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矛盾への浄化

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 後ろに視線を感じながらも、自分はやはり誰かを見つめているのだ。しかも、その見つめている相手が見えている。さらに、その男が向いている方向を確認してみると、何とその男もこちらに後頭部を見せて、反対側を見ていたのだ。
――まるでこのまま果てしなくこの関係がたくさんの人間を介して続いていくようではないか――
 と感じた。
 すると、自分の後ろから誰かに追いつかれて、声を掛けられる。ビックリして振り向いて、その人の顔を見た瞬間、驚愕からか、完全に意識が飛んでしまったかのようだった。
――俺の記憶も普通に飛んでしまいそうな気がする――
 と感じると、理由もハッキリとせずに坂田の記憶が失われたことが分かる気がした。
 しかし、男は坂田に関して記憶を失ったのは、そんな唐突なショックによるものではないことは分かっていた。だが、もしショックが蓄積されていたのだとすれば、今のような発想も、その要因になったのではないかと感じたのだ。そこには先ほど感じた、
――埋めることのできない時間の溝――
 という発想が影響していることを感じていた。
 そして、
――この時間の溝こそ、自分は前を見ているつもりでも、後ろから見つめられている恐怖を呼び起こす要因にもなる――
 と感じた。
 要するに、時間というのは前にしか進めないもので、前を見つめているつもりでも、後ろから覗かれている光景を思い浮かべた時、後ろから覗いているのも自分だという発想をしたのと似ているような気がする。ただ、もし自分を見つめている人間が違う人間であれば、そこにはどちらかが時間を超越して存在していることになるのではないかという漠然とした発想があるのだ。それが、
――前を見つめているつもりでも、自分に後ろから覗かれている――
 という矛盾を孕んだ発想ではないだろうか。それこそ「パラドックス」の発想であり、直訳すると「逆説」というだけの理屈を十分に理解できる。
――まさに「逆も真なり」と言えるのではないだろうか――
 坂田の日記には、そのことを思わせる内容が随所に伺えた。
「さすがに坂田教授の発想は素晴らしい」
 男は暗闇の中でひとりごちた。今さらのように坂田に陶酔している自分を感じると、「ネタ帳」を途中から一気に読み込める気がしてきたのだ。
――まるで坂田教授が俺に乗り移ったかのようだな――
 坂田の記憶が完全に失われたことを男は知らなかった。いや、完全に失われていないという確信を持っていたのだ。本当はどちらなのか分からない。男以外の人は、誰もが坂田の記憶は完全に失われたと思っている。それが医者の診立てである以上、それ以上のことは誰が言っても説得力に欠けるからだ。
――坂田教授の意識なのか記憶なのか、俺の中に漲っているかのように感じるな――
 そう思ったのは、坂田教授とこの間タイムマシンのことについて話したことが、本心ではないことを悟ったからである。
 そのことを「ネタ帳」は証明していた。
 自分の中に宿ったと思われる坂田の発想、それを証明する意味でも男には、是が非でも坂田の「ネタ帳」を見る必然性があったのだ。
 ただ、この男がどうして坂田に「ネタ帳」があるということが分かったのか、それは彼が坂田と切っても切り離せない関係にあったからである。
 しかし、少なくとも今までの中には存在していない。それを思うと、彼がタイムマシンの存在についていきなり初対面のはずの坂田に聞いたのか、理解できるというものだ。
 ただ、その時、男には坂田がタイムマシンの存在を信じないと言ったことが意外だった。つまりは、それから坂田の記憶がなくなり、男が「ネタ帳」を見るまでの短い時間の間にある程度理解していないと、この発想は成り立たない。
――自分が見つめているつもりで、相手に見つめられているという発想を階層的に考えられるかどうかが、大きな問題だったんだ――
 と、男は今ではそう思うようになっていた。
――タイムマシンねぇ――
 彼は、溜息を尽きながら言った。
――タイムマシンというのは媒体というだけの問題で、本当は時間をトリップすることによって生じることをどう正当化できるかというのが、これからのタイムマシン開発の発想になるはずだったのに、どこで間違えたというのだろう?
 男は、タイムマシンの存在を知っていて、それがこの時の坂田の「メモ帳」が大きなヒントになっていたはずだ。
 だが、そのことを男は誰にも話すこともできず悩んでいた。
 彼には坂田がいかにして記憶を失ってしまったのかということ、そして、その時にどのような発想が生まれ、その発想が坂田の研究にいかなる影響を与えるかということ。
 さらには、そこに自分がいかに関わっていけばいいのか、手探りながら歴史を振り返ることで、何が問題なのかを探らなければいけない。
――一体、どの時点なんだ――
 これが彼の発想の始まりだった。
 彼の名は、榎本泰治という。立場としては、坂田教授の助手であり、
「坂田教授をもっとも素直に継承する若き研究家」
 として、社会から注目され始めた男だった。
 坂田教授は、すでに六十歳を過ぎていた。最盛期はすでに過ぎていたが。坂田教授が残した足跡は、一言で表すことのできないほど大きなもので、研究家の中では知らない人がいないというほどの大きな賞も受賞していて、学者としては、
――一時代を築いた―― 
 と言っても過言ではない。
 だが、教授の一番そばにいるはずの榎本だけが何か腑に落ちないことをずっと心の中に抱えていて、それを確かめなければ気が済まなかったのだ。榎本が注目したのは、
――過去の教授――
 ただし、ある一点のどこかにそのヒントが隠されている。
 闇雲に探すには人の人生は長すぎる。つまりはその焦点を探さなければいけないのだ。
 時代を間違えると、少しであっても、考えは違っているものになる。特に坂田のような性格の人には一点を見つけないと見誤ってしまう。
「ミイラ取りがミイラになってしまっては洒落にならない」
 そう呟いた榎本は、自分が一体何者なのかもう一度考え直さなければいけないのではないかと思うようになった。

               第二章 過去と未来の記憶

 榎本が過去に戻るきっかけになったのは、はづきのことが大きな原因だった。
 はづきは元々、坂田助教授が未来において、実験台に選び、自分の実験台にふさわしい女に仕立て上げたのだった。
 はづきの記憶喪失の女だった。はづきの中に形成された記憶は、すべてが坂田教授によって作られたものであり、いわゆる、
――架空の記憶――
 だったのだ。
 元々記憶のなかったはづきが、どうして記憶を持っていなかったのかということを、坂田教授なりに考えたのは、
――彼女は他の人にあるものがなくて、他の人にはないものがあるのだ――
 それが記憶を格納する場所であった。
――ただ、他の人と違う場所にある――
 というわけではなく、他の人にある場所にはなく、他の人にない場所にあると考えたのは、本来あるはずの記憶を格納する場所が、他の人の意識する場所にあったからである。
「では、本来意識するはずの場所はどこにあるのか?」
 と聞かれると、
作品名:矛盾への浄化 作家名:森本晃次