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 という意識があった。それは今に始まったことではなく、子供の頃から持っていたものだった。今年、二十六歳になった秀之は、最近になって、夢のことを気にするようになった。それは自分の頭の中に残っている一人の女性のことが、頭から離れないからだった。
――俺は彼女のことを好きだったのだろうか?
 本人にはそこまで意識はない。しかし、残ってしまった想いには、自分の意志に関係のないものが含まれている。それが何か分からない時点では、この思いから抜けられることもないだろうし、苦しみがいつまで続くのか、考えただけで、億劫になってしまうのだった。
 秀之が心の中に残っている思いは、夢の中で見たような気がする。ほとんど覚えていないのだが、一度だけ気になる夢を見た記憶がある。それが夢が気になり始めた最初のころだったのか、途中だったのか意識はないが、たぶん、最初だったのではないかと思っている。
 その夢というのは、電車に乗り遅れた夢だった。
 とにかく、その時は急いでいた。どうしてそんなに急いでいたのか分からないが、分かっているのは、誰かと待ちあわせをしていたのではないかという意識である。人と待ちあわせをして、後にも先にも遅刻したことがないと自負している秀之だったが、
――本当に一度も近くがないのか?
 と自分に問いただしてみると、果たしてそうも言えないのではないかという思いが頭を過ぎることがある。
――いったい、どうしてそんなに気になっているんだろう?
 普段であれば、待ちあわせをすれば、必ず約束の時間の十五分前よりも先に到着しているのが自分だと思っている。その時は、寝坊をしたという意識もなければ、自分が悪いという意識もない。それなのに、待ちあわせで電車に乗り遅れたのであれば、それは自分が明らかに悪いはずである。それなのに、悪いと思っていないのはどうしてだろう?
 秀之は、自分が悪いと思っていることを、自分の中でごまかすことができないタイプだ。正直者と言えなくもないが、自分でごまかせるほどの図太い神経を持っているわけではない。
――小心者のはずなのに――
 だからこそ、いつまでも夢に見てしまって、忘れることができなくなっているはずだった。
 そんな秀之だったが、その時に待ちあわせていた相手が誰だったのか、本人は忘れてしまっている。本当は、ミチルだったのだが、そのミチルがその後死ぬことになったことも知らなかったくらいだった。
――夢の中でだけ気になる存在としてミチルが残っている――
 死んだことすらハッキリと自覚していないミチルに、待ちあわせをしていた相手もハッキリと意識していない。
――どこまで行っても交わることのない平行線――
 そのことを二人は知らなかった。
 秀之には、今付き合っている女性がいる。秀之は、そろそろ結婚を考えてもいいと思っているのだが、相手の女性はなぜか足踏みしているようだ。
 積極的だったのは、相手の方だったはずである。いつの間にか立場が逆転していて、秀之の方が積極的になってきた。
――俺は焦っているのだろうか?
 と感じるほどだった。
 別に焦っているわけではないと思っているが、急に彼女のことがいとおしいと思い始めたわけではない。ただ、
――結婚、真剣に考えてもいいのではないか?
 と思うようになってから、その時に目の前にいたのが彼女だということである。
 秀之はそんな自分に自己嫌悪を感じていた。
――本当に好きかどうか分からない人に対して、結婚を考え始めたからと言って、この人に決めてもいいのだろうか?
 という意識であった。
 だが、
「結婚というのは、勢いだ」
 という人もいた。その考えには、秀之は賛同できた。
「確かに恋愛の延長が結婚だとは言いきれない時があるし、恋愛相手が、必ずしも結婚相手にふさわしいと言えるわけではないからな」
 と思ったからである。
 秀之にとって、結婚がゴールでないことは、自分に限ったことではないと思っているが、節目としては十分に大切なことである。そう思うと、焦っているつもりではなくても、本当に彼女でいいのかと思うようになると、その頃から、電車に乗り遅れる夢を思い出すようになっていた。
――あれから、この夢を見たという記憶はないのに――
 と思ってはいたが、妙に夢としては生々しく残っている。
――夢って、思い出として考えていいんだろうか?
 思い出はあくまでも夢の世界とは違うもので、もっと現実的なものだ。では夢の中に思い出のようなものが存在しないのかということを考え始めていた。
 夢を見ている間は、幽霊が入りこむことはできない。楓が見ていた夢も、奥さんが見ていた夢も、その中にはミチルが入りこむことはできない。それだけ夢というものは、見ている本人だけのものであり、他の人が入りこむことのできない神聖なものなのだ。それは、生きている人間にとって、普通幽霊が見えないのと同じことなのかも知れない。
――幽霊なんて本当はいないんだ――
 と思っているからで、信じられないと思っているものは人間は見えないようになっているのかも知れない。そういう意味で、夢というのも、生きている人間にも言えることであるが、
――見ている本人にしか見ることのできない――
 という発想から、幽霊であっても、入りこむことのできないものなのだろう。
 だが、幽霊は、起きている時の人間の中に入り込めれば十分だと思っていて、その人が何を考えているか、その時に分かると思っている。それは潜在意識であっても同じことで、起きている時だけであっても相手の中に入り込めれば、大抵のことは分かると思っているのだ。
 実際には、潜在意識を分かっていないことになるので、相手の心根の奥に存在している意識だけは読み取ることができない。そんな中途半端な状態では、本当に相手の気持ちを分かっているとは言えないだろう。それでも幽霊本人には分かっているつもりなので、却って厄介なのかも知れない。
 ミチルは、自分の自殺の原因が、秀之にあるということを突き止めた。
 楓の中からしばらくいなかったのは、自分独自に、自分が自殺した時のことを探ろうとしていたからだ。どうやってミチルが秀之に辿り着いたのか分からなかったが、どうやら、生前のミチルという女の子は、彼のことをなるべく他の人に悟られないようにしようと思っていたようだが、
――本当は知ってほしい。彼がいることを自慢したい――
 という思いもあったようだ。彼を他の人に知られてチヤホヤされたいという思いと、下手をすると、余計な誤解を受けてしまうこともあるかも知れない。それは嫌だという思いが交差していた。
 自分の性格を自分の中だけで収めておくことのできない性格であるミチルだったので、まわりからは、
――実に分かりやすい性格――
 と思われていたようだ。
 そういう意味ではまわりに親しみやすかった。
 しかし、親しみやすいという表現には語弊がある。親しみやすいと思っているのはミチルの方だけで、まわりからは、
――利用しやすい、都合のいい人だ――
 という風に思われていた。
 適当におだてておけば、いろいろ利用価値があるとでも思っていたのか、ミチルのような存在は、まるで、
――パシリ――
作品名:リセット 作家名:森本晃次