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矛盾への浄化

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――彼女も同じなんだな――
 と感じた。
 同じ相手というのが誰のことなのか、ハッキリとは分からなかった。自分なのか、はづきなのか、それとも坂田教授なのか……。しかし、誰もが持っているというものではないと思う気持ちを少なくとも彼女が持っていると感じた時、榎本は彼女のことを、
――他人とは思えない――
 と思うようになっていた。
――本当は真奈美のことをもっと知りたいな――
 という思いを持っていた。
 そう思うようになると、今度はこの時代の人がどうして真奈美に興味を持たないのかということに疑問を感じるようになってきた。
――この時代の人がそれだけ冷たいということなのか?
 と思ったが、元々冷たいという概念が、今までいた時代と過去である今とでは、どこまでが同じなのかそのあたりから考える必要があるのではないかと思うようになっていた。
 真奈美は、榎本にも優しかった。
「あなたを見ていると、弟のように思うんですよ。でも、何だか不思議、弟というよりも子供と言ってもいいような感じもするんですよね。どうしてなのかしらね?」
 真奈美には元々男の子がいたが、その子が交通事故で亡くなったらしいという話をしばらくして聞いた。
 交通事故に遭って記憶を失ったはづきのことを他人とは思えなかったのだろう。
 はづきが過去に来て、
――次第に記憶を失っていったのには、何かわけがあるのではないか?
 とずっと感じていたが、そこに坂田教授の思惑が大きく関わっていると思うのは無理のないことだと感じるようになっていた。
――そういえば、教授は催眠術についても研究していたな――
 というのを思い出した。
「心理学を研究する上で、遠い過去から今に至るまでの催眠術の研究は、大いに興味のあることだからね」
 と、言っていることは至極当然だったので、何も疑いを持たなかったが、そう言っていたわりには、研究をしているのを感じたのは最初だけ、
――本当に研究しているんだろうか?
 と研究を感じなくなってから少しして感じたことだったが、それもすぐに忘れてしまった。
――あれだけ気になっていたのに――
 と、今から思えば、どうしてそんなにすぐに教授が研究をしなくなったのかを疑問に感じることのなかった自分に違和感を感じた。
 催眠術を研究するというのは、教授独断で行っていることのようだった。依頼主からは催眠術についての依頼があったわけではない。今から思えば、
――はづきにわざと記憶喪失を植え付けて、何か暗示があるたびに忘れていくように仕向けた――
 と思った。
 そしてさらに、
――失った記憶のその後に、何か教授が忘れてはいけないことを埋め込むようにしていたのかも知れない――
 という発想の発展があった。
――確かに、一度失われたと思っている記憶の奥に、教授自身が忘れてはいけないことを隠し、これも解き明かすキーワードを唱えるだけで、はづきの中から取り出すことができる――
 と考えた。
 もちろん、そのキーワードを知っているのは教授だけで、だから、教授ははづきを自分だけのものにして、さらにははづきを「失敗作」と言って、まわりに言いふらすことで、さらに、自分だけのものにしてしまおうという目論見があったのかも知れない。
 それなのに、はづきを過去に連れてきてしまった。未来の坂田教授はショックから入院してしまう。それも無理のないことだった。
 榎本は、時々はづきに内緒で未来に少しだけ戻っていた。
 その理由は、榎本の時間に対しての思いがあったからだ。
――もし、過去での俺やはづきの行いから未来に続く世界が極端に変わってしまっていたら恐ろしい――
 という思いがあるからだ。
 タイムマシンの研究に携わっているが、未来のノウハウを知っている榎本は、本当なら自分の知識を表に出せば、タイムマシンの完成はすぐにでも発表にこぎつけるだけのものだった。
 しかし、榎本は自分の中の意識を封印していた。誰にも悟られないようにしようという思いがあったのだが、そう思えば思うほどボロが出るもので、一緒に研究を続けている人の中には、
「榎本という男は、どこか違う。まるで未来のことを知っているような気がする」
 と思っている人もいた。そしてそれを他の同僚に打ち明けると、
「俺も同じようなことを感じているんだけど、何かを必死に隠そうとしているように思えてくるんだよね。でも、普通なら意地でもその隠そうとしているものを覗いてみたくなるのが人間の心理のように思うんだけど、彼に対してだけは、そんな風には思えない。どちらかというと、やつが隠したいと思っているのなら、とことん、隠しておいていてほしいような気がするくらいなんだ」
「それは俺も同感だ。彼のことを知ってしまったことで、俺たちが気を病む必要はないんだ。藪を突いてヘビを出すような真似はしたくないからな」
 と、二人は榎本の存在自体に対して、慎重になっているようだ。それが、榎本特有の性格で、榎本が自分の考えていることをわざと表に出すことで、まわりに自分に対して疑念を抱かせ、その抱いた疑念を恐ろしく感じさせることができる。それによって、まわりが自分に対して一線を画すようになるのだが、その微妙な距離が、榎本にとっては大切なことだった。
 榎本のことを、真奈美も疑問に感じていた。しかし、真奈美は榎本が画策した研究員たちとは違い、自分の気持ちを隠しておくことのできない性格だった。正直者だと言ってしまえばそれまでなのだが、感じたことは聞かないでおかなくなったのは、
――死ぬ前の子供と、もっと話をしていればよかった――
 という意識があるからだ。
――言葉にしないということは罪なんだわ――
 と思うようになっていた真奈美の気持ちは榎本にも分かる気がした。真奈美の考えているその気持ちは、そっくりそのまま、自分がはづきに対して感じているものに近いような気がしたからだ。
――恋心とは違うが、暖かい感情であることに違いない――
 と思ったが、その思いは、実際に感じる暖かさではなく、まるで青白い炎を見ているような気持ちにさせられたのだ。
 真奈美は、榎本に対し、恋心とは違うが何か大きな興味を覚えていることは分かっていた。それが何なのか最初は分からなかったが、途中から、
――これは同情なのではないだろうか?
 と思うようになっていた。
 自分は子供を交通事故で亡くした。そのことが頭にあるので、はづきのことをじっと見守っているように見える榎本を見ていることが、
――自分を写す鏡――
 でも見ているかのような感覚に陥っていたのだ。
 次第に、真奈美は榎本から目が離せなくなってきた。もし、警察に通報されれば、ストーカーとして認識されるくらいに、真奈美は榎本を観察していた。
 榎本はある場所にタイムマシンを隠し、そこから、時々未来に戻っていた。自分たちの行動がこれから起こる未来に対してどのような影響があるかを見定めるためだ。
 未来に戻っている時間は数日だった。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次