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矛盾への浄化

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 榎本ははづきの予知能力は本物だと思っていたので、信じて疑わなかったが、実際に一週間後を見に行ったことがあった。確かに母親が亡くなっていて、坂田教授が一人憔悴しているのを見かけたが、それ以上見かねて、すぐに過去に戻ってきたのを思い出した。
 ただ、人の運命がそう簡単に変わるというのもおかしいと思った榎本は、最初に見た母親が一週間後に死んでしまうという事実は、寿命や病気などではなく、仕組まれた何かではないかと思うようになっていた。
 榎本はタイムトラベルを何度も重ねてきたが、それが少なからずの副作用を起こすことを懸念していた。そして、その正体がどのようなものであるか、今なら分かる気がした。
――俺は臆病になっている――
 不安を感じさせないと思っていたのは、不安に対する感覚がマヒしているからだった。だが、一つ何かをきっかけに不安に対する感覚が戻ってくると、臆病になってしまった自分を見ることができる気がしてきたのだ。
 そこに、
――もう一人の自分――
 という存在が関わっていることに気付くと、そのきっかけになったのが、坂田の母親が生きているのを見たことだった。
――歴史が変わってしまっている――
 絶対にしてはいけないこと、それが歴史を変えることだったはずである。
――死ぬべき人間が生きている――
 それが榎本に大きな不安を与えることになった。
 しかし、不安も飽和の状態になると、堂々巡りを繰り返すようになる。その時になって初めて、
――もう一人の自分――
 の存在に気付く。
 もう一人の自分は、実に冷静で、そのもう一人の自分の存在が堂々巡りを止めてくれたのだ。
 堂々巡りを止める一番の特効薬は、
――開き直り――
 であった。
 開き直りは、堂々巡りを繰り返している間に溜まってくるエネルギーを、もう一人の自分が凝縮することによって、自分に還元するようになっているようだ。
 未来で坂田が研究していた内容は、完全に秘密組織によって支配されていて、そこに人一人の感情など入り込む隙間はなかった。
「これで、母は助かるかも知れない」
 坂田教授は、密かにそう言って自分に言い聞かせていた。それがどういう内容なのか分かるはずもなく、ただの独り言だと思っていたが、今となってその光景にぶち当たれば、それが組織と坂田教授の関係を結んでいるものであることに違いないと思うのだった。
――坂田教授が、そんなに母親思いだったなんて――
 榎本は意外だった。研究室ではもちろん、プライベートでも母親の話は一切しなかった。だから榎本も坂田教授の母親のことなど、途中までまったく知らなかったのである。
 しかし、ある日はづきが、坂田教授に向かって、
「教授は、斎藤さんの生まれ変わり」
 と言ったことで、坂田教授の顔色が変わり、青ざめた様子になったのを見た時、
――おや?
 と感じた。
 斎藤さんというのは、榎本の友達の斎藤のことであり、教授はその存在すら知らなかったからだ。
 はづきが何のつもりでそんなことを口にしたのか分からない。その時は無意識だったんだと思った。はづきは少しだけだが、斎藤の存在を知っていたからだ。
 まるで口から出まかせにしか思えない言い分に、榎本もはづきという女性が分からなくなった。しかし、それは教授が青ざめた理由とは違うものだったのだ。教授はその時からはづきのことを、
「失敗作だ」
 と罵るようになり、はづきに対して怯えているように思えた。
 自分が研究していた相手なのに、従順だったはずの相手が暴走を始めたような気持ちだったのだろう。
 教授はその時、
「母は助かると思ったのに」
 と言っていたのを思い出した。
 最初は、医者から宣告を受けたのかと思っていたが、そうではないようだ。その時から教授のはづきを見る目は、恐ろしい化け物でも見るような目になった。はづきはそんな教授の目を恐れている。
 教授がはづきに対して強硬な態度を取るようになったのはそれからで、まるで中世の魔女裁判を思わせるような行動に、さすがの榎本も驚いて、はづきを過去に連れていったのだ。
 過去の教授は、その時の教授とはまったく違う人で、確かに神経質ではあるが、将来に希望を持っている普通の青年学者だった。あまり年の変わらない榎本に比べて実に自由に振る舞っている。羨ましく思えてきた。
――時代が違うからなのかな? 俺もこの時代にいれば、今の坂田教授のようになれるかも知れないな―― 
 と思った。歴史が変わってしまうかも知れないと思いながらも、何度も往復することで、マヒした感覚は、
――俺は本当はこの時代の人間だったのかも知れない――
 と思わせるに十分だった。
 はづきは、予知能力を持っているが、それは本当の能力ではなく、組織によって未来の記憶を埋め込まれたからなのかも知れない。その知識をどのように活かすかということまでは、制御されていないことから、どうしても中途半端になり、坂田教授のいわゆる、
――失敗作――
 と言わしめた理由でもあるのだろう。
 榎本は、未来に戻ると、はづきのことよりも、坂田教授のことの方が気になって仕方がないことを分かっていたが、それがなぜなのか分からなかった。確かに、過去の坂田と未来の坂田。過去も未来も自分の前に現れているのは、坂田だけだった。
 だが、一つ気になっているのは、
――ひょっとすると、過去にももう一人の自分やはづきが存在しているのかも知れない――
 という思いだった。
 それがどんなに飛躍した発想であるかということは分かっている。考えてはいけないことなのかも知れないとも思う。しかし、未来で教授のことが気になっている自分を感じると、
――未来に戻ってきた時の自分と、過去にいる自分では違うのではないか?
 と思うのだった。
 ということは、未来に戻ってきている間、過去にはもう一人の自分がいて、その自分がはづきや真奈美の相手をしているのではないかと思う。タイムマシンで旅立ったその時に戻っているつもりだったが、実際には少し時間が経っていることが多い。それは未来にいる時間分、過去も進んだ時間にしか戻ることができないような気がしていたからだ。
 未来にいる時間をなるべく短くしようと思っていたのはそのためだった。
 榎本は、自分が戻った世界にもう一人の自分がいないかどうか、気にしていた。もちろん、
――そんなバカなことはない――
 という思いの元にではあるが、火のないところに煙が立つはずもなく、何か考えるところがあったに違いない。
 榎本が過去に戻ってくると、必ずはづきが目の前にいた。面と向かっているわけではないが、見える範囲にいるということだった。
――ただの偶然?
 過去から未来に行く時は、はづきに知られないようにしようと思い、密かに出かけるようにしている。過去から戻ってきた瞬間が、まわりの人に、自分が他の時代から来たということを悟られないように、数秒間、時間を止めることができる。時間を止めるというよりも、ものすごい短期間に、自分がその時代に馴染むよう、自分だけの時間を操作できるだけのことだった。
 と言っても、自分で操作するわけではなく、タイムマシンの効果として、操作されるだけのことであった。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次