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 それはミチルにも言えること、楓が自分と同じ考えを持っていたとしても、まったく同じではないという当たり前のことをどこまで感じているかが問題になってくるに違いないだろう。
 初めて入った新婚夫婦の部屋は、意外と普通だと思った。もう少し生活の匂いがするものかと思ったが、
――あなり自分と変わりないな――
 という思いを抱いたことで、ほとんど変わりないと思いこんでしまった。
 だが、本当はかなりのとこrで違っていた。一人暮らしであれば、最初から散らかることはあまりない。特に自炊をしているわけではない楓は、炊事場が片付いているのは、
――毎日奥さんが片づけているからだ――
 ということを意識していなかったからだ。
――散らかさないから片付いているのと、片づけるから散らかっていないのとの違いである――
 ということなのである。
 結果が同じでも、プロセスが違えば、当然最初から違っていることは分かるというものだが、楓は意外とそのことは意識していた。それなのに、初めて入った隣の部屋を見た時、そのことに気付かなかったのは、それだけ人の部屋に入るのが物珍しく、柄にもなく緊張していたからなのかも知れない。
――それとも、もっと違った印象を深く持っていたからなのかな?
 と思ったが、それが一種の妄想だということで、妄想というものを抱いてしまった自分が恥かしくも感じられた。
 男性とほとんど付き合ったことのない楓にとって、新婚家庭というのは、かなり敷居の高いものだったのは間違いないことであった。それだけ自分がまだまだ世間知らずであることを思い知らされたが、
――待てよ。だからこそ、ミチルちゃんは、私のところに現れたんじゃないかしら?
 とも感じた。
 下手に世間を知っている人のところでは、何を言っても説教されるとでも思ったのか、それとも、最初から自分の存在を信じてもらえないと思ったのか、どちらにしても、世間知らずなところがある楓だから、彼女は現れたのだと思うと、複雑な心境になってきたのだった。
 結論から言うと、その考えは、
――当たらずとも遠からじ――
 だった。
 ミチルに直接訊ねてみたわけではないが、どこか遠慮深いところがあるミチルは、自殺した時の記憶がないまでも、自殺したということを自分なりに受け止めようとして、そのことが、却って後ろめたさを生み、ミチルに対してであっても、遠慮深いところがあるように感じられた。
 それを悟られまいとしてなのか、喋り方はどこかそっけなさを感じさせるが、分かってくると、いじらしささえ感じられ、親近感が湧いてくる楓だった。楓のことを思い出していると思わず表情が崩れていたのか、
「何か、楽しいことでもあったの?」
 と奥さんから声を掛けられた。
「あ、いえ、そういうわけではないんですよ。ちょっと、思い出していただけです」
「何を思い出していたの?」
「言っても信じてもらえないかも知れませんが、私、幽霊と会ったことがあるんですよ」
 どうして、奥さんにその話をしてみようと思ったのか自分でも分からない。
――どうせ信じてもらえないんだし、含み笑いをしていたことの言い訳が他に思いつきもしなかったので、それなら、本当のことを話してみよう――
 と思ったのだ。
 彼氏もいないのに、彼氏のことを思い出していると思われる方がよほど癪だった。だから幽霊のことを話そうと思ったのだが、そのことが思っていたよりも波紋を巻き起こすことになろうとは、その時の楓には想像もつかなかった。
 自分のことを過大判断されることを、誰よりも嫌っているのだということを自覚している楓だったが、その思いが今まではあまりいい方に作用してきたわけではない。今回も同じように、彼氏がいないことを、まるでいることのように感じられるのが嫌な場合、なるべくその話題全体から離れてしまうことを願っている。そういう意味では、新婚夫婦に関わるのはあまりいいことではないと思っているのに、簡単に誘いに乗ったのは、奥さんを見ていると、他人のように感じられないところがあったからに違いない。
 奥さんは、人から誤解されることを極端に嫌った。しかも、楓と同じように、過大判断に繋がるようなことに対しては敏感だった。後ろめたさすら感じるほどに人から言われるお世辞には敏感に反応してしまうところがあった。それが逆に人から誤解を受ける原因になっているというのも、皮肉なことだった。奥さんは、そのことまでは分かっていなかった。
「そうなんですね。なかなか信じられるお話ではないけれど……」
 と、急に神妙な雰囲気になった奥さんに対して、
――おや?
 と楓は感じた。まるで分かっていたことを、隠そうとしているように見えたからだ。人によっては、隠そうとすればするほど目立つもので、普段から天真爛漫に見える奥さんが神妙な態度に出ると、そこに違和感を感じるのも無理のないことだろう。
 もし、自分にも幽霊が見えたとすれば、つまりは、奥さんの立場に立って考えてみればどうだろう?
 以前に、自分は幽霊の存在というものに気付いていた。しかし、その時は、
――そんなことは信じられない――
 と思うことで、自分の勘を否定した。
 その理由として一番考えられるのは、
――怖いから――
 ということであろう。
 怖いからこそ、信じられない。だから否定もしたし、自分の勘を捻じ曲げてでも考えないようにした。
 しばらくは気になったかも知れないが、本当に現れることはなければ、自然と忘れていく。
 ミチルの性格から考えると、自分のことを信じてもらえそうにない人の前には決して現れないような気がした。だから、奥さんは、自然と自分が感じた幽霊のことも忘れていったに違いない。
 それなのに、まるで話を蒸し返すように楓からいきなり話があった。それも自分が呼び止めたことで話をすることになった相手からである。
 ここで分かることは、奥さんは楓とは性格的に決定的な違いがあるということである。もし楓の考えが当たっているとして、奥さんが臆病だから幽霊のことを信じないのだとすれば、楓が考える性格の人であれば、楓が話をした時、
「私も見たことがあるの」
 と答えるだろう。
 今まで一人で悶々として抱え込んできたことを、目の前にいる人が簡単に話をした。――悶々と話を抱え込んできたことで、前に進めなかった自分を相手が進めてくれるかも知れない――
 そう思うと、楓であれば、前に進みたい一心で、話を合わせようとするに違いないからだった。
――奥さんは、私が思っているよりも、ずっと臆病なのかしら?
 と、最初は思ったが、
 逆に奥さんが、
――本当はミチルと会話をしたことがあるのではないか?
 と感じると、少し話が変わってくるような気がした。
 そう思うと、今度はミチルのことが疑わしくなってきた。
 今まで誰にも話しをしたことがないようなことを言っていたが、奥さんにも話しているのだとすれば、これは楓に対しての裏切り行為ではないだろうか?
 楓は最近、ミチルが現れないことも少し気にしていた。
――私ではダメだと思って見切りをつけたのだろうか?
 と感じたからだ。
作品名:リセット 作家名:森本晃次