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リセット

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 だが、角を曲がると最初に通った場所に戻ってきたはずなのに、最初にこの道に差し掛かった時に、何かを感じたという意識はない。むしろ、角を曲がった瞬間、嫌な予感がしただけだった。
 もう一度同じ道を歩いていると、今度角を曲がった時、また同じところに出てくるような気がしなかった。今度はどこに出るというのだろう?
 同じ道を歩き始めた時には、すでに夢を見ているという自覚はあった。夢を見ていると感じるようになったのがいつからなのかということを、考えていたが、考えられることとすれば、角を曲がった時以外には考えられなかった。
――あの時――
 後ろから誰かに見られているのを承知していたはずなのに、角を曲がった瞬間、
――ここは夢の世界なんだわ――
 と感じたその時に、見られていたことも、ひょっとすると、最初から夢の世界だという意識を持っていたことも、すべて一度リセットされたのかも知れない。
 そして、二度目に同じ角を曲がった時、楓は腰を抜かすほど驚いた。そこには最初に差し掛かった道が広がっているだけだと思っていたので無理もないことだった。そこには、一人の女性がこちらを向いて立っている。見たこともない女性だった。
 その女性はこちらの驚きとはまったく正反対で、表情がなかった。
――何を考えているのか分からない――
 第一印象は、そう感じた。怖いというよりも、最初にあれだけ驚いたはずなのに、次の瞬間、驚きどころか、驚きすら吸いこんでしまうような、こんな落ち着きが自分の中にあったのだということを思い知らされたのだった。
――本当に、今のは二回目に曲がった時なんだろうか?
 前にも同じように曲がったとさっきまで思っていたのに、曲がってみると、最初の記憶が消えていることに気が付いた。
――夢の中で、時系列が戻ってしまったのかしら?
 とも思ったが、どうもそうではないようだ。やはり、初めて曲がったという意識が強い。
――ではさっきの感覚は何だったのだろう?
 考えられるのは、以前に曲がった時のことを夢の中でフラッシュバックしているのではないかという思いであった。一番分かりやすい解釈だが、夢の中というのは、案外分かりやすい解釈で考えた方が、納得できるものなのかも知れない。
 目の前に立ちはだかった女性を見ていると、血色が感じられない。その人がもう、この世の人でないことは一目瞭然だった。
 思わず楓は、彼女の足元を見てみた。
――やっぱり影がない――
 と思い、顔を上げて、正面から彼女を見ると、初めて二コリと笑っていた。
 だが、相変わらず何も喋ろうとしない。何かを言いたいような気がするのだが、こちらから聞こうと思うと、今まで二コリと微笑んでいた表情が、またしても感情のない表情に戻ってしまっていた。
――これでは何も聞けないわ――
 と思うと、このまま睨み合いがずっと続くのではないかと思えてならなかった。すでに楓は金縛りに遭っていて、動くことができないでいた。あとは、夢から覚めてくれることを願うばかりだった。
――これって怖い夢なのかしら?
 今まで、
――夢なら早く覚めてほしい――
 と思うのは、怖い夢を見た時だと決まっていた。楽しい夢を見ているのに、早く覚めてほしいなどと思うはずもないからだ。
 しかし、楓はこれを怖い夢だという意識はない。確かに金縛りに遭ってしまい、いつ終わるとも知れない睨み合いの真っ只中にいるのだから、早く覚めてほしいと思うのも無理のないことだが、それが怖い夢という認識に、どうしても結びついてこないのだった。
 楓は、自分は霊感が強いなどという意識を今までに持ったこともなければ、幽霊を怖いという思いがあっても、それを現実味を帯びて考えることはなかった。それでも、
――早く夢なら覚めてほしい――
 と思ったからであろうか。今度は、また布団の中だった。
――あれ?
 今度は、寝る前に見ていた番組の続きが映し出されていた。
――さっき、目を覚ましたと思ったのは、何だったんだろう?
 朝、目が覚めて体調が悪いから薬を飲んで眠ったはずなのに、その記憶を持ったまま、時計を見ると、確かに同じ日の早朝だった。
――体調が悪いと思っていた朝は、夢だったのかしら?
 今までにも同じようなことがあったような気がした。目が覚めて、体調が悪いと思い、薬を飲んで寝ると夢を見ていた。
 目が覚めると、体調が悪いと思ったその前の時間に戻っていたという、今回とまったく同じ現象だった。あの時のことがまるで昨日のことのように思い出されたが、今から思えば、却って夢を見ていたような錯覚に陥るから不思議だった。
 真っ暗な部屋の中で流れている映像を見ていると、
――なかなか眠れない――
 とさっきまで感じていたのを思い出した。
 今からもう一度寝ようとは思わないので、眠れないことでイライラすることはなかったが、テレビ画面を見ていると、吸い込まれそうになる錯覚を覚えながら、
――今見ている映像も、夢なのかも知れない――
 と感じていた。
 ただ、さっきまでとの一番の違いは、さっきまでは自分が感じているよりも、時間がなかなか過ぎてくれなかったが、今は、あっという間に時間が過ぎていくような気がする。しかもさっきまで集中できなかったはずの画面に集中している自分を感じると、気が付いたら夜が明けていたというオチを迎えるように思えてならなかったのだ。
――テレビ画面に集中しないようにしよう――
 というさっきとは正反対の感情を持っていたが、却って意識すると、意識とは裏腹の行動に出てしまうのが人間というものなのかも知れない。しかも、画面を見ているうちに、
――やっぱり、どこかで見たことのあるような光景なのよね――
 と感じるのだった。
 そのうちに森を抜けるか抜けないかという風景の中で、コテージのようなものが見えてきた。
――あっ、以前喫茶店で見た絵だ――
 と、条件反射のように思い出した。
 その瞬間、今度は睡魔が襲ってきて、さっきまで眠れないと思っていたのがウソのように、もう目を開けていられなくなった。
――テレビを消さなければ――
 と、寝るのならテレビを消さないといけないという律儀な思いが頭を過ぎったが、すでに身体は動かなかった。
――夢を見ているという夢を見るかも知れない――
 と思いながら、眠りに就いていた。そう思うと夢を見るに違いない。だからこれから見るものはすべてが夢なのだ。そして、今まで見ていたテレビの画面も夢の中でのことだったに違いない……。
 やはり、見ているのは夢である。目の前にまたしても知れない女性がいた。
「あなたは誰なの?」
 と聞いてみると、彼女は横を向いたまま正面を見ようとはしなかった。
「私は、幽霊なのよ。成仏できずに、この世を彷徨っているの。もう十年になるわね」
 その人は、二十歳前後くらいに見えた。本人は幽霊と言っているが、よくテレビに出てくるような白装束の衣装に、三角巾を頭に巻いているわけでもない。幽霊と言われて、
「はい、そうですか」
 と、簡単に信じられるものではない。服装も普段着で、ただ、楓には彼女を見ていると、
「はい、そうですか」
 と答えてしまうように思えていた。
「一体、成仏できない理由は?」
作品名:リセット 作家名:森本晃次