小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

矛盾への浄化

INDEX|17ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 計画としては、まず榎本が偶然を装って、坂田助教授の前に現れて、はづきの副作用である一つのことをイメージとして植え込ませようというものがあった。タイムマシンがあるのだから、偶然を装うことは難しいことではない。特に坂田の場合、急に初めての店に立ち寄ってみたくなる性格であることを知っていたので、スナック「メモリー」に顔を出すことも分かっていて、ちょうどそのタイミングを狙うというのが、榎本の計画だった。
「誰かが生まれたその時間には、必ず誰かが死んでいることになるんですよ。その数っていつも一緒なんですかね?」
 こんなセリフを坂田に聞かせるだけでよかった。坂田はあまり記憶力がいいわけではないが、却ってさりげない会話で気になることがあった方が、覚えていないまでも、頭の中に一番残ることになるのだった。
――前にどこかで聞いたことのような気がする――
 と、すぐに思い出せるところに記憶されていることになるのだ。
 榎本のことは印象に残らないだろう。言葉が漠然としてだが、印象深いことであれば、余計にそれを口にした人間のことを覚えていることはない。言葉を印象付けられて、自分もさりげなく、坂田助教授に近づくことができた。
――一石二鳥とはこのことだ――
 と、榎本はほくそ笑んでいた。
 はづきはその時、まだ未来にいた。その間、坂田助教授のことをはづきの中に印象づけるためであった。
 はづきは戻った過去は、榎本が戻ったよりもさらに前のことで、最初にはづきが声を掛けた時、違和感がないように坂田助教授にはづきを印象付ける必要があった。
 はづきは、過去に戻ったのだから、未来の坂田教授には、はづきがいなくなったことを印象付けてはいけない。
 はづきは過去と未来を行ったり来たりしながら、同じ相手の若い頃と、年を取ってからの相手をするという難しい立場に立っていた。
 そんな時、はづきの記憶が失われていたのは、ある意味好都合だった。余計な先入観があるわけではなく、榎本に植え付けられた記憶だけを頼りに、後は彼の言う通りに行動すればいい。
――教授の実験台になっているはづきを可愛そうに思っていたはずなのに――
 自分は、はづきを助けようとしていたはずなのに、いつの間にかはづきを自分のロボットのようにしてしまっていることに気が付いてはいた。
――でも、仕方がないんだ――
 榎本は、このままはづきが坂田教授の実験台として生きることが、絶対にいけないことだという確信めいたものがあった。それをなくすためには、一時期とは言え、自分の言う通りに行動するロボットとしての扱いも、
――どうしようもないんだ――
 として、自分に言い聞かせるしかなかったのだ。
 はづきの副作用の一つである
――すぐに分かるであろう――
 と思っていたのは、
――はづきが気にして見た人が、一体誰の生まれ変わりなのか――
 というのが分かってしまうことだった。
 ただ、誰の生まれ変わりなのかということが分かったとしても、その誰かが何者なのかが分からない。指摘したとしても、詳しくは言えないので、説得力には欠ける。
 榎本も、最初にはづきに指摘された時は信じようとはしなかった。
「何、バカなことを言っているんだよ」
 と、一蹴したのだった。
 だが、はづきの力が発揮される時、必ず彼女の中にある記憶が薄れた瞬間のことであることが分かるようになると、まんざら偶然で片づけられることではないことに気が付いたのだ。
――これが副作用?
 と思うと、坂田教授の書いてきたメモ帳を再度読み返してみた。
 その中に、
――信じがたいことではあるが――
 という前置きの中で、はづきには自分の中で信憑性に欠けることであっても、一緒にいるだけで、その信憑性が次第に高まってくることが少なくないことを書いていた。
 その内容はボカして書かれていたが、
――読む人――
 である榎本が読めば、分かることだったのだ。
 坂田はメモ帳の中で何度も自問自答を繰り返している。そのたびに自分の考えが確信に近づいていることを感じていた。
――そもそもこのメモ帳は、自問自答を繰り返しながら、自分の考えが確信に近づいていくことを残したいために書いていたのかも知れないな――
 と思うようになった。
――やはり、これがないと、先には進めない――
 と、坂田のメモ帳を見たことを正当化したが、
――長所と短所は紙一重――
 という言葉があるが、メモ帳を見ることが今後のためには不可欠だということは分かっていたが、心のどこかで、
――そんなに都合のいいことばかりではないような気がする――
 という一抹の不安を抱えていた。
 ただ、その不安が大きくなることはなかった。ずっと心の中で燻っているだけだった。だから、メモを見ることを正当化できたのだし、これからの計画を進むしかないと思っていた。
 しかし、不安が大きくならないことが、本当の意味では災いしたのだ。問題意識を持たないことが静かに音も立てずに破滅への道を歩むことになるかも知れないことを、知る由もなかった。
 榎本は坂田教授ばかりを見ていたが、一つのことに集中すると先が見えなくなる性格であることを、その時の榎本は意識していなかった。
――俺は真面目な性格なんだ――
 と思いこむと、その時点で悪い方には考えることがなかったのだ。
 はづきは、平気な顔で、
「あなたは、坂田教授から生まれたんですよ」
 と言った。
「どういうことなんだい?」
「あなたが、坂田教授の子供として生まれたんだけど、すぐに亡くなったの。そして他の家庭の子供として生まれたんだけど、あなたは、自分が生まれる前に、坂田教授に会っているのよね。それが運命だったのかも知れないわ」
 その話を聞いた時、すでに榎本は当時助教授の坂田と、スナック「メモリー」で会っていた。自分と坂田が出会うのは、これから起こる坂田とはづきの間のただのプロローグでしかないはずだった。もちろん、坂田が榎本のことを気にするはずもない。ただ坂田の頭の中に、はづきの登場を匂わせる、
「誰かが生まれたその時間には、必ず誰かが死んでいることになるんですよ。その数っていつも一緒なんですかね?」
 というセリフを印象づけられれば、それだけでよかったはずなのだ。
――それなのに、俺は余計なことをしたというのか?
 はづきの話がどこまで信じられるものなのか分からないが、自分の運命よりも、自分の計画の方が気になってしまうのは、よほど榎本は自分のことに関して、他人事のように感じられるのかも知れない。
 今まで人と関わりが少なかったのは、研究に没頭していたからだと思っていたが、実際は自分のことに対しても、他の人のことに関しても興味がないのだ。自分には人間らしさというものを求めているつもりだったが、結局は人間嫌いの自分を意識させられるだけになってしまったことを認識していた。人間らしさは人間臭さでもあり、それは一番自分に備わっていてほしい部分でありながら、一番毛嫌いしている部分でもある。
――そんな俺が、人から人へ生まれ変わっているなんて――
 一度死んでもまた生まれ変われるのであれば、こんな嬉しいことはないと普通なら思うのだろうが、
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次