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矛盾への浄化

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 が、含まれるのは当然のことであるが、坂田教授は副作用をなるべく抑えた結果を求めていた。
 究極はそれでいいのだが、最初からなくそうという気持ちで進むことで、どうしても無理を押し通そうとしてしまった。確かに、最初から無理だと分かっていることでも、意識しながら解決法を見出すのも一つのやり方だが、それにふさわしい人間というものがあるはずだ。それがその人の「器」であり、坂田教授には、ふさわしくない人間ということで、「器」が足りないレベルで、逃げ出したのだ。これでは、先に進めるはずもない。結局自分の中で「失敗作」として片づけるしかなかったのだ。
 一度「失敗作」としてのレッテルを貼ってしまった坂田教授は、もはやはづきに興味はなかった。しばらく研究から遠ざかり、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。その雰囲気はあたかも学者肌であるが、元々人を寄せ付けない雰囲気に拍車がかかってしまうと、
――鬱状態が永遠に続いてしまうのではないか?
 と感じさせるほどになっていたのだ。
 しかも、神経質で融通の利かない性格は、孤独を呼ぶ。その孤独に慣れている時ほど、坂田のような男は、自分のそばに、従順な女を求めるのだ。
――従順な女一人がいればそれだけでいい――
 研究もさることながら、はづきに求められたのは、
――従順な女――
 としての存在だった。
 坂田がオンナを簡単に実験台にしてしまう神経は、
――自分に従順な女に対しては、何をしてもいいんだ――
 という感覚だった。
 まるで自分のために生まれてきたかのような発想が、はづきの中で、
――その人がどんな人の生まれ変わりなのかが分かる――
 という特殊能力を備える結果になった。
 坂田がいう決して「失敗作」などではない。
 では、なぜ坂田が彼女を「失敗作」と称したのか?
 それは、坂田にとって、もはや彼女が従順な女ではなくなったことがすべてだった。
 彼女は元々自分のことが分からずに彷徨っているところ、教授によって、従順な女に仕立て上げられ、研究の材料にされた。人道的には許されることではないのだろうが、
「研究のため」
 という大義名分があることで、誰も何も言えなかった。実際に、曲がりなりにも彼女は特殊能力を得ることができた。決して「失敗作」などではない。
 しかし、そのために、彼女は自分の記憶を失いかけていた。元々記憶を失った状態で坂田の前に現れたのだが、そこから生まれた短い記憶もまた失おうとしていた。
 榎本は、はづきを過去に送り込み、若き日の坂田に会わせるつもりだった。
 はづきには、今ある坂田教授への記憶を消してしまう必要があったのだが、それが中途半端になってしまった。
 榎本は、はづきから言われた、
――自分が坂田教授の息子として一度は生まれてきた――
 という話を最初こそ信じなかったが、今では信じられるようになっていた。
――ひょっとして、母親ははづきなのでは?
 という発想を抱いたが、すづに打ち消した。しかし、完全に消すことはできなかった。なぜなら、
――そのまま、完全に生まれることがなかったのは、坂田教授と、はづきの間に子供ができるということは許されないことだったのかも知れない――
 と感じたからだ。
 元々、はづきは未来の人間で、榎本が過去に送り込んだのだ。未来の人間と過去の人間の間に子供が生まれる発想は、想像を絶するものであり、理解できるものではなかった。
――生まれてきた子供に意識がないのは、ひょっとして、そのままの意識で育ってしまうことが許されない場合があるからなのかも知れない――
 生まれてきた時に、自分が誰かの生まれ変わりだという意識があり、生まれ変わる前の人間の意識が残っていてはまずいからだという考えが、次第に榎本の中で形になって固まってくるのだった。
 そういう意味でははづきの特殊能力は無理のないことであり、そのことを意識できるかできないかというだけであれば、さほどはづきの特殊能力を、そこまで、
――特殊だ――
 とも言えないのかも知れない。
 だが、榎本の中では、だいぶ発想の範囲内に入ってきたが、ここからが本当に理解するまでに大きな壁があることを、すぐには理解できなかった。
――ここまで分かることができたのだから、はづきに近づけるのも、まもなくのことだろう――
 と思っていたが、なかなか近づくことができなかった。むしろ、
――一進一退を繰り返している――
 つまりは、そこから堂々巡りを繰り返すという地団駄を踏みたくなるような展開に、しばし疲れを感じているのも事実だった。
――見たくないものまで見えてしまう――
 という副作用が生まれたのも、どうしても、榎本に近づけない気持ちがもたらしたものなのかも知れない、
 はづきの方でも榎本が気になる存在になってきたのは事実であり、それが恋心なのかどうかまで、さすがのはづきにも分からなかった。
 榎本のことが気になり始めたというのは、それまであまり感じたことのない不安感が襲ってきたからなのかも知れない。
――記憶を定期的に失っていたのは、ひょっとすると、不安が募りすぎて、無意識のうちにある現実逃避という感情がマヒしてしまったことにより、記憶喪失という究極の現実逃避に至ったのではないだろうか?
 しばらくして、榎本はそう感じるようになっていた。
 自分がはづきのことを気になっているのは、恋心だと思っているが、はづきの方に榎本を気にする何かがあるとすれば、記憶喪失を繰り返すことでの自分に対しての不安や寂しさが、はづきの中にあり、榎本を気にさせるのだと思うようにしている。自分から相手が自分に好意を持っているなどということをおこがましいと考える榎本は、やはり性格的には真面目なのかも知れない。
 榎本もはづきも、この時代にいると不安が募ってはくるが、恐怖を感じることはなかった。
 その恐怖というのがどこから来るのか、それは自分たちが元いた世界の坂田教授だったに違いない。
 この時代にいる若き日の坂田は、自分に従順な誰かを求めるようなことはなかった。
――一体、どこで変わってしまったのだろう?
 榎本は、そう感じたが、次第にそれ以上感じるのを止めた。
――自分を追いつめることになる――
 という思いが頭を過ぎった。それは一つだけではなく二つの意味をなしていた。
 一つは、自分がはづきをこの時代に連れてきたこと。そして、もう一つは自分が一瞬でも坂田の子供として生まれたことの二つだった。一つだけでもその重みに耐えられるかどうか分からないのに、二つ一緒では、どうすることもできない。
――逆に開き直るしかないか――
 としか思えなかったくらいだった。
 はづきはこの時代にやってきて、交通事故に遭った。その時のショックで記憶を失ってしまったと誰もが思っているようだったが、実際にそうなのだろうか?
――ひょっとすれば、まさか……
 と、感じている人間が一人いた。それは榎本である。
 しかし、榎本はその考えを大きく否定しようとしている。
 その一番大きな理由は、他ならぬ坂田のことだった。坂田は、はづきに対して何かの研究を施そうとしている。
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次