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リセット

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 未練というのは、どんなに小さなものであっても、何かのきっかけがなければ、取り除くことはできない。
 きっかけというのが、自分自身で見つけたものではなく、まわりから与えられる他力本願でなければいけないことに気付く人はまずいないだろう。
 だが、楓はその時に気付いていた。自分に憑りついた未練がどうしても消えてくれないことに疑問を感じていたからだった。
 軽くて、口から出まかせをいう相手に、未練などあろうはずもないのに、自分の中に残っている未練がどこから来るのか分からなかった。自分としては、目にも見えないほど小さなものであると思っていただけに、未練を消すには、何かの力が必要であることは分かっていたつもりだった。それがまさか何かのきっかけで、しかも、他力本願でなければいけないなどというのは、理不尽だと思っていた。
 頭の中で巻き起こった堂々巡り、これを抑えるには、頭の中をリセットするしかない。頭の中で繰り広げられる堂々巡りとリセットは、切っても切り離せないものなのかも知れない。
 そう思うと、
――頭の中をリセットできる人間というのは、絶えず頭の中で堂々巡りを繰り返している人ではないだろうか?
 とも考えられた。
 ただ、これもリセットと同じで、堂々巡りを繰り返しているという意識をハッキリと持っている人でなければダメなのだ。
 堂々巡りを繰り返していると意識している人は、堂々巡りを繰り返しているのは、自分だけではなく、誰にでもあることだと思っている。人の頭の中までは見えないので、誰も言わないから分からないが、楓は堂々巡りを繰り返しているということを他言することはタブーなのだと思っていた。
 そのため、誰かの介入がなければ、人の心が分からないという常識がそのまま、
――誰にでも頭の中をリセットすることは可能なのだ――
 と思うようになっていた。
 ただ、自分の頭の中をリセットしているという意識を持っている人間すべてが、頭の中をリセットできているわけではない。あくまでも、頭の中の堂々巡りを意識できる人にしか、リセットを意識することができない。
 しかも、そのリセットも、定期的に行われている。もちろん、何かのきっかけは必要なのだが、リセットを必要とする時、きっかけというのは相手から寄ってくるもので、必要とするリセットが、きっかけを引き寄せているのかも知れない。
 ミチルはなぜ十年間も、この世を彷徨ってきたのだろう?
 この世での十年という感覚はミチルには、どれくらいの長さに感じられているのか分からなかった。あっという間のことだったのかも知れないし、気が付けば、十年が経っていたのかも知れない。自分の中で堂々巡りを繰り返していたのは自分の頭の中だけで、時間というのは、個人に関わらず、通りすぎていくものだ。時間の感覚がマヒしてくると、
――気が付けばそこにいた――
 という感覚に陥っていただけのことなのかも知れない。
 ミチルにとって、気が付けばいたその場所とは、楓の中だったのだろう。堂々巡りは一度先に進んで後戻りする。結果として進んでいるのか、後退しているのか、本人にもハッキリとしない。しかし、時間だけは確実に過ぎていく。時間に追いつけないと後戻りしているように感じるのだが、時間よりも前には進まないようにしようという意識が自然と働いているのかも知れない。
――堂々巡りであっても、時間を追い越してはいけない――
 楓はそう思うようになっていた。
 ミチルが楓の中にいることで、楓もいろいろなことを考えるようになった。
 元々ミチルもいろいろ考えていたのだが、楓と同じように堂々巡りを繰り返していた。ミチルと楓の違いは、
――二人とも同じように堂々巡りを繰り返しているのに、ミチルの頭の中はリセットできていない――
 ということだった。
――幽霊になってしまったからだわ――
 とミチルは思っていたが、果たしてそうなのだろうか?
 ミチルは自分が身近な人に乗り移ってみると、意外に関係のある人が近くにいるのを感じた。
――これって本当に偶然なの?
 と思っていたが、それぞれの表には出ない利害関係の均衡がうまく作用して、この世が回っているのだと考えると、人間が自分の頭の中をリセットする力を持っていることが当然のごとくに感じられた。
――今なら私、自分の頭の中をリセットできるかも知れない――
 と感じた。
 もしリセットできたのであれば、成仏できるのだろうという思いである。成仏できなかったのは、自分のことを気にし続けている人がいたからで、その人はミチルに対して、愛情があるわけではない。愛情は奥さんであったり、生きている人にだけ注がれるものだからだ。
――私、どうして死んじゃったんだろう?
 後悔の念ではないが、この時ほど自分が死んでしまったということを意識したことはなかった。
――これが死というものへの意識なんだ――
 と思った時、
――どうして死んだのか、そして、死んだというのは、どういう認識なのか――
 ということを、探していた自分がまるでウソのようだった。
――それだけ心境が変わってしまったのだ――
 これが頭の中をリセットしたということになるのかと思うと、気持ちがスーッとしてくるのを感じた。
 生きている時に感じていた生々しい心境が、死んでしまうとどこか虚空の存在のように思えてくる。
 だが、頭の中をリセットできるようになると成仏できるというのは、考えてみれば当然のことのように思えてきた。今までミチルは、当然のことを当然として受け取ることができていなかった。本当は頭の中に浮かんでいた発想だったはずなのに、わざと無視していたような気がした。素直になれなかったのだ。
――成仏するということは、自分自身に素直になれるかどうかで変わってくる――
 ミチルは、そう考えながら、成仏していくのだった。
 そして、この世はミチルのような存在がたくさんいるのだろうが、そんなことに関わらず、生きている人間が中心で、動いていくのだった……。

                 ( 完 )



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作品名:リセット 作家名:森本晃次