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矛盾への浄化

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 忘れっぽい時というのは、たいてい何かを考えていて。覚えることに集中できないことで、忘れっぽいと思うのだ。しかし、記憶が薄れていると感じる時は、何かを考えている時もあれば、何も考えていない時もある。突入契機は曖昧なだけに、いつ突入するか分からないところがあった。それだけ防ぎようはないのだ。
 しかも、記憶の欠落に関しては、いつも気が付けば薄れていたり、記憶が戻っていたりする。それだけ自分自身で意識していない証拠なのかも知れないが、ふとしたことで、急に気になったりするもので、同じ思いがはづきの中にもあるのかどうか、はづきの頭の中を覗いてみたい気がした。
――教授がはづきに興味を持ったのは。そのせいかも知れない――
 教授にも同じようなところがあり、はづきを研究することで解明しようとしたのか、それとも元々教授には同じようなところがなくて、はづきと一緒にいることで、自分も記憶が薄れてくることになっていったのかも知れない。もし、そうなら、伝染するということであり、榎本の記憶の欠落も、はづきからの伝染の可能性は大いにある。そう考える方が、可能性としては高いように思えた。
――伝染もある意味では、副作用の一種なのかも知れない――
 ただ、はづきが記憶を失うように暗示が掛かっているとすれば、暗示を掛けたのは教授のような気がする。教授の後ろに何らかの組織が暗躍しているのは何となく分かっているが、教授の研究と記憶喪失、そしてその副作用がどのように影響し、はづきや榎本に作用しているのか、謎のままだった。
――この時代にいては、そのあたりのことは分からないな――
 と思ったが、今この時代での生活に不満があるわけではない。
――できることなら、このまま平和にこの世界で暮らしていけたらいい――
 と感じる榎本だった。それははづきも同じ思いのようで、寂しさや悲しさは相変わらず引きずっているが、この世界で知り合った真奈美もいることだし、未来に戻りたいとは思っていない。
 副作用による矛盾がこの世界にどのような影響をもたらしているのか考えていたが、記憶を失うということが、何かの共通点ではないかということを考えるに至って、榎本の中で、
――本当はこの世界にずっととどまっていたいが、どうやらそうもいかないようだ――
 と考えるようになっていた。

                 第四章 矛盾への浄化

――この世界は何度目に戻ってきた世界なんだろう?
 榎本は、はづきを過去に連れていってから、どうしても未来の状況が気になって、何度もタイムマシンを使って過去と未来を行き来していたのだったが、その行動自体が影響するということを考えていなかった。
 普通なら、最初にこの行動を疑問に思うべきなのだろうが、過去に戻った時点で、元いた時代が、本当の自分の世界ではないような気がしていたので、過去と未来を頻繁に往復するという行動に、疑問を持つことはなかったのだ。
 自分の知っている未来と、実際に戻ってきた未来は、少し違っているような気がした。
――やはり、過去に戻った影響だろうか?
 と思ったが、それも若干の誤差の範囲。考えてみれば、未来の何が正しいかなど、誰に分かるというのだろう。
 ただ、帰るたびに、少しずつ何かが違っている。最大の違いで驚いたのは、坂田教授の母親が生きていることだった。坂田教授の母親は、坂田教授がはづきのことを、
「失敗作だ」
 と言って、自己嫌悪に陥っているその時、追い打ちを掛けるように亡くなったのだ。
 その時の坂田教授の顔は、見ていられないほど憔悴していた。榎本は、教授が自分の知っている坂田教授ではないような気がしたことで、余計にはづきに対して危害が加わることを恐れたのであって、もし、その時の坂田教授に違和感を覚えなければ、その背後に何らかの組織が存在していることも気が付かないままだったに違いない。
 榎本は、背後の組織とはどういうものなのかということに興味を持っていた。
 すでに一度この世界からタイムマシンに乗って過去に行ってしまったことで、一度この時代から存在がリセットされた。未来においてタイムマシンを使うというのは、自分の存在を消してしまう可能性があるということなので、あまり使用しようとする人は少なかった。
 はづきのように、この時代から自分の存在を消してしまいたいと思っている人にとっては、タイムマシンというのはありがたい存在であった。それは榎本にも言えることで、彼もこの世界から自分を消してしまいたいと思っている一人だったのだ。それは、榎本が組織側の人間であると思っているはづきのことを好きになったと思っていたからだった。
 しかし、実際には、はづきに対しての思いが恋心とは違うものであることに気付いていた。嫉妬を煽る相手に恋心というのもおかしな気がするからだ。ただ、それでもはづきを守りたいという思いが消えたわけではない。
――はづきと一緒にいることが、俺の存在意義の一つなのかも知れない――
 と感じていた。
 それにしても、坂田教授の母親が生きているのはビックリした。危篤状態で、言葉を話すこともままならない状態で、集中治療室で治療を受けていたはずなのに、何度も未来と過去を往復するうちに母親が回復してくるのが目に見えるようだった。
 もう、坂田教授の母親は死を前にした人間ではなかった。確かに入院はしていたが、病室も個室ではなく、二人部屋だった。一日に何回か、車椅子ではあるが、病院内を散歩するのが日課で、その付き添いに最初は看護婦が行っていたが、最近では、はづきが付き添っている。
――この時代のはづきは、俺が過去に連れて行ったはづきとは、まるで別人のようだ――
 坂田教授の研究に関わってはいるが、過去に連れて行ったはづきを相手にしていたような実験を施したりしているわけではない。従順なところは変わりはないが、逆に従順すぎて、まるで、
――誰かに作られたロボットのようではないか――
 と感じたが、そこに人としての暖かさや感情は十分に含まれている。逆に過去に連れていったはづきの方が、明らかに寂しさや悲しさを持っている分だけ、重たく見える。それだけ人間らしさを持っているとも言えるであろう。
 坂田の母親は、榎本が知っている限りでは、自分たちが過去に行ってから一週間後に亡くなるはずだった。それを予言したのははづきで、
「どうしてそんなことが分かるんだい?」
「私には予知能力のようなものが備わっているみたいなの。でも、それは限られた部分にだけ通用するもので、中途半端なの。教授が失敗作だって言うはずよね」
 と言っていた。
「じゃあ、誰の生まれ変わりなのかが分かるというのも、限られた人間だけということになるの?」
「そうなの、でも、限られた人というよりも、分かる時にタイミングがあって、その時じゃないと分からないのよ。限られたという意味では変わりはないわ」
 はづきは自分のことを冷静に見ているようだった。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次