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辻褄合わせの世界

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 と思うのも、無理のないことだろう。
 部屋の電気を付けた時、最初に感じたのが、
「私の部屋って、こんなに狭かったのかしら?」
 普段よりも天井が低いような気がしていて、さらに狭く感じるのだから、まるで背が一気に伸びたのかと思うほどだった。そんなバカなことがあるはずもないので、考えられることとしては、よほど普段から、背を曲げて下を見ながら歩いているのではないかということを感じさせる。
 それは、この部屋に限ったことではない。四角四面の限られた部屋の中だから気が付いたのだが、本当はここに帰ってくる途中にでも、同じように狭さを感じる場所があったり、異様な雰囲気を感じた場所があったはずだ。それを意識させないのは、部屋に帰ってきて感じた狭さに、それまでのことを忘れてしまったからなのかも知れない。今までにもそうだったのだろうが、一つのことを考えると、同じようなことが前にあったとすれば、それを忘れてしまう習性があるに違いない。そう思えば、記憶が欠落したというのも分からないではない。
「ということは、何か新しい記憶が意識されたために、前の記憶は必然的に欠落して行ったということなのかしら?」
 と考えるようになった。
 一つのことを考えていると、他のことが頭に入らないという性格は、あまりいい性格だという認識を持たれていないように思うが、美奈はそれほど悪い性格ではないと思っている。
「平均的に何でもこなすタイプの人間よりも、他のことは人よりも劣っていておいいから、何か一つでも秀でたものを持っているタイプの人間の方が好きなのよ」
 と、人に話しているが、その考えが、一つのことに集中していると、他のことが頭に入らない性格に似ているという考えに共鳴しているのかも知れない。
「あんたは、本当に天邪鬼ね」
 と言われるが、それも悪いことだとは思わない。平気な顔をして話をやり過ごせればいいのだが、まだ、そこまで天邪鬼が徹底していないことも、記憶を簡単に失うことへの引き金になっているのかも知れない。
 美奈は、どちらかというと、女性に嫌われるタイプのようだった。本人としては裏表がないように振る舞っているつもりのようで、男性が見れば、裏表を感じることはないようだが、女性が見ると、明らかに裏表を感じさせるらしい。子供の頃から女の子と一緒にいるよりも男のこと一緒にいる方が多かった。
「私って、男っぽい性格なのかしら?」
 と思うようになっていたが、その性格の根幹を、
「潔いところだ」
 と思っていたようだ。
 しかし、実際にはまったくのお門違いで、女性にあまり好かれない性格を、男性の方が勝手に、
「この人は、男性的な人なんだ」
 と、思うのだろう。
 しかし、それも一部の男の子にだけで、大部分の男の子からはあまり好かれてはいない。嫌われているというところまでは行っていないようだが、女の子から嫌われてもさほど気になっていないにも関わらず、相手が男の子であれば、あまり自分が好まない男の子が相手でも少しショックな感じがしていた。
「男っぽいことろがあるからなのかしら?」
 好かれたい男性から好かれるわけではないのが、まだ救いだった。
 好きな男の子から、潔さを好かれたとしても嬉しいわけではない。美奈は自分では甘えん坊だと思っている。特に中学生くらいまでよりも、今の方が甘えん坊だと思っている。それだけ女の子らしさをアピールしたいのだが、余計に潔さが目立ってしまうのは、これも自分の天邪鬼に見られているような性格が影響しているのではないかと思うと、皮肉なものだ。
 中学時代に一番最初、意識した男の子がいた。
 彼は引っ込み思案で、まわりの男の子からは嫌われていた。それだけならまだしも、女の子からは、苛めの対象になっていたのだ。普通なら、
「なんて情けない男なのかしら」
 と、思うべきなのだろうが、美奈の中にある正義感が、そう思うことを許さない。
「彼には彼で、どこかに必ずいいところがあるはずなんだ」
 という思いを抱いて、いつも彼と対峙していた。
 正面から見ることのできない彼は、いつもモジモジしていて、男らしさの欠片もない。なぜそんな男の子を好きになどなるのかというと、彼が女の子から苛めの対象になっていたからだ。
 最初は、さすがの美奈も、情けない男としてのレッテルを貼って見ていた。だが、彼を情けないと思えば思うほど、そう感じている自分が情けなくなってくる。どこかに彼のいいところはないものかと探していると、意外と身近なところに見つかるもので、いつも学校の校庭の隅に咲いている花に水をやっているのを見かけた。
 他の男から見ると、
「女の腐ったようなやつだ」
 と思われていて、逆に女の子から見れば、
「男の風上にも置けない」
 と思っている。
 お互いに異性の厭らしい部分を見せられたことで、自分たちには関係のないところで、いがみ合いになるような一触即発状態を孕んでいる。
 そんな彼のどこが好きになったのかと言われると、ハッキリと答えられない自分がいた。あったとすれば、
「校庭の花に水をやっていた姿を見た時」
 と答えるだろう。
 自分の意識もそう言っている。否定する理由は見当たらない。
 それなのに、
「さあ、いつなのかしら?」
 としか言えない自分が歯がゆい。ハッキリと口にすることを恥かしがっているのだ。
 ただ、本当は彼が花に水をやっているところが好きだというのが恥かしいというよりも、何かに対して恥かしいと感じ、それを人に悟られたくないという気持ちが自分の中にあることを隠そうとする自分が嫌だった。
「人と同じでは嫌だと思っているくせに」
 彼のことが気になったのも、他の人なら誰も好きになることはないだろうという思いからでもあった。それなのに、今さら何をモジモジした考えを持っているのか、自分に対しての矛盾が、次第に美奈の中で、彼の存在を大きくしていく皮肉な結果になっていった。
 自分の部屋の中で一人になると、
「一人が気楽でいい」
 と思っているくせに、どこか寂しい思いを感じさせる。
「会えないと、余計に会いたくなる」
 という思いを感じるのも、一人の部屋にいる時だった。
 部屋にいる時は、ほとんどテレビを見ているか、本を読んでいることが多い。本を読む時も静かにしているよりも、音楽を掛けながら読むことが多い。本の内容が音楽にマッチしてくるのか、音楽が本の内容に合わせてくれているのか、どんな本を読んでも、音楽にピッタリ合っているような気がする。
 ハードな音楽や、バラードはあまり聴くことはない。ポップス調の音楽が多く、何もしていない時に、音楽を聴いているだけでも、いろいろなことをイメージできる。過去の出来事を気が付けばイメージしていて、ポップス調の音楽が何かをイメージするには一番似合っていることを感じさせた。
 何もせずに聴いている時よりも、本を読みながら聴いている時の方が、時間が経つのが早い。本にはリズムが存在する。音楽のリズムとマッチすれば、時間が早いという感覚は倍増してくる。
「もう、こんなに読んだんだわ」
 と、感心して時計を見ると、自分が思っていたよりも、何倍も時間が経っていたりすることがしょっちゅうだった。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次