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 と感じたに違いない。
 学校側からすれば、生徒とはいえ、個人的なことは家庭の問題だと思っている。しかし、家庭の方では、学校に行っている間のことは学校の責任だと思っていただろう。どちらも間違いではないのだろうが、それが少しでも重なったところで推移すればいいのだろうが、重なるところは皆無である。
 実に近いところをニアミスしているように思えるが、
――決して交わることのない平行線――
 であることには変わりない。近くにあって、見えるだけの距離にいるだけに、、この溝を埋めることは永遠にできないだろう。そのことが、結果的に相手への、
――責任転嫁――
 にしか繋がらないのだ。
 楓は、子供の頃にその思いをしたので、
――自分のために、まわりが気を揉んでくれている――
 という思いもあったが、
――お互いに醜い争いをしているのが分かるけど、自分が原因だというのは、ただ私をダシにして、言い争っているだけにしか見えないわ――
 確かにまわりに迷惑はかけているが、だからといって、ここまでいがみ合わなくてもいいだろう。そう思うと、自己嫌悪に陥ってしまいそうになり、こんな思いをさせたのは、まわりのせいだと思わざるおえない。
 楓は、そんな思いを子供の頃からずっと感じてきた。だから余計に、
――まわりとは関わりたくない――
 という思いを強く持ち、一人暮らしを念願としていた。
 しかも、小学生時代のことを親からすれば、
「あなたがしっかりしていないからよ」
 と、先生との確執を完全に楓のせいにして、楓のことをずっと見下してきたのだ。
 学校の先生には、
「大きなお世話」
 とばかりに、喧嘩腰だったくせに、楓に対しても、庇う気持ちなどサラサラなかった。
 先生に対して確執を持ったのは、学校側からすれば、楓の家族は学校と「国交断絶」でもしたかのように思っているだろう。
――完全に殻に閉じこもった――
 という発想であろう。それなら楓を庇ってくれるのが本当であろうに、そうではなく、楓をまるで、
――危険人物扱い――
 していたのだ。
 楓が家庭も学校も信じられなくなるのも無理のないことだった。
 そんな楓の心をそれ以上卑屈にさせなかったのは、短大時代の経験があったからであろう。
 短大時代は楽しいことばかりだった。
――こんな楽しいことがあったなんて――
 と感じたが、慣れてくると、今度は自由が寂しさに変わった時期があったのを、自覚していた。
 寂しさはすぐになくなったが、心の奥に何らかの影を残したような気がしていた。
 その理由は、
――自由というものに対しての穿き違え――
 だった。
 自由というものは、自分の考え通り何をやってもいいというものだと思っていた。しかし、道理をわきまえる必要もあるし、
――他人あっての自分――
 という発想がなければ、自由に振る舞うことは、手前勝手な行動でしかなくなるのだった。
 そんな時代も経験したが、母親から離れて一人になると、時々寂しさを感じることもあった。実際に一人になると、張り合いがないというイメージがあり、何と言っても、冬の寒い時期に部屋を開けて、真っ暗な中から、足元に冷たい空気が漂っているのを感じると、寂しさを隠しきれない自分を感じる。
 表の寒さには慣れていたはずなのに、部屋の中からの空気にさえ冷たさを感じるのだから、かなりの冷たさだったに違いない。どれほど今まで暖かさというものを感じていたということなのか、身に沁みたような気がした。
 それから、部屋にいる時の自分は、次第に孤独に慣れていく。孤独というものが自分の求めていた自由とは違うのだということに気が付いた時、後悔はあったが、
――最後は人間、自分一人なんだ――
 という妙な納得を感じるようになり、いつの間にか、孤独も嫌ではなくなっていた。
――元々人と戯れるのが嫌な性格だったのかも知れない――
 自由を謳歌できる環境でなければ、人と戯れることができない自分を自覚していた。それだけ自分は個性が強く、人に入りこまれたくない自分なりの聖域を持っていて、その範囲が比較的広いことを感じていた。
――一人の時間をいかに自由に過ごすか――
 ということが、今後の自分の課題なのだろうと思うのだった。
 そのおかげで、近所づきあいも適当になり、通路で挨拶を交わすのも、相手が挨拶をしてくれた時だけになっていた。それでも、引っ越してきた当初は、少しでも近所の人と知り合いたいという気持ちもあったが、結局誰も考えていることは同じで、まわりのことを気にしている人などいないのが分かってきた。
――それならそれで、こっちもやりやすい――
 と、今後の態度はその時に決まったのだった。
 楓の部屋の隣に住む山崎夫婦。最初に顔を合わせたきり、まったく出会うことはなくなった。
 山崎夫婦に限ったことではなく、他の人と会うことはほとんど稀で、
――他の部屋に誰も住んでいないんじゃないかしら?
 と思えるほど静かだった。
 騒音がないのはありがたいことなのだが、こうも誰とも会わないのも気持ち悪い。少なくとも前に住んでいたマンションではもう少し誰かと出くわすことが多かった。それなのに、どうしたことなのか、皆行動を起こす時間が微妙に違うということなのだろうか。
 その思いは、山崎夫婦も引っ越して来た時に、まったく同じことを考えていたようだ。
「あなた、このマンション、何となく気持ち悪いわ」
「どういうことだい?」
「このマンションに住んでいる人の姿をほとんど見かけることがないの。前に住んでいたお部屋では、そんなこともなく、朝などは、結構誰かと会ったりしていたものなの。少なくともゴミの日などは、ごみ収集場で会うことがあった。気まずさもあったけど、誰かの顔を見ると、どこか安心もできたんだけど、このマンションにはそんなことがないの、何となく気持ち悪い気がするわ」
「うん、確かにそれは気持ち悪い気がするね。でも、マンション住まいといっても、集合住宅というだけで、共同生活をしているわけではないんだから、あまり気にすることはないと思うよ。それもそのうちに慣れてくるんじゃないかな?」
「そうだといいんだけど」
 と、奥さんは答えたが、内心では、
――そういう問題じゃないんだけどな――
 と、夫に言いたかったが、それ以上言っても、期待しているような回答が返ってくる気がしなかったので、それ以上話題にすることはなかった。
 確かに、夫のいう通り、引っ越してきてから、一月ほどは気になっていたが、急に気にならなくなった。そこに何かのきっかけがあったのではないかという思いがあったが、目に見えるものではなかったので、簡単にスル―していた。
 それからの奥さんは、一人でいる時間は自由だと思うようになっていた。元々、独身時代に感じていた気持ちが新婚とはいえ、一か月で戻ってきたのだ。もちろん、夫と一緒にいる時は、夫との新婚生活を楽しんでいたが、一人の時は一人で、楽しみ方を思い出した時から、
――同じ部屋の中に、もう一人の自分が存在しているみたいだわ――
 と感じるようになっていた。
 奥さんは決して二重人格ではない。感情が環境によって変わるというだけで、きっと性格は一つなのだろう。
作品名:リセット 作家名:森本晃次