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矛盾への浄化

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 それでも、「矛盾」がどれほど今の自分に大きな影響を与えるのかを、はづきを見ることによって図ることができるなど、思ってもいなかったのだ。
 時間というものに矛盾があるとすれば、それ以外にも矛盾だらけの世界があってもいいのではないかと思うようになった榎本だった。
 榎本は、自分の中で無意識に、
――はづきを操りたい――
 という思いがあったのを感じた。
 それまでは、
――はづきを教授の手から救いたい――
 という思いを持って、過去にやってきたはずだった。教授がはづきを「失敗作」と読んだことで、何かの研究にはづきを使っていることが分かったわけだが、その研究をするための元になる場所にはづきと一緒に来ることで、
――研究の原点を知ることができるかも知れない――
 という思いがあったからだ。
 しかし、この時代にやってきて感じたことは、
――教授は、まっすぐで曲がったことが嫌いな性格である――
 ということだった。
 未来の教授からは信じられない性格だったが、
――これなら、今の俺の方が未来の教授に近いかも知れないな――
 と、どこかで何かが違っているのを感じた。
 そして、自分たちがタイムマシンで過去に戻ったことで、未来がいかに変わっているかということばかり気になってしまい、どうしても、過去と未来を何度も行ったり来たりしなければ気が済まなくなってしまっていた。
 その間に、真奈美という女性とも知り合った。
 彼女には包み隠さずにいたいと思っていたが、それは、彼女が自分の子供を交通事故で亡くしていたことで、はづきのことがまるで自分の子供のように思っているからに違いない。そんな目を見ていると、自分もはづきに対して、
――親のような目で見ているのではないか――
 と思うようになっていた。
 最初は、恋心を抱いているのではないかと思っていた。それを打ち消そうとしていた自分がいるのも事実だった。しかし、途中から打ち消そうとするのをやめた。別に恋心を持っていたとしても、それのどこに問題があるというのだろう。
 逆に恋心がなければ、こんな思いきった行動に出ることもない。自分の行動の証明として、はづきに対しての恋心を否定しない自分がいるのだ。
 だが、真奈美を見ていると、自分の中にあるものが、本当に恋心なのか疑問に思うようになってきた。自分が親で、娘を見ているように感じるのも、おかしなことではない。
 そういえば、榎本は今まで誰かに嫉妬したことがなかった。誰かから嫉妬されたことはあったが、、
――嫉妬とは、どういう感情なのだろう?
 と思っていた。
 失恋経験は一度や二度ではないが、そのたびに大きなショックに襲われて、立ち直るためにかなりの時間を要していた。
――それなのに、嫉妬した経験がないというのは、どういうことなんだろう?
 それは、最近分かったことであるが、
――何かショックを受けると、自分からそれを避けようとして、その間、一種の記憶を失った状態になるようだ――
 というものだった。
 しかも、そのショックというのが、実に中途半端な大きさのもので、失恋ほど大きなものにが、記憶を失うという作用が働くことはなかった。人に対して嫉妬したりするような、精神的に心が揺れ動く時に、記憶を失うのだった。
 本当にショックな時は、精神的に心が揺れ動く余裕がない。揺れ動くだけの余裕があれば、いろいろな発想が生まれて、立ち直りまでにもう少し早くなっていたはずである。そういう意味では榎本は不器用な性格だと言えよう。
――俺は自分を欺くことができないんだ――
 それだけに苦しみをまともに受けてしまう。
「お前は自分の考えていることが、すぐに顔に出るからな」
 と言われたことがあった。その時に、
「俺は一つのことに集中すると、他のことが見えなくなるんだ」
 と答えた。
 その性格をその時までは、真面目で実直な性格は悪いことではないと思っていた。しかし、
「それが自分を損な立場に追い込むんだ」
 と言われて、ハッとしたのを思い出した。この時の会話の相手が他ならない坂田教授だったことは、よかったのか悪かったのか、榎本は思い出しながら、額の汗を拭ったのだった。
 ただ、この時代にやってきて、はづきと真奈美に嫉妬するようになった。これがどういう感情なのか分からない。ただ、
――嫉妬というものに一番近い気がする――
 と感じたのだ。
 実際には違うのかも知れないが、真奈美に対しても、はづきに対しても、まず最初に感じたのは、
――自分にはない「悲しみ」を持っている――
 と感じた。
 榎本は自分の中に「寂しさ」を持っているのを感じていた。その寂しさは、はづきにも真奈美にもあり、
――同じものがあるからこそ、二人と一緒にいるのだ――
 という感情を持っていた。
 しかし、実際に二人にあるのは自分と同じ「寂しさ」ではない。しいて言えば。もっと深いところにあるものだ。それを自分も二人と同じ位置まで潜って見てみようと思ったことが間違いだったのか、潜ってしまうと抜けられなくなりそうだった。
 しかも、その場所に二人はいなかった。それは、二人には自分にない「悲しみ」を持っているからだということに気付かなかった。
 しかも、二人は同じ悲しみを持っていても、少し種類が違っていた。
 はづきの場合は、「寂しさ」の中に「悲しみ」を持っていて、逆に真奈美の場合は、「悲しみ」の中に「寂しさ」を持っていた。どちらが深いものなのか一概には言えないのだろうが、二人を見ていると、はづきの方が真奈美を見上げているように思えることから、深いところにいるのは真奈美の方だと思うようになった。その裏付けとして、真奈美には、子供を交通事故で亡くしたという事実があることだった。それがどれほど奥の深いもので、立ち直るために何度も何度も精神的に堂々巡りを繰り返していたのだということを考えさせられた。
――本当に真奈美にはづきを任せてもいいのだろうか?
 と、思うようにもなっていた。ただ、はづきを精神的に分かってあげられるのは自分ではなく真奈美しかいないことは間違いないだろう。そういう意味で、榎本は何とも言えない言い知れぬ歯がゆい気持ちになっているが、
――嫉妬のようなものが自分の中から湧きあがっているのではないか――
 と感じていた。
 榎本は今のこの感情が、未来にどのような影響を与えるのか、この間まであれほど、未来への影響を考えていたのに、今はその感情がマヒしてしまっていることに気付かなかった。
 榎本は記憶が欠落しているのを分かっていたが、完全に記憶を失うところまで行くことはなかった。ただ、一度欠落した記憶はしばらくするといつの間にか戻っている。記憶が欠落していたなどという意識すら感じさせないが、また気が付けば記憶が欠落しているような気がする。
――俺も定期的に記憶が薄れてくるのだろうか?
 記憶が薄れるというのと、忘れっぽいというのでは明らかな違いがある。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次