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リセット

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 絵を見ていて、吸い込まれそうになった経験があるから、逆に自分の中に引きよせる力が生まれたのではないか。その力に反応したのがミチルだと思えば、ミチルが楓の中に入りこんだのも分からなくもない。
 そして、それと同じ力を持っている人として、楓のすぐそばにその人はいた。
 そう、山崎夫人だったのだ。
 楓がこの部屋に引っ越してきたのは、本当に偶然なのだろうか? お互いに何か引き合うものがあったのではないか。
 山崎夫人が、一度は楓を夫の不倫相手ではないかと疑ったのは、引き合う力が、逆の作用をもたらしたからなのかも知れない。ただ、二人は限りなく近い存在でありながら、決して交わることのない平行線でもあった。適度な距離は近すぎず、遠すぎるわけでもない。そして二人の間を通る空気は、音もなく匂いもなく、ただ、息吹きだけを感じさせながら、通りすぎていくのであった。
 楓は、佐久間と話をした記憶が残っていない。佐久間が現れるまで待っていて、彼が来なかったことで、会うのを諦めたという意識もないのだ。
 ということは、一度は会って話をしたのだが、そのことを忘れてしまったと考える方が楓にとって自然な気がした。他の人に言わせれば、
「それっておかしくない?」
 と言われるに違いない。それでも、楓は佐久間と会って話をしたのだと思っている。まるで夢のような時間だったに違いない。それから楓は夢のような時間を過ごしたと思った時は、そのことを忘れてしまっていることが多い。逆に言えば、おぼろげな記憶の中で、まるで夢のような気分にさせてくれる意識は、本当にあったことだと確信できることであった。
――思い出さない方がいいことなのかも知れないな――
 夢が自分の都合のいいものであるならば、思い出せない記憶も都合のいいことだと考えるのも自然である。
 佐久間には、他の人にはない雰囲気があるが、それが彼の魅力というべきなのだろうか? 確かに人を魅了する力はありそうだ。
――内に秘めたるものが、自然と表に出てきて、まわりの人から見れば、醸し出されているように見えるものが魅力というもので、別に意識して見ているわけではないのに、どこか惹かれてしまうところが相手にあることで、気が付けば、その人が気になってしまっているのを魅了されたというのではないだろうか?
 と、楓は考えていた。言葉としても似てはいるが、実は正反対の動きをするものではないかと思うようになっていた。
 最初、佐久間に出会う人は、誰もが彼に魅了されるのではないだろうか。先に魅了されてしまうと、相手の魅力は分からない。気が付けば彼を気にしていて、気になって仕方がない状態が薄れていくと、後は忘れてしまうまでまっしぐら、佐久間は、人の心の中を一気に駆け抜けていく存在なのかも知れない。
 それは、自分の頭の中のリセットのタイミングに、スッポリと嵌っていた。だからこそ、彼に魅了されてから、忘れてしまうまでの記憶がまるっきり消えていて、まるで夢の中のことであったかのような意識になるのだった。
――私の意識はどこに行ってしまったのかしら?
 いろいろな発想を繰り広げる中で、
――佐久間さんと、ミチルちゃんを忘れることのできない倉沢秀之という男性が同一人物だなんて発想は、あまりにも突飛で都合のいいものになりはしないかしら?
 佐久間というのは彼のペンネームのようなもので、彼自身、絵を描いている時の自分は、普段の自分とは違うのだと思っているのかも知れない。
 都合のいい発想でも、そうだと思ってしまうと、なかなか消し去ることは難しい。
 ミチルが成仏できないほど、過去のことを気にしているくせに、まわりの人を魅了しておきながら自分のことを気にしようとするならば、相手の記憶を消してしまうという、いかにも身勝手に見える彼の力は、何に作用しようというのだろう?
 ただ、これも楓は覚えていないことだったのだが、一度楓も衝動的な自殺を図ろうとしたことがあった。その時にも、ミチルが楓の前に現れて、自分がこの世を彷徨っていることを告げた。だから、楓は自殺をせずに済んだのだが、ミチルに出会ったことも、自殺をしようとした事実さえも、忘れてしまっていた。
 再度楓の中にミチルが現れたのは、楓の中に何か自分が死んだということを納得させてくれるものを持っていると感じたからだったが、それは今回に限ったことではなかった。以前に自殺しようとした楓の中に入りこんだ時、ミチルには分かっていた。楓が自分を納得させてくれることをである。
 しかし、以前は、まず自殺を止めることが最優先だった。自殺されてしまっては、元も子もない。同じ立場に立ってしまっては、絶対にダメな相手だった。必ずミチルは自分を導いてくれる立場にいる相手、つまりは、近くにいて、自分よりも少しだけ上の人でなければいけない。そんな楓の近くに寄ってくると、それまでに感じたことのない胸騒ぎを感じた。そこから来るものなのか最初は分からなかったが、それが山崎夫人であることに気が付くと、彼女が、自分と同じ立場にいる女性である気がしてきたのだ。
 その時すぐに、秀之のことが思い浮かべばよかったのだが、ミチル自身の中で封印してしまっている秀之と、気になってはいるが、まだどんな人なのかも分からない山崎夫人を結びつけるには、あまりにも距離があったような気がした。
 楓は、自分の中にいるミチルが幽霊だということで、この世でできることは限られているので、自分の方が立場としては上だと思っていた。まさか、ミチルのおかげで、今まで自分が助けられたなどという自覚は毛頭ない。ミチルも、現世にいた頃のような人に対して恩を売ったなどという感覚はないが、
――してあげた――
 という気持ちには変わりはなかった。ミチルにはしてあげたという意識があるのに、楓にはしてもらったという感覚がない。そこには、現世でのドロドロとした人間臭さがあるわけではない。幽霊と人間との気持ちの上で差があるとすれば、そのあたりなのではないだろうか。
 人間には頭の中をリセットできる力があるが、幽霊にはない。その代わり、魂だけの存在になったことで、人の中に入りこむことができる。ただ、幽霊にもルールのようなものがあり、入りこむことができる人間は、自分のことが見える人でなければいけない。もし、入りこむことができたとしても、入りこんだ相手は何ら意識することはない。入り込んだとしても無駄であるということだ。
 ただ、頭の中をリセットできる力は超能力という意識と同じで、誰にでも持っている力であるにも関わらず、使いこなせる人は限られている。少なくとも、頭の中がリセットされたことを悟ることができる人でなければ、成立しない力なのだ。
 楓は、高校時代に付き合っていた小説家を目指していた彼がいたことを思い出していた。今から思えば、彼の口から出まかせだったことだけが思い出されるが、彼との別れを考えていた頃のことも思い出されてきた。
 彼との別れを自分の中だけで考え、勝手に引き延ばし、堂々巡りを繰り返すことで、結局最後は開き直りからのいきなり別れを告げたことで、最後には自分でも意識しない未練を残していたような気がした。
作品名:リセット 作家名:森本晃次