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リセット

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「でもね。私何に未練があるのか分からないんだけど、生きていた頃に見えなかったものが見えてきた気がしているの。それは、パラレルワールドというものなのかしら? 生きている時は、目の前に何本か道があるのが見えても、その一つを選んで進めば、他の道はまったく見えない。そんなものがあったことすら、忘れてしまっているでしょう?」
「確かにそうね。人生の分岐点はいくつもあるっていうけど、それが分岐点だったのかどうかという意識は結構薄い。正直分からないものだったんじゃないかって私は思っているのよ」
「あなたの言う通り。私にはその理屈が今は分かるようになった。それだけでも死んだという意識を持っていいくらいだと思うんですよ。最初に自分が死んだということを受け入れようとしたのはその時だった。そう思っていると、今まで見えなかったものも見えてきたんですよ。ちょうどその時だったあなたに出会ったのは。そして、あなたに出会って、お話をし始めると、また頭がリセットされた気がしたんです。さっきまで死んだことを分かっていたはずなのに、あなたと話していると、死んだという意識が頭の中から消えてしまった。死んだということが事実だということしか残っていない。まるで肉体を亡くし、魂だけの存在になった私には、皮肉に思えることだったんですけどね」
「私は、自分の中で、時々意識がリセットされるんじゃないかって思うことがあるの。ひょっとするとあなたが私の中に入ってきた時、ちょうど私の意識も何かのリセット状態に入ったのかも知れないわ」
 楓の言う通り、自分では意識がリセットされているのかも知れないということをウスウス気付いていたが、それをハッキリと言いきれるだけのものが自分の中にはなかった。
 それを証明してくれたのが、まさか今目の前にいる幽霊だというのも実に面白い。さっき
――皮肉だ――
 と言ったミチルの言葉を、同じ気持ちで表現したくなった楓だった。
「私ね。自分が死んだのだという意識を持ってあなたの中から飛び出すと、今まで見えていなかったものが見えてきたような気がしたの。さっきお話した分岐点なんだけど、一つの道を選んでその道を進んでも、他の道を選んだ自分がどんな世界にいるかということが分かるようになったのね」
「でも、それって、その時に分岐はいくつかしかなくても、その先にも分岐は無数に広がっているものじゃないの? 人間として意識したり、見えている分岐というのは限られているんでしょうけど、私は分岐って無限に広がっているような気がするし、分岐自体、どこにでも存在しているような気がするの」
「その思いは私も同じものを持っているわ。でも幽霊になると実に都合よくできているのね。きっと自分が見える分岐というのは、いくら無限に広がっているとしても、人間だった自分が選ぶことができるであろう分岐の数しか見えてこないの。もちろん、生きている間には意識できるはずのないこと。ひょっとすると、死んでからこの世に残ることができないというのは、今のような私の力を持った人が無数にこの世に残ることを嫌った神様の力なのかも知れないわ」
「確かにそうね。死後の世界がどうなっているのか知らないけど、もし死んだ人が再生、つまり『生き直す』ことができなければ、死後の世界ってパンクしてしまいそうだもんね。死後の世界に限界というものがなければ別なんだけど、だったら、生まれてくる子供ってどこから来るのかが、分からないわよね」
「でも、もう一度生き直せる人というのも限られているわ。結構少ないんじゃないかしら?」
「じゃあ、生まれてくる人の中には生き直している人ばかりではないということなのかしら? 一体どこから来たのかしらね?」
「でも、その人は死んでからもう一度生き直すということが、生まれた時から確定しているとすれば、分からなくもないわね」
「そんなに都合よくいくのかしら?」
 二人はそこで一旦会話が止まってしまった。それぞれに考えがあるのだろうが、きっと違う考えで黙ってしまったと思えた。同じ考えなら、会話が続くと思ったからだ。
 沈黙を破ったのは、ミチルだった。
「私、パラレルワールドが見えてくると、自分が死んだということが確信に思えてきたわ。でもどうしてこの世を彷徨っているのかが、いまだに分からない気がするの。だから、今日は楓さんのところに戻ってきたの」
「どういうことなの?」
「きっと私も楓さんのように、自分の気持ちをリセットできる人間だったような気がするの」
「どうしてそう思うの?」
「それは楓さんは意識していないようだけど、楓さんは無意識のうちに自分と同じように自分の気持ちをリセットすることができる人を引き寄せているのよ」
「そうなの?」
「引き寄せられた人の中には、自分が気持ちをリセットできる人間だという意識を持っていない人もいるのよ。しかも、楓さんもそうなんだと思うけど、自分の気持ちをリセットしてしまう人が他にいるなんて意識、持っていないはずなのよ」
「ええ、私も持っていなかったわ」
「他の人のほとんどは、自分にそんな力があることすら気付いていない。でも、楓さんを意識するようになると、自分の中にある力に気付くはずなの。それでも気付くまでで、他に同じような性格の人がいるなんて、きっと信じないでしょうね」
「結構、ハードルが高いのね」
「それはそうよ。この私にだって、死ぬまで気付かなかったんだから。しかも死んでからすぐに気付いたわけではない。楓さんを意識したから気付いたの。もし、この世に残っていなかったら、気付かないまま終わったかも知れないわ」
「生まれ変わったということ?」
「そうかも知れない。生まれ変われたらね」
「私も赤ん坊というのは、誰かの生まれ変わりだって思うようになったんですよ」
「どうしてですか?」
「赤ん坊は物心が付くまで、本当に意識がないでしょう? その間に、前世の記憶をリセットしているんじゃないかって思っていたんですよ」
「今は違うということ?」
「違うというわけではないんだけど、ひょっとすると、赤ん坊が本当は一番神聖なもので、神に近いのかも知れないわね。生まれてから時間が経つにつれて、俗に当てられ、この世に染まってくる。人間になっていくということね」
「じゃあ、赤ん坊は人間ではないと?」
「私はそう思っているの。人間よりも神に近い存在ということよね」
「じゃあ、さっきの生き直すというのは、全員が生まれ変われるわけではないという発想に戻るんだけど、赤ん坊が神に近いと考えれば、理屈に合っているように思えてくるから不思議よね」
「そうでしょう。今の楓さんは、私がこの話をしたから、初めて今こうやって考えているんだって思っているかも知れないけど、楓さんは自分の中でこのことくらいはずっと意識しているのよ」
「どうして分かるの?」
「あなたの中にいるもう一人の自分。それが楓さん本人に、限りなく近いと感じたからなのかも知れないわね」
「他の人の中にも、もう一人の自分というのはいるのかしら?」
「ええ、いるわよ。でも、ほとんどの人がもう一人の自分というのがいて、結構正反対の性格の人が多いわ。ある意味、それで精神のバランスを取っていると思えるのよ」
作品名:リセット 作家名:森本晃次