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短編集1(過去作品)

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 テレ臭かった。小学校の頃の私は目立たない性格で、あまり友達と一緒に行動するのが好きではなかった。一人で遊ぶことが多かったためか、まわりからいじめられる毎日の暗い性格の少年だった。それを知っている彼女なので、その言葉は余計胸に響く。
 二人して中に入り食事をとっていると、小学校の頃から今まで二人の間にブランクがあるなど誰が感じるであろう。知らない人には恋人同士に見えるかも知れない。
 彼女は今、医療事務員として大学病院に勤めているらしい。短大を出てOLになるという一般のパターンはあまり好まず、敢えて四年制大学で医療事務の勉強をしたというところが、いかにも気の強そうな彼女らしい。
 何を隠そう、いじめられっ子だった私をいつも助けてくれたのが彼女だった。いじめっ子がいていじめられっ子がいる、そしていじめられっ子がいるのを見て見ぬふりができない女の子、こういった構図は私だけではなく他にも一般的にあるはずだ。
 話は世間話に終始したが、彼女は決して小学校の頃のことを語ろうとはしない。私も敢えて昔の話をしようという気もないので話を合わせていた。しかし、そんな彼女を見ているうちに蘇ってくるのは小学校の頃の彼女の面影だ。私の中で確かに小学校の頃の思い出というのは決して思い出したいものではなく、逆に消し去ってしまいたいが、彼女が私に見せてくれたあの頃の笑顔だけは消し去ってしまいたくはない。
 小学校の頃、私から見て他の人は皆特殊に見えた。何を考えているか分からないくせにそれを他人に悟られないようにしている。それが却ってぎこちなく見え、またしても他人を分からなくさせてしまう。しかし彼女は違っていた。家ではいろいろあるのだろうが、少なくとも私の前でだけは、そんな事はおくびにも出さない。
 まるで天使に見えた。
 淡い恋心というものはそんな感覚から生まれてくるのではないだろうか? クラスメイトの少し気になる女の子、自分を守ってくれる一番身近な女性の存在、私の中で彼女は次第に大きくなって行った。
 元々気が小さく、しかも守られているという負い目からか自分の気持ちを口に出しては決して言えなかった私は、ひょっとして彼女が好きだということ自体、勘違いではないかなどという考えが浮かんでは消え、毎日意識するだけで進展はなかった。
 しかし、そんな彼女が今私の前にいる。立場は当時とはかなり違うものだが、私にとって彼女はやはり昔のままだ。
 一通り言いたい事を話した彼女は満足げだ。話の内容としてはかなり苦労もあったようだが、話してスッキリしたのか、目の前のお冷やを一気に半分くらい飲み干した。
 彼女が私の前に現れた最後のあの顔を覚えている。正直言って次の日から彼女がいなくなるのではという予感がまったくなかったわけではなかった。心のどこかで彼女が私に別れを告げているような予感を感じていた。だから彼女がいなくなった時もやはりという思いがあったことは否定できない。
 私は彼女の力になりたかった。自分ではどうにもできないことを彼女が私に代わっていつもやってくれる。そんな彼女にどうしようもない事が起きた時、もし私にできる事があれば……。それがどんな事であれ、私には正当化されるべきことのはずである。
 彼女は何も知らない。できれば今後ずっと知らないままでいてくれれば、彼女だけではない、私にとっても幸せな事だ。
 私は彼女と出会って忘れていた何かをいくつか思い出した。それはもちろん好きだった彼女への思いが強いのだが、しかし思い出したくないことまで思い出さなければならなくなってしまったのは、実につらい事だ。
 当時私は彼女をずっと見ていた。そのことを彼女は知らないだろう。もし知っていたとするならば気持ち悪くなって私から遠ざかっていくはずである。自分としてはうまくやっていたつもりだったが、もしそれを悟られて彼女が私の前から去っていったらなどという不安がないでもなかったが、それよりも自分の中でそれを制御する術がなかったのである。
 彼女の話を聞いているうちに私はこれだけのことを思い出した。なるべくなら昔のことはそっとしておきたかったが、彼女とこれっきりにしたくないと思うと、どうしても一度は思い出さなくてはならない事のような気がしたからだ。
 食事も終り、一服すると彼女の方から聞いてきた。
「今日これからのご予定は?」
 もちろんそんなものがあるはずもない私が断る理由もない。
「どこか行きますか?」
 今までの自分であれば、どちらとも取れるような返事しかしなかったであろう。しかし今日限りにしたくないと思った私は口も積極的だ。
「私、気の利いた店を知ってますのよ」
「恋人気分になれるところですか?」
「ええっ」
 私が答えないでいると、自然に了解した形になっていた。手を引くように私を引っ張り店の外に出た彼女は、タクシー乗り場へと私を導いて行った。話に夢中になり、時間の感覚が麻痺していたらしく、すでに西の空に傾きかけている夕日を見た彼女は少なからず驚いていた。
「今から行けばちょうどいいわね」
 そう言いながら乗り込んだタクシーの運転手に行き先を告げ、車内から沈みかけている夕日を見詰めていた。
 車はバイパスを降りると少し郊外の方へと走り出した。最近は郊外の方がしゃれた店も多く、いつもビルの谷間であくせく働く者にとっては休息できるためだろう。
 ベッドタウンとして最近注目を浴び始め、テレビで紹介される率も高くなったM市は、私の家からも近かった。ひょっとして彼女の行動範囲がこのあたりということは住まいもそれほど遠くないのかも知れない。
 駅のロータリーに入ると、そこがタクシーの目的地だった。着いた頃にはすでに陽はビルの陰に隠れ、後光が差したようにビルのまわりが光っている。
「日が暮れるのは早いわね」
 吹く風が木枯らしといえるほど夕方が冷たい季節になると、駅のまわりの銀杏並木の下には末広がりの葉が、風に舞っていた。
「そろそろコートを出さなきゃいけない時期だろうね」
「私、赤いコートが好きなの」
「そう言えば、君は赤い色が好きだったね」
「そう言うあなたも確か赤い色が好きだったはずよ」
 確かに彼女の言う通り、赤が好きな私のことを今でも彼女は覚えていたのだ。意外だった。あまり彼女の前で赤い色が好きな事を言った覚えもないし、ましてあまり目立たないようにしていたので敢えて赤い色を身に付けるようなことはしていなかったはずだ。
 素直に私は赤いコートを着た彼女が見たくなった。確かに下心がないといえば嘘になるが、その時心底から彼女に赤いコートを着せたくなったのだ。
「コート、買いに行こうか?」
「ええっ、本当。嬉しいな」
 彼女も決してそんなつもりで呟いたのではないと、今でも私は信じている。
 彼女の言う通り白を基調とした店内にはジャズが流れており、それだけで高級感を漂わせている。カウンターの目の前で作るカクテルを飲むのも格別だ。
「へえ、このあたりにこんな店があるなんて知らなかったな」
 この街には何度か来たことがあるが、ほとんどビジネス街である表通りしか歩いたことがない。まして仕事以外で来たことなどなく、新しい発見ができたのは嬉しかった。
作品名:短編集1(過去作品) 作家名:森本晃次