小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

リセット

INDEX|28ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 二人の関係が怪しいと気付き始めた時、ミチルは自分が秀之のことが本当に好きなのだということに初めて気が付いた。今だからこそ言えることなのかも知れないが、
――どうして告白しちゃったのだろう?
 と死ぬ前に考えていたのだ。
 今だからこそ言えることすら、今は忘れてしまっている。秀之を遠くから見ていると、今ではその時に秀之が好きだった女性と、結婚していて、平凡な家庭を築いている。
――私と結婚していたら、どうなっていたのかしら?
 と思うこともあったが、自分が殺されたと思っている以上、彼との結婚を今さら考えてはいけないという思いに駆られていた。
 秀之には、どこか後ろめたさがあった。
 ミチルは彼の後ろめたさに気付いた時、
――やっぱり、私は彼に殺されたんだ――
 と感じた。
 人を殺してしまったという後ろめたさは、何よりも強い思いだと思っていたのだ。
 しかし、実際には違っていた。今までミチルは、人の夢の中にまでは入りこむことができなかったが、秀之の夢の中にだけは入りこむことができた。
 それが、恨みを持った人の夢にだけ、入りこむことができるのだということに気が付いた時、その人が後ろめたいと思っている相手であったことが、本当に偶然なのかという思いに駆られた。
 秀之の夢の中は、一言で言えば、グレーだった。灰色の世界が基調になっていて、ミチルは、自分が入りこんでしまって、
――もし、秀之に見つかってしまったら、どうしよう?
 という懸念を抱いていたが、それが取り越し苦労であることに気がついて、ホッとしていた。
 自分もグレーであることに、ミチルは気が付いた。しかも、秀之が抱いているグレーと、同じである。ミチルは、自分が幽霊なので、グレーという色が保護色になっているのか、それとも、秀之の考えていることとミチルの感じていることとが、限りなく近い存在になっていることで、同じ色を示しているのかのどちらかだろうと思っていたのだ。
 秀之の夢の中がこれほど現実と違っているとは、ミチルにもビックリだった。しかし、考えてみれば、実際に見ている本人であっても、夢から覚めていくうちに、どんなに覚えていようと思っていても、夢の中で起こったことを思い出すことは難しい。後になって、ふと思い出すことはあっても、一瞬であり、ほとんど覚えていないものだ。
 ミチルは、そういえば以前、
「夢というものは、目が覚める寸前に、一瞬だけ見るものらしいよ」
 と、聞かされたことがあったが、思い出すのも一瞬、つまり、目が覚めている状態で、夢を思い出そうとするのは、無理があるということだった。
――じゃあ、夢を見ている時に、前に見た夢を思い出すことというのはできるのだろうか?
 ということを考えてみたことがあったが、自分の中では、
――それは不可能ではないのだろうか?
 という答えを導いたような気がした。
 夢というのは、潜在意識が作り出す虚空のものであり、現実とは違っている。潜在意識には限りがあるので、見る夢も限られてくる。
――だったら、夢の中が繋がっていてもいいではないか?
 とも考えられるが、一つの夢の世界が単独のものであるというのは、もしその夢の中に前に見た夢を創造してしまうと、前の夢での主人公であったもう一人の自分を呼び起こすことになる。
 夢を見ている自分にとって一番怖いのは、もう一人の自分を夢の中で意識することだと思ったので、そんな怖いことを潜在意識が許すはずはない。そういう意味で、以前に見た夢を違う夢の中で見るというのは、不可能だと思っている。
――だから、幽霊であっても、人の夢の中にはそう簡単に入りこむことはできないんだ――
 と思った。
 ただ、それでも恨みの力には勝てないのだろう。恨みを持った人の夢にだけは入り込むことができる。それが何かを暗示しているのかどうか、ミチルには分からなかった。
 彼が見ている夢は暗黒ではない。グレーだということは、どこからか光が漏れている。ただ、光が漏れているだけで、前も後ろもまったく分からない。そこには何があるのか、見当もつかない。
 光があるのだから、何かがあるのなら、影が差していそうなものだが、影も感じることができない。色の濃い部分と薄い部分に別れているような気がするが、絶えず変化している。
――まるで何かが蠢いているようだ――
 と、ミチルは感じた。
 ここが、秀之の心の中を写していることに、すぐには気付かなかったミチルだが、気付いてみると、蠢いているものが、
――彼が忘れることのできないもの。つまりは殺してしまった私なのではないか?
 と感じた。
 よく見てみると、そこに命の息吹らしいものは感じない。蠢いているのに、生きている感じがしないのは、人間ではないものに思えてきた。
 最初は、それを自分だと思っていたミチルだったが、本当の夢の世界では、秀之には見えているものに思えてならなかった。それはミチルではなく、もう一人の自分、つまり秀之本人だったのではないだろうか?
 恨みを持っている人の夢の中には入りこめると思っていたミチルだったが、実際には途中までしか入りこむことはできなかった。その先にあるものが、その人にとっての苦悩、誰も入りこむことのできない領域は、絶対に誰にも触れられてはいけないものだった。
 秀之の夢の中は、幽霊が彷徨う世界に似ているような気がした。そこに出口はない。一度見た夢は二度と見ないはずなのに、秀之には、悪夢が続いているようだった。それなのに、現実世界の彼は、そんな夢を見ているなど想像もできないほど、平穏な暮らしをしていた。
――人の夢の中って、本当はドロドロしたものが蠢いていて、目が覚めてから覚えていないのは、蠢いている世界が、一瞬だけ夢として意識させた記憶を食い尽くそうとしているからなのかも知れない――
 と感じた。
 もちろん、夢というのは悪夢ばかりとは限らない。楽しい夢も見ているはずだ。一瞬だけであっても、楽しい夢を見ているのであれば、それ以外の時間グレーの世界が蠢いていても、楽しい夢として記憶だけはされているに違いない。ただ、それを思い出すにはグレーの世界を避けて通ることはできず、その存在すら意識していない状況で、夢を思い出すことなどできるはずもなかった。
 秀之の夢も、本当はそんなに深刻なものではなく、ミチルは自分が殺されたなどと思っているが、そんなことはないのかも知れない。
 ただ、義之の中にある良心の呵責が、彼を苦しめていることだけは確かなようだ。そして、その良心の呵責を生む原因になったのは、ミチルであることに間違いはないようだった。
――一体、私の何が彼を苦しめているのだろう?
 さっきまでは、
――自分は彼に殺された可哀そうな悲劇のヒロインだわ――
 と思っていたのに、いつの間にか秀之に対して同情的な気持ちになっていた。そこまで思い返してみると、
――私はやっぱり、彼のことが好きだったんだわ――
 と思えてきた。
 自分はどうなってもいいから、彼に幸せになってもらいたいという思いから、いつの間にか、彼を手放したくないという思いの方が強くなっていて、そのことに気付いていなかったミチルは、秀之が変わってしまったかのように思えていた。
作品名:リセット 作家名:森本晃次