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短編集1(過去作品)

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 普段の私ならそんな他愛もないということでいじめられていたのかと思うだろうが、その場の独特な雰囲気を体で味わっていた自分に、自らそれを壊すようなことができるはずもなかった。
「そうか」
 まだ何か言いたそうだった宮崎だが、これだけ話をすると他のグループの輪の中に消えて行った……。
 あの日の待ち合わせで宮崎を呼び出したのは裕美子の方だった。私がそれを知ったのはまったくの偶然だったが、運命ということを考えれば、強ち偶然で片付けるには少々単純すぎる。
 元々その日は宮崎が私を呼び出すはずの日だった。久しぶりに会ってから、裕美子は宮崎と何度か会っていたようだが、私はその日が初めてとなる日だった。宮崎は裕美子と会っていることを私は知らないと思っていただろう。裕美子にとって一番知られたくないのが私だと思っていただろうから、裕美子が私に話すはずがないという確信があったはずである。
 今まで裕美子との待ち合わせの時に呼び出しをかけていたのは宮崎の方だっただろう。主導権は完全に宮崎の手にあった。裕美子は宮崎に呼び出されるまま出かけて行ったのだ。
 肉体関係があったことも否定できない。しかし目的は別のところにあった。私との関係が始まったころと、宮崎と再会してから後とでは、裕美子は明らかに別人だ。
 まるで処女のように体を硬くし、私を受け入れるまでかなりの時間を要した時があったかと思えば、理性などどこかにかなぐり捨て、欲望のまま私の体をむさぼり、享楽の域を求め続ける日もあった。まったくの別人に見える裕美子は少し怖かったが、どちらの時も違った意味で裕美子が美しく見え、男として欲望を掻き立てられた。
 はっきり言って裕美子は宮崎に脅迫されていた。私にはもちろんその理由が分かっているので、宮崎が私を呼び出そうとする理由も分かっていた。裕美子に脅迫される理由があるとすれば、小学校時代彼女がいなくなる前の、あの雨の夜が起因しているのだ。そうだとすれば私が無関係でいられるはずがない。
 彼女と私は一蓮托生、運命なのである。
 裕美子に対する話がある程度煮詰まってきたと思ったのだろう、宮崎は私を呼び出しに掛かった。しかし、すでに腹をくくっていた裕美子の方が、宮崎の計画を崩しに掛かっていた。
 私は宮崎が日付の変更を言ってきた時にピンと来た。もはや裕美子にとって一刻の猶予もなかったのだろう。ひょっとして本気で私とのことを考えていたのかも知れない。それを思うと、いてもたってもいられなくなった。
 その日私は会社を休み、ずっと裕美子を監視していた。彼女も病院を休んだようで、朝から部屋の掃除などをしているようだった。待ち合わせは夜のようで、遅い朝食を昼食と一緒に近くのコンビニで適当に済ませていた。
 私にとって久しぶりに長い一日になりそうな気がしていたが、そう感じたのは午前中だけで、午後になると時間の進みがやけに早かった。あくまでその時の私は第三者でしかないのだから……。
 日も暮れ当たりが暗くなってくると、人工的な明かりが目立ち始めた。この当たりはマンションが多いため、通路にある照明が一気に点灯し始める。すでに時計は午後六時を回っていた。
 今年の冬は例年になく寒く、三月に入った今でも、夜になるとコートが手放せない。その日の裕美子も例外ではなく、私が買ったお気に入りと言っていた赤いコートを身に付け部屋を出て来た。
 当たりが暗いだけにやたらと赤いコートは目立つ。足早に歩く裕美子の後を追いかけるのに苦労はなかった。
 そういえば以前何度か赤いコートを着た裕美子を夢で見たことがある。普通夢というものは色を感じることがないにも関わらず、なぜか裕美子が着ているコートの色がやけに鮮やかだ。
 実は見ているのは色つきで、目が覚めた瞬間、色というものを忘れてしまうのが夢だとするならば、覚えていることがあっても不思議ではない。いやひょっとして夢で色を覚えていたということ自体が錯覚で、その時そうして見た印象が以前の夢とリンクし、夢で色を見たような気になっていたのかも知れない。
 裕美子が想像通り宮崎を呼び出したのだ。待ち合わせの喫茶店には宮崎が先に来ていて、ニコリともしない裕美子とは正反対に、心にもない笑顔を裕美子に向けていた。その笑顔には余裕すら感じられ、勝ち誇ったような表情であることは表から見ている私でもよく分かる。
 何を話しているのだろう? ここからではよく分からないが、しかし雰囲気だけは伝わってくる。
「何だい、君の方から呼び出すなんて。どうやら腹をくくったのかな?」
「……」
「どうしたんだい、そんな恐い顔をして。これで君も救われるんだ、良かったじゃないか」
 裕美子は宮崎を睨み付けるだけで、何も話そうとしない。それにしても憎らしいくらいの勝ち誇った表情に、私も心から嫌悪感を感じた。
 一通り宮崎の演説が終るとそれを待ちかねたように裕美子がバッグから紙包みを出した。かなり分厚く、もちろんそれがお金であることは誰が見ても分かるだろう。
 またしても、いや今度はさらに勝ち誇って見せる宮崎に満足感と、いやらしい男の欲望が剥き出しになって現れていた。
(裕美子はもう俺の言いなりだ)
とでも言いたげなその表情を見て、裕美子の決意を止めることはもはやできないものと感じた。
 確かに裕美子に殺意があるとすればただごとではない、本来なら止めるべきだろう。しかし私には決意を固めた裕美子を止める事はできない。飛び出して行けば数秒で間の合うところにいるにも関わらず目の前に見えないカベがあり、そこはまるで夢と現実のカベでもあるような気がした。
 簡単な会話の後、しばらく続いた沈黙を破ったのは裕美子の方だった。それだけを見ても裕美子の決意というものが計り知れるではないか。
 店を出ると二人は裏路地に消えて行き、当然のように私も後ろをついて行く。
 表に出て来た二人は、対照的な表情だ。満足感からいやらしく唇を歪める宮崎と、屈辱と決意から目は何もない空間の一転を見つめ続け、唇は真一文字に結んだ裕美子である。
 宮崎にいやらしい目で見つめられ続ける裕美子は、その視線を無視するために力強く歩き始めた。それを満足感と飽食状態による気の緩みから何の疑いもなく後ろをついて行く宮崎は、これから待っている自分の運命を知る由もない。
 第一目的は完遂と思っていることだろう。
 やがて二人はビルの陰に消えて行く。
 私は中に入らず待っているが、しばらくして小学校時代の記憶を思い返しながらの夢と現実のリンクを見ることになってしまった。
 そう遠くで聞こえるオオカミの遠吠えのような声、水溜まりが弾けるような大きな音、
すべてがその瞬間だけ小学校時代に戻っていた。
 気が付けば雨が降り出していて、かなり強くなりかかった雨が地面に叩き付けられ、冷たくなっている宮崎に容赦なく降り注いでいた……。


 強くなった雨の中、裕美子を連れだって喫茶店を出たが、裕美子にも私にも言葉はなかった。半分しょぼくれたようにただ私の後ろをついて来るだけの裕美子だったが、急に思い立ったように私を追い越し先導するように歩き始めた。 
作品名:短編集1(過去作品) 作家名:森本晃次