあり、そんなところが男達に人気があるのだろう。敦子もどうすれば男達に好かれるか、まったく知らないわけではない。人気のある人がどういう性格の人が多いか、研究熱心な彼女は自分なりに研究したことがあった。
 今そういう思いはだいぶ薄れてしまったが人並みに、いや人並み以上に異性を意識していると思っていた敦子は、どんな人が好かれるかその人を見続けていた。しかし結局その成果も虚しく、ほとんど男性と付き合う機会に恵まれることはなかった。
 理由は簡単である。そんなタイプの女性に彼女がなれないことにあった。いや、なれないというよりもなりたくないといった方が正解かも知れない。
 甘ったるい猫なで声を出しては男の気を引きながら、やたら男とべたべたし、どんな男であってもとりあえずは愛想を振り撒く。しかしこと相手が女性であれば別で、自分が男達に人気があるのを鼻に掛け、毅然とした態度をとる。要するに心の底で男をバカにしながら、女に対しても見下した態度をとるのだ。
 もちろん女からは鬱陶しがられ、あとでゆくゆく考えるとそんな女についてくる男達もたかが知れた連中ばかりなのだ。
 美樹はそんな女とはまったく違っていた。清楚なかんじにべたべたさはまったく感じられず、かといって会話の間に見せる笑顔は本当に楽しそうな雰囲気を醸し出している。彼女の自然な雰囲気が男心を擽るのだ。女性に対しても見下したような態度を見せず、うまく先輩たちの間を立ち回っている。
 誰にでも社交的な態度をとる美樹に人気が集中するのも当然の成り行きである。
 しかし敦子はそれでは満足しない。初めて出来た後輩、初めて出来た本音の言える友達、長年待ちわびたその存在は、恋人のようであり、やっと現れた救世主である。
 別に失うわけではない。これまで通りの接し方は変わらないし、共有している時間もかなりな割合だが美樹は敦子を慕っている。そうでなければこれほど時間を共有するはずがない。
 しかし敦子はそうは思わない。自分にとってのよき理解者を失うことはまるで失恋にも等しいのだ。一緒にいる時間が長かろうとそんなことは関係ない。要は美樹にとって自分がどれほどの存在か、それだけなのだ。嫉妬というものがどんなものなのか恋愛経験の少ない敦子は、自覚症状のないまま美樹を思い続ける。
 歯止めの利かないその思いは日増しに強くなり、美樹が男と話をしているだけでも、男達が美樹の噂をしているのを聞いただけでも、汗が出るほど顔が赤くなり、わなわなと振るえ出すのを感じた。そしてその矛先は知らず知らずのうちに美樹に向けられているのだ。
 美樹の品行方正さが優柔不断に見えてきて、その優しさが押し付けに見えてくる。こうなってくると美樹も自分の敵のように思え、さらに人間不信が強くなる。
「敦子先輩、どうしたんですか? 最近様子が変ですよ」
 美樹のそんな声さえ不快に思えてくる。最初の清楚な雰囲気は絶対自分を裏切ることはないと感じていたことに対し、今では美樹を清楚にすら思うことはできない。俗世間に汚れされた天使、そうとしか思えない。
 敦子は自分が天上人で、他の人が俗世間の人だなどとは思っていない。他の人と少し違っているという意識はあるが、その変わっている性格が他人の侵入を許さないだけなのだ。
作品名:短編集2(過去作品) 作家名:森本晃次