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短編集1(過去作品)

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 話してみると思ったより話題が豊富な人だ。雑学的なことから、音楽、ファッションと多彩な話で、時間の感覚を忘れてしまいそうである。気が付けば雨は上がっていて、夕焼けのため空が赤く染まりつつある。時計をみればすでに六時を回っていた。
「お時間の方はよろしいんですか?」
「はい、別に用事もありませんから」
「それじゃあ、どこかでお食事でも行きますか?」
「ええ」
 さっきまでの子供のような人なつっ子さはどこへやら、今の彼には大人の風格があり、紳士である。女性の扱いには慣れているようである。
 私が紹介した喫茶店に負けず劣らずのレストランである。ホテルの屋上にあるこのレストランは景色が最高で、人気があるのか、人が多かった。食事に行くと決まった時、彼は電話を掛けに席を立ったが、ここの予約を取るためのものだったのだ。そうでなければ、窓際の夜景のきれいなところがキープできるわけはなかった。
 シチュエーションとしては最高だった。フルコースにワイン、まるでシンデレラになったような気がする。このまま時が止まってくれればとさえ思えるこんなリッチな感覚は久しくなかったことだ。
 食事と夜景を堪能し、夢のようなひとときに会話はあまりなかった。彼もムードを大切にしているようで、なかなか話し掛けて来ない。すっかり私はこのムードに酔ってしまい、この後のことは成り行き任せになるだろう。
 案の定、彼は頃合いを見計らって、絶妙のタイミングで誘いを掛けてきた。ムードとワインのせいですっかり酔ってしまった私は、夢心地である。
 部屋に入ってからも彼は紳士だった。決して焦ろうとはせず、淑女のように大切に扱ってくれ無理をしようとはしない。ベッドの上で横になり、しばしボーッとしているとシャワーの激しい水飛沫がかすかに聞こえてくるのが分かった。そんな音すら今は心地よく思え、少し体を浮かせただけでシーツに当たる肌が気持ち良く感じられた。
 まるで全身が性感帯のようである。酔いのため顔はおろか、全身が仄かに熱を帯び、ベッドの中の海にとろけそうなかんじである。普通これだけ体が熱ければ頭が少しは痛いものだが、今日は不思議なことに頭の痛さを感じない。それどころか脳だけが体を離れ、どこか別のところでこの心地良さを感じるような気がしてくる。
 アルコールによる酔いというよりもムードに酔った方が強いのかも知れない。こんな酔いなら何度でも味わいたい。
 火照った体に別の温かいものが覆い被さって来るのを感じたのは、心地良さのため思考回路が麻痺し始めてすぐのことだった。現実に引き戻されたようで一瞬びっくりしたが、今度はまた別の快感が体を襲う。その温かさは熱を帯びている私よりもさらに熱く感じた。柔らかい肌と肌が触れ合い、空気の入り込む隙間すらない。
 気が付けばシャワーの音が消えていた。私は彼の肌を温かいと感じているが、相手も同じように自分より温かいと感じているに違いない。肌と肌が触れ合うということはまったく不思議なことだ。
 肌と肌の触れ合いをしばし楽しんだ彼は、今度は指での攻撃に入った。ソフトなその指の動きに本能的に反応してしまう私を彼は決して許そうとしない。執拗に一点を攻撃し、さらに私は高まって行く。その高まりに会わせるかのようにソフトからハードに移り変わり、声にならない声が次第に当たりを埋め尽くす。
 後は攻撃あるのみ、力強く一つになった後は、お互いの快感に赴くまま果てるだけだった。その後に訪れる脱力感さえ、今日は心地良い。私はまるで夢が実現したシンデレラになったような気がした。
 私はそのまま深い眠りに入ってしまったようだ。そして心地良い余韻を残したままの夢から覚めた時、横にいた彼はいなくなっていた。

 すでに夜が明けていて、カーテンを開けると差し込んでくる朝日のおかげですっかりと目が覚めてしまった。
(やはり私はシンデレラなのだろうか?)
 一瞬そんなことを感じたが、体の奥に残る温かさは昨夜のことをはっきりと思い出させてくれる。
 彼は黙って帰ってしまったが、すぐにまた会えそうな予感がする。今日のように偶然であったにしても彼の方から私を見つけてくれるような、そんな予感だ。いや、偶然ということばは使いたくない。会うべくして会っているのだ。
 ママには彼とのことを話すつもりはなかったが、私の素振りで大方の見当がついたのか、何があったか聞いてきたので、ついつい調子に乗って話してしまった。
 話始めると止まらない私の性格からか、少し露骨になりつつあったが、聞き手が首を傾げているのを見るとテンションも一気に下がり、あまり露骨な話にならなかったので却ってよかったかも知れない。
 しかしママのこのリアクションは何だろう? 私の話が不思議なようだ。感じたとおり彼の紳士ぶりをいくらか贔屓目にはなっていたが、克明に話しただけだ。それだけ彼のここでの態度とのギャップが激しいのだろうか?
 あれから二週間がたった。そんなことがあってからここでは決して浩さんのことを口にしようとは思わなかった。ママもタブーとでも思っているのか、その話に触れようともしない。
 そんな時、店内に鐘の重々しい音が鳴り響き、反射的に振り向くと、そこには一人の男が立っていて、照明の暗さではっきりと顔の確認はできないが明らかに横谷浩さんである。
 彼を見つけたママが叫んだ。
「あらっ、いらっしゃい」
 てっきりこっちに来るかと思ったらいつもの指定席である一番手前のカウンターに腰掛けた。ママの表情を伺ったが、最初「あれっ」という顔をしただけで、黙々とグラスの用意をするママに違和感は感じられないようだ。
 私は少し苛立ちを覚え、自分のグラスを持って彼の横に腰掛けた。近づいてきた私に対し、彼は軽く頭を下げ挨拶してくれたが、表情に感動はない。
 私の頭の中に小悪魔的な発想が浮かんだ。今日は私の方から積極的になろうと……。
 私の体は少しずつ彼の方に近づいていく。この前ここで会った時同様、彼の口は滑らかで少し厚かましいくらいであったが、私が体を摺り寄せて行くと口数が極端に少なくなった。まるで女の子の手も握ったことのないウブで顔面ニキビだらけの中学生のようだ。
 さらに体が密着するほどに近寄ると、何と少しずつ震え始めたではないか。この間の彼とは別人である。
 ママはこんな積極的な私を見るのは初めてなので少なからず驚いている。何しろ自分すら驚いている積極性だ。特にオドオドと震え出した彼の反応に刺激されたのか段々と大胆になって行く。ぎゅっと握ったその手には、汗でベトベトになった彼の手が絡みつき気持ち悪い。酔いも手伝ってか、私の中の理性は吹っ飛んでしまった。
「ママ、じゃあまた今度」
 そういうと手を握ったままの彼を引っ張って店の外へ出た。火照った顔に当たる涼し気な風が気持ちいい。
 しかし火照った体はそれだけでは満足しない。今一番の思いは、すぐにでも抱かれたいという淫乱な感情だった。火照っている体でもさぞかし男の人の肌は温かく感じるに違いない。
 彼は体を重ねた瞬間、あの時の紳士に戻ってくれるのではというかすかな期待があったが、彼は変わらなかった。
作品名:短編集1(過去作品) 作家名:森本晃次