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矛盾への浄化

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 そのことに気が付いたのは、何度目のタイムトラベルであっただろうか。そしてそのことに気が付いて、再度教授のメモを読み直すと、榎本は驚愕に陥るのだった。
――そんな――
 自分でも手が震えているのが分かってきた。
 メモの中には、教授がタイムマシンの研究中に、そのことに気付いていたのだ。まだ、この世にタイムマシンというものが存在する前から、教授には予感めいたものがあったというのだろうか。
 確かに機械的な研究とは別に、個別に精神的な心理学的観点からタイムマシンを見続けていた。
 榎本は、タイムマシンというものが完成した後からしか考えていなかった。きっと完成して実際に使ってみると、そのことに気付くまでに時間は掛かるのだろうが、実際にあるものに対しての発想なので、まだ、この世に生を受ける前で何もない状態での発想ではないので、それほど苦にならなかったに違いない。
 しかし、教授の場合は、何もない状態からの発想である。
 よほど頭の中が柔軟であるか、それとも常人では思いつかないほどの突飛な考えを思いつける瞬間にいたのか、それとも教授自体、他の人とはまったく違った頭を持っていたのか、不思議であった。
 タイムマシンの派生的な力というものがいくつあるのか分からないが、一つだけ分かっているのは、
――タイムマシンから飛び出す時、自分だけの時間というものを操作することができる――
 というものだった。
 言葉で説明するのは難しい。その時々で状況も違っているからである。時間を操作するという考え方は、榎本の中で以前からあった。
――何かのタイミングで、自分だけの時間を操作できる時があるはずなんだ――
 それは、榎本独自の発想だった。
 別にそのことを研究しているわけではなかったが、そのことをタイムマシンが証明してくれるとは思っていなかった。
――時間を操作するというのだから、タイムマシンという発想が一番近いということくらいすぐに分かりそうなはずなのに――
 と思えるはずなのに、どうしてすぐにその発想が浮かんでこなかったというのだろう。
――灯台下暗し――
 という言葉があるが、一番近くにあって、一番目につきやすいことほど、案外と気が付かないものだということの証明のような気がする。
――昔の人は、うまいことを言ったものだ――
 と考えてみると、自分の発想も、過去に誰かが考えたものなのかも知れないとも思えた。
――ひょっとすると、教授はその人の生まれ変わりなのでは?
 そこまで考えてくると、キリがなくなってきそうなので、考えるのをやめた。必要以上に考えが及んでしまうと、そこから先は堂々巡りを繰り返すだけになってしまうことくらい分かっていたからだった。
 今、教授ははづきとは違う女性を研究している。はづきを「失敗作」だと呼んだ教授とはまるで別人のようだ。
――そうだ、あの頃の教授はどこかに焦りがあった――
 ひょっとすると、その焦りというのは、母親の死に何か関係があったように思えてならなかった。最初から、教授は母親の死が分かっていたかのようだった。
 そこまで考えてみると、母親の死というものを、自分が悟っただけではなく、誰か信用できる人から告げられたのではないかと思うようになった。もし、そうであれば、告げるとすれば、それははづきしかないだろう。
 教授がはづきを、
「失敗作だ」
 と呼んだ理由が分かったような気がした。
 はづきに、予知能力というものが備わっているのに最初に気付いたのは教授ではないか、予知能力というものは、元々その人に備わっているもので、それをいかに引き出すかというところで教授の研究が活かされたのだろう。そういう意味では教授の研究は成功だったに違いない。
 しかし、問題はそこからである。
 予知能力という人にはない突出した潜在能力を有しているだけに、その制御が問題になってくる。教授の研究の真髄はそこにあったのではないか。
 そして、はづきの予知能力の成果が、皮肉にも、
――母親の死――
 という事実に結びついたのだとすれば、言っていいことと言ってはいけないことの区別を制御とするならば、そのことを当事者である教授に対して口にした時点で、はづきは教授の研究にとって、失敗作になった。
 そういう意味で、教授にとっては二重のショックだったに違いない。自分の母親の死ということと、研究の失敗という二つである。
 その時の教授のショックは計り知れないものだったに違いない。教授が自分の記憶を消してしまいたいという衝動に駆られたとしても、それは無理もないことだ。
 また、榎本は他のことに考えが及んだ。
――記憶が薄れるというのは、はづきの影響だけだと思っていたがそうではない。その当人の中に、何か記憶を消してしまいたいという意識が働いていないといけないはずではないだろうか――
 と感じた。
 ということは、榎本にも自分の中で記憶を消したいと思っていることがあったに違いない。それがどんなことなのか。榎本はいろいろと思いを馳せてみた。
 いろいろ考えていたが、どうしても核心部分に近づくことができない。何かが思い浮かんでは次の瞬間に消えていくのを感じるからだ。
――何か核心部分の近くを彷徨っているように思えてならない――
 あくまでも、核心部分に近づけないようにしている何かの力が働いているのかも知れないと感じた。それが、自分の記憶を薄めていて、いずれは失くしてしまおうとしていることに繋がっているように思えてならなかった。
 それが一体何なのか、またしても、いろいろ考える。しかし、完全に考えは堂々巡りを繰り返し、そこから抜けると、きっとそれまで繋がらなかった糸が、すべて繋がってくるような気がしていた。
 榎本は、一つ気になっていることがあった。
――タイムマシンは自分が使っているだけではなく、教授も同じように使っているのではないだろうか?
 というものだった。
 教授のところにタイムマシンが一つしかないと思っていたので、その一つを使っているのが自分なので、教授が使うことはできないと思っていたが、考えてみれば、自分が飛び立つ前の世界で最初に教授が使っていれば、一つでも賄えるような気がしていた。それは、教授が自分とはまったく違う世界で暗躍しているということが必要であって、榎本が気付かない間に、教授が間隙をぬってタイムマシンを使っていれば、それも可能だった。
――しかし、何のために?
 榎本とはづきの行動を完全に把握していなければできないことのはずである。そこまでの行動をするからには、何か重要で切実な理由が必要であろう。それが一体何なのか、榎本には分からなかった。榎本は坂田教授の行動を今度は自分の側から見てみようと思った。ただ、それは自分が坂田教授の考えを把握していなければできないことだった。
――俺にできるだろうか?
 どこまでできるかは分からないが、坂田教授が何を考えているのかをぜひとも知りたいと思った。それが、これからの自分の運命を決めることであり、しかも、自分の薄れていく記憶を紐解くことになるからだった。
 未来に戻ると、そこには微妙に違う世界が広がっていた。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次