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矛盾への浄化

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 榎本は、実際に免許を取得してすぐだった。教授は大学から免許取得に通わせてもらっていたが、榎本はそんなルートが存在しない。裏ルートを教授が探してくれて、何とか免許を得るところまで来たのだが、そのため、タイムマシンを安全に運用するためのマニュアルや教育を受けていたわけではない。もちろん抑えるべきところは抑えているが、それも研究に必要な必要最低限の部分であった。本来ならはづきを乗せて、独断で過去に戻るなどできることではなかった。それを可能にしたのは、榎本の記憶の欠落した部分に隠されていることなのかも知れない。榎本が自分も記憶の欠落があったことに気付いたのはこの時で、それまで、忘れっぽくなっただけだと思っていたのだ。
 ただ、榎本がタイムマシンを自在に操れているのは事実だった。榎本の意識していないところで、ちゃんとした教育を受けていたのかも知れない。
――これが欠落した記憶に繋がる部分なのかも知れない――
 タイムトラベルが矛盾によって引き起こされることだとするならば、無意識に操縦できるようなことがあっても、別に驚かない。その代わり、記憶の欠落は如何ともしがたく、それこそ、
――矛盾の副作用――
 を引き起こしているのかも知れない。
 矛盾の副作用は、タイムトラベルとは切っても切り離せないものだと思っていたが、ある研究をきっかけに、矛盾は解消されたという。ということは矛盾に矛盾が重なると、マイナスとマイナスを掛ければプラスになるように、相関作用は働いているのかも知れない。考えてみれば、矛盾も副作用も、どちらも何かの「対象物」と言えるのではないだろうか、影の部分を掛け合わせることで、光を見出すことになるのではないだろうか。
――光がなければ影は存在しない――
 と言われることもあって、光が影を支配しているように思いがちだが、光がなくとも影は存在しているのではないかという考えを持てば、どこにあるのか分からない影に恐怖を感じるという考えも成り立つのではないだろうか。
 光が恩恵となって今の世界が成り立っているのは周知のことだが、暗闇だけの世界が存在するという本を読んだことがあった。
 それは星になぞらえた発想で、星というものは、自ら光を発するか、他の天体の光の恩恵を受けて光っているものだというのが基本である。
 しかし、その星は、自ら光を発することはなく、逆に光を吸収してしまう特徴を持っている。
――近くにいても、その存在を意識することはできない――
 生命体ではないので、息吹を感じることもない。光がなければ、その存在を認識することはできないのだ。
 考えてみればこれほど怖いものはない。そばにいるのに、その存在が分からない。その星がどんな形をしていて、どんな危険を孕んでいるのかがまったくの未知数なのだ。
 榎本は、タイムトラベルをしている時、そんな暗黒の世界を通り抜けているような気がしていた。タイムマシンが開発される前のSF映画やアニメなどでは、トンネルの中で、時計が歪んで見えたり、創世紀からの時間をまわり巡って、目的の時代に辿り着くような世界を描いているが、もちろん、それはタイムトラベルをトンネルとして、その中で時代のうねりを見せることで、イメージを視聴者に植え付けているのだ。確かに分かりやすい発想ではあるが、それ以外に広がる無限の発想として、
――暗黒の星の世界――
 を創造するのも、ありだろう。ひょっとすると、暗黒の星を最初に創造した人は、時間の歪みに対してのイメージを抱いていたのかも知れない。それだけ暗黒の星の世界という発想は、無限の可能性を秘めているような気がした。
 ただ、残念ながら、榎本が経験したタイムトラベルでは、目的の時代に到着するまで眠っているようだ。夢を見ているという意識があるからだ。しかし、
――夢を見ているという夢を見ることもある――
 という発想が頭を過ぎった。夢だと思っていることも、本当に夢なのか信じられるものではない。目が覚めて目的の時代に着いてしまうと、夢の内容を忘れている。それは普段の睡眠と変わりないことだが、タイムトラベルの中で見る夢は、
――何かの副作用ではないか?
 と感じるようになっていた。
 そんな夢の中で一つだけ残っている意識があった。
――タイムマシンには影がない。影がないことが矛盾となって、タイムトラベルを可能にしている――
 という発想だ。
 しかし、タイムトラベルが暗黒の星の世界の発想を伴っているという思いも捨てきれない。どちらも矛盾を孕んだものだが、タイムトラベルには強大なエネルギーが必要で、そのエネルギーは、
――一瞬の煌めき――
 にあると思っている。
 暗黒であり、影がない世界であればあるほど、一瞬の煌めきは強大なエネルギーを発揮する。一瞬なので、次の瞬間に目の前には暗黒の世界しか残らない。タイムトラベルが終わるまで意識として残っていないのは、この時のショックがあるからなのかも知れない。
 榎本は、自分が何度もタイムトラベルを繰り返していることで、
――自分の寿命を削っているのではないか――
 ということまで考えるようになった。もちろん、何ら根拠があるわけではないが、一度のタイムトラベルで受ける強大なエネルギーの影響が身体を蝕んでいるように思えてならなかった。
――次回でやめよう――
 と、何度も思ったが、どうしてもやめることはできなかった。
 ただ、身体に危害が加わらないように開発されたはずだった。だが、それも限度がある。何度も短期間にタイムトラベルを繰り返すということを想定しているわけではないだろう。そう思うと、榎本の不安も、あながち取り越し苦労というわけではないはずだ。
 榎本がタイムトラベルに一段落をつけたのは、未来から持ってきた教授のメモを解読することに専念しようと思ったからだ。未来に戻っていたのは、メモの解読のために少しでも坂田教授の考えに触れることができればと思ってのことだったが、メモを書き綴っている時の坂田教授は、思ったことを羅列しているだけで、それを積み木のように組み立てる作業をしているわけではなかった。
――どこかで、整理することがあるはずだ――
 と思って探っていたが、どう見ても、坂田教授がメモを整理しているところに行き当たることはなかった。読み返している時間さえないようだった。
 それは、この時代にいる坂田助教授を見ていても分かることだった。
 坂田助教授はメモ魔であることはまわりから知られているが、坂田が自分の書いたメモを読み直すことはほとんどない。そのことは助教授のまわりで研究している人も分かっているようだった。
「坂田助教授はよくメモを取るけど、それはメモを取ることで安心したいだけで、読み直したりしませんよ。メモを取ることで、満足してしまうんでしょうね。本人にとってはそのメモがお守りのようなものじゃないんですか?」
 という答えが返ってきた。
 だが、榎本がはづきを連れてこちらの時代に来ることになった時、確かに坂田教授は自分の書いたメモを読み返していた。
――ひょっとして、メモを読み返すようなことをしたので、教授は記憶喪失になったのだろうか?
 という思いがふと頭をもたげた。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次