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「失恋……」
 まだ横を向いたまま、少し俯き加減で答えた。女性にとっての失恋は、かなり大事件であることは楓にも分かっていたが、成仏できない理由に失恋というのは、いささか軽いような気がしてならない。本当にそれだけなのだろうか?
 ただ、失恋と聞いて成仏できないということを考えると、
「あなた、ひょっとして自殺したの?」
 と訊ねると、さらに寂しそうな顔をして、うつむき加減の状態から、頭を縦に振った。
「そう。成仏できない理由の一つには、その自殺というのも大きかったのかも知れないわね」
「私には、成仏できない理由は分からないけど、成仏できないということは、同じ死者から教えられたの。その人は私と同じ時期に亡くなった人で、自分は死の世界に行くけど、あなたは行けないんだって、言われたわ」
 死の世界というのは、同じ時期に死んだ人を使って、成仏できない人を諭すようになっているのだろうか? もしそうだとすると、使者が出てくるわけではなく、同じ時期に死んだ人に言わせるのだとすると、そこに何の意味があるというのだろうか?
 考えられることとすれば、彼女のように現世を彷徨うことになった時、今のように、
――化けて出た――
 その時、自分たちのことを話されては都合が悪いとでもいうのだろうか? ただ、これも生きている者の勝手な理屈、相手を知らないだけに、想像でしかない。しかも、楓は、いや楓に限らず、生きている人間はこの世のことを、現世と呼ぶ。あくまでも自分たちがいる世界が、
――真実の世界――
 という考えである。
 考えてみれば、「この世」、「あの世」という言い方もおかしなものだ。「この」、「あの」というと、実に近い距離を想像するが、実際には「あの世」の存在を信じている人ばかりではないだろう。意外と信じていない人が「この世」、「あの世」などという言い方を始めたのかも知れない。もし、信じているのであれば、「あの」などという近い距離の喩えの言葉を使うはずもない。
――信じられない――
 と思いながらも、頭ごなしに否定できない中途半端な気持ちが、生きているこの世界を中心に、中途半端な考えを言葉にした結果が「この世」、「あの世」となったのではないだろうか。
 楓の夢の中に現れた幽霊に対して楓は、自分も同じ中途半端にしか考えられないことを自覚していた。だから、考えのすべては「この世」であり、だからこそ、逆に彼女のいう言葉は信じられないというよりも、新たに新鮮な気持ちで聞いてみようという思いに駆られているのを感じた。そう思うと、怖いなどという感覚は失せていて、親近感すら覚えるのだった。
 相手にも、こちらが親近感を持ったことが伝わったのだろうか、表情が落ち着いてきたのが分かる気がした。ひょっとして、幽霊の方も生きている人間と接することは勇気のいることなのかも知れない。
「私、これでも緊張していたんですよ」
 と言って微笑んでいた。幽霊と言ってもまだ二十歳そこそこにしか見えない相手、彼女がいつ亡くなったのか分からないけど、失恋で自殺するほどシャイなハートの持ち主のわりに、自殺という思い切ったことをする危険性を孕んだ女性であることは分かった。それだけ、まだまだ子供だとも言えるだろう。
「あなたは、いつ自殺したの?」
「十年前になるわ」
 この世と、彼女が彷徨っている世界で、どれほどの時間に対しての感覚的な違いがあるのか分からないが、十年というと気が遠くなるほどの年月にしか思えてならなかった。十年もの間、一つのことを考えながら彷徨っているなど、想像を絶するものがある。さぞや数えきれないほどの堂々巡りを繰り返しているのだろう。楓は自分の身に置き換えて考えてみようと思ったが、できるはずもなかった。
――堂々巡り?
 先ほど夢の中で一つの角を曲がると、その先の角を曲がる自分を見る夢を見た。これも何かの堂々巡りを暗示させるものだったのではないかと思うと、あの時にも、
――これは何かの予兆のような気がする――
 と感じたのを思い出した。
 いや、正確にはあの時に本当に感じたという意識はなかったような気がする。今から考えると結果論として、その時に何かを感じたような気がするというのを感じるのだった。
――人って、得てしてそういうことがあるのかも知れない――
 虫の知らせであったり、予知能力だったりと言われるものというのは、誰もが持っていて発揮する力もあるのだろうが、発揮できる時間があまりにも一瞬のことなので、発揮できたとしても、すぐに意識から消えてしまい、遠い将来において、
――ひょっとすれば思い出す――
 というようなものなのかも知れない。
 後になって思い出した時には、それが虫の知らせであったり、予知能力であったりという意識はすでになく、意識の中の曖昧な部分としてしか記憶されていない。そんな意識を自覚できる人がいるとすれば、その人はよほど自分というものに自信を持てる人であるに違いない。
 最初は幽霊など信じられるものではなく、ただ夢を見ているだけだと思っていた。いや、今もきっと夢を見ているのであろう。
――限りなく現実に近い夢――
 それが、目を覚ます寸前に、夢の世界のことを忘れている瞬間であったとすれば、楓は幽霊の存在を信じようが信じまいが、自分の意識を曖昧な形で消したくはないという思いだけは信じようと思うようになっていた。
――どうして彼女は私のところに現れたのだろう?
 という疑問は、今考えていることが答えを出してくれているような気がしていた。
 夢と現実の狭間の世界のことを、楓は時々考えるようになっていた。
――夢を見ている夢を見る――
 という考えもその一つで、ある条件が揃うことでそんなことも起こりうると思っていた。そこには夢と現実の狭間の世界が存在し、夢にもれっきとした世界があって、現実世界に戻った時、通る狭間の世界で、夢の世界の記憶を消し去る役目を持つ世界が、存在しているのではないかと思うのだった。
 ただ、そんな考えを持っていることなど、普段はまったく意識しない。これも何かの発想が頭を過ぎった時に感じることで、いきなり発想が頭をよぎることはない。本人にとっては、
――いきなり思いついた――
 という意識があるのだが、実際はそんなことはない。幽霊と思しき女性と出会ったことで、そのあたりの思考回路が明らかになりそうな気がした。
 しかし、逆に明らかになったとしても、またそれは幽霊と一緒のこの時間だけの発想であって、現実に目覚めてしまえば忘れてしまうことなのかも知れない。
――それでもいいか――
 と思いながらも、忘れたくはないという思いも強く、今までになかった夢と現実の狭間の世界を見てみたいという思いが、この先どのように幽霊に対して接していけないいのかということにも重なって、少なくとも何かの結論めいたものを見つけられそうな気がしてきたのは事実だった。
「ところで、あなたお名前は何て言うんですか? 幽霊さんって話しかけるのもおかしなものですからね」
「私は相川ミチルと言います。死んだ時は十八歳でした」
作品名:リセット 作家名:森本晃次