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 を思わせた。
 そんなミチルが死んだのだから、まわりは、適当なことを言う。だが、心の奥ではミチルがまだこの世に未練を残しているのではないかと思っている人も少なくはなかった。自殺したという事実が、ミチルを適当に利用しようと思っていた連中にとって、気になることだったからである。
「恨んで出てきたりしないでよ」
 と、心の中が叫んでいる。ミチルも、おかしくなって、
「ふふふ、もう出てきてるわよ」
 と、心の中で呟いた。
 しかし、化けて出ることはできない。化けて出るには、相手の夢の中に入りこまなければいけないからだ。
 そんなことはできない。死んだ人はこの世を彷徨うことができて、人の心の中に入りこむことはできても、夢にだけは入ることができなかったのだ。
――でも、生きている時は、夢の中に幽霊が出てきたという話を何度も聞いたことがあったけど、あれは迷信のようなものだったのかしら?
 と思っていたが、実はそうではないのかも知れない。
 同じ幽霊でも、相手の夢の中に入れる人と入れない人が存在しているとすれば、分からなくもない。では、それは一体どんな人だというのだろう?
 やはり、本当に恨みを持っていて、呪い殺したいとまで思っている人にだけできる芸当なのかも知れない。
――私はそこまで人を恨んでなんかいない―― 
 と思っているから、誰の人の夢の中にも入ることができない。もし、生きている人間が夢に幽霊を見たのだとすれば、本当に恨まれているので、幽霊に入りこまれたのか、それとも、起きている時に何となく感じた幽霊の存在を、夢の中で意識してしまい、意識が夢のストーリーを組み立てているのだとすると、自意識過剰な人間なら、夢の中に幽霊を存在させることもできるのだろう。そう思うと、ミチルは自分が夢の中に入りこめない理屈も分かってきた。
 秀之は、夢の中でミチルの存在を感じていた。電車に乗り遅れて、待ちあわせに遅れてしまったという居S器が強いからだ。しかも、それからミチルと待ちあわせをすることが永遠にできなくなってしまった。ミチルが自殺したと聞かされたからだ。しかも、それが待ちあわせをした次の日だというではないか。
――一体、彼女に何があったというのだろう?
 という思いと、
――もし、待ちあわせに間に合っていれば、ミチルは自殺なんかしないで済んだのかも知れない――
 という思いが交錯してしまっていた。
 どこまでが真相なのか分からない。ミチルも彼の心の中に入りこむことはできても、夢の中までは入りこむことはできなかった。
――この人、私のことを忘れてしまっているようだわ――
 忘れようとしている人の真剣な気持ちを、その相手であるミチルには、いくら彼の心の中に入りこんだとしても、見ることができない。大きなシートに覆われているようで、幽霊から見ると、それはまるで路傍の石のように、
――本当は見えているのに、そこにあって当然だ――
 という意識がある。そのため、夢を見ることができないのと同様、幽霊になってしまうと、この世では視界が極端に狭くなってしまい、信じている一点方向しか見ることができない。正直者だというよりも、融通が利かないと言った方が、この場合においては、正解なのかも知れない。
 ミチルは、彼の中に入りこむことはできたのだが、夢の中には入りこむことができないということで、必要以上に頭を回転させてしまっていた。
 見えているのが一方向だけだという意識はミチルにはなかった。
――幽霊なのだから、いろいろな方向を一度に見ることだってできるはずなんだ――
 この世での行動が制限されているということすら意識していない。夢の中に入ることはできないとはいえ、人の心に入り込むことができるということが分かっただけでも十分だった。
 そんな彼のことを自分なりに、総合的に考えると、
――私は、自殺したのではなく、本当は彼に殺されたのかも知れない――
 と思うようになっていた。
 そして、そのことがミチルの中に未練として残り、この世を彷徨うことになったのかも知れないと思うようになっていた。
 その裏付けとして、
――自分が死んだ時の記憶もなければ、死んだということさえ自覚できないでいる――
 ということの証明に思えてきたのだ。
 辛い思いをして、思い出したくないという思いと、未練が残っているという思いとが交錯し、彷徨いながらも、死んだ理由を捜し求めているというのは、客観的に見ると、辛く感じられるが、もっと客観的に考えると、実に滑稽なものである。
 ミチルが乗り移った秀之に対して、乗り移った瞬間、
――何、この違和感は?
 と感じた。
 それは一瞬だったが、確かに違和感はあった。それは、
――幽霊を否定しようとする力――
 とでも言えるだろう。
 入り込むことは容易にできたのだが、入りこんだ瞬間、背中にズシンと大きな何かを背負わされた気がしたからだ。これまで自分が乗り移った人間にはそんなことはなかったので、やはり自分の死に彼が大きく関わっていることは明白だった。
――この人のせいで、私は天国にもいけず、この世を彷徨っているのかしら?
 と感じた。
 そんなことよりも、自殺だと思っていたが、本当は殺されたのだとすれば、それまでの自分の立ち位置がまったく違ったものになるではないか。それなのに、ミチルはそれほどこのギャップを感じているにも関わらず、結構冷静である。それほどまったく違ったものに思えないのだった。
 そこまで来ると、ミチルは、彼に殺されたということも、俄かには信じられなかった。しかし、自殺したということよりも、彼に殺されたと思う方が、幽霊の自分としては、スッキリくるような気がしていた。
 そのことを裏付けるものは、さらに何も残っていなかった。すべての人がミチルは自殺をしたのだという理屈でいた。しかも、ミチルが密かに誰かを好きだったということが広まっていたようだ。勝手に歩き出した噂だったが、好きな人がいてもおかしくはない。そのせいで、失恋による自殺にされてしまった。
「何も失恋ごときで自殺なんかしなくてもねぇ」
 と言っている人もいれば、
「まるで相手に対しての当てつけのようだわね。せめてもの救いは相手が誰だか分からないことだわ。それだけが彼女にとって救いだわね」
 などと好き勝手言っている。
――私にとって救いって何よ。それじゃあ、まるで私が悪者じゃない。人一人が覚悟の上で自殺したんだから、男性が誰だったのかくらい調べてくれたっていいじゃない。彼を法で裁くことはできなくても、今後の人生にとって、私の死が大きな影響を与えてくれないと困るのよ――
 と、叫んでいたが、誰に聞こえるわけでもない。
――世の中って、そんなに薄情なものなの? これだったら、死に損じゃない。まるで死んだ人にすべての罪をかぶせて、すべてを解決してしまうというのは、まるで「臭いものには蓋」という理屈と同じじゃない――
 怒りがこみ上げてきたが、幽霊であるミチルは、その怒りを表すことはできない。右から左に抜けていくのを感じ、死んでしまったことを後悔していた。
作品名:リセット 作家名:森本晃次