小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

辻褄合わせの世界

INDEX|5ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

「金縛りに遭えば、何をどうしても身体を動かすことはできないのだ」
 という発想から、是が非でも身体を動かせない環境に持っていかないといけなかった。
 これも何とおかしな矛盾した考えなのだろう。自分の発想を正当化するために、自分の身体を犠牲にするという考え方である。
 美奈は、その日、完全に眠りに落ちていた。夢を見ていたのだろうが、どんな夢だったのか意識がない。
 夢というのは、普段の発想を集約したもので、普段の発想の中でも叶えられないと思っていることを実現しようとしているものではないかと美奈は考えたことがあった。しかし、夢だからと言っても、できないものはできないという発想を抱いていた。
 いくら夢の中とは言っても、人間には絶対にできないという思いがあるものを見ることはできない。
 たとえば空を飛ぼうと思っても、夢の中では、絶対に空を飛ぶことはできない。せいぜい宙に浮くのが関の山だ。
 それは、
――人間は空を飛ぶことは絶対にできないんだ――
 という発想が根底にあり、いくら夢であっても、その考えを覆すだけの理屈を説明することができないからだ。それは、
「普段自分が悪い方に悪い方に考えてしまう」
 という発想が矛盾を孕んだものであればあるほど、夢の中では、矛盾を発生させないという思いを自分の中で納得させようとしているからに違いない。
「覚めない夢などありえない」
 という思いを自分に納得させることができるのかどうかが、美奈の中で大きな問題になっていた。
 美奈は、夢の中で、交通事故に遭った瞬間を思い出していた。起きている時は思い出せないのに、夢の中で思い出せるなんて皮肉なものだが、
「思い出せないのなら、思い出せないでいい」
 と、交通事故の忌わしい記憶を、わざわざ思い出す必要もないと思うようになっていた。
最初こそ、交通事故に遭った時のことを思い出せれば、失った記憶も取り戻すことができると思っていたのだが、精神的に落ち着いてくると、失った記憶を思い出さなければいけない必然性と、交通事故に遭った時の記憶を思い出すことの忌わしさを考えると、嫌なことは思い出せなくてもいいような気がしていたのだった。
 それなのに、夢というのは自分の意志に逆らっているのか、それとも、正直だというべきなのか、自分の意志を無視してしまうもののようだ。
 夢に出てきたシーンは、まずヘッドライトの眩しさが目の前に飛び込んできたところからだった。ヘッドライトの眩しさで、美奈は何かが起こるということを予感した。
 次の瞬間に、それまであまりよくなかったはずの鼻の通りが急によくなったかと思うと、まるで石のような臭いがしてくるのを感じた。
 今まで、石のような臭いを感じた時は、ロクなことがなかった。背中が焼けるように熱く、感覚がマヒしてくる。そのせいで、心臓の鼓動が激しくなるのを感じるが、それと同時に、
――息ができない――
 と心の中で叫び、カッと見開いた目には、毛細血管が張り巡らされたようになり、次第に目の前が真っ暗になっていくのを感じた。まるで夜のとばりが下りたような感覚に、今度は背中から、大きな穴の中に落ち込んでいくのを感じるのだった。
 小学生の時、鉄棒で逆上がりをしていた時、うっかり手を滑らせて、そのまま落ちてしまったことがあったが、ちょうどその時、背中から落ちた場所に小石があり、落ちた瞬間呼吸ができなくなったことがあった。
 その時に感じたことを今でも覚えていて、その感覚が交通事故の時によみがえってきたのだろう。起きている時は感じないが、無意識な状態になっている時、潜在的に覚えている意識が、夢となって現れたに違いない。
 夢の中での意識としては、ヘッドライトの明かりを感じてから、気が付けばいつの間にか背中の感覚がなくなり、痛くても声を出せない状態に陥り、声を出せないことが恐怖であるかのような錯覚を覚えていたのである。
「どこかで、同じ思いをしたような気がする」
 と感じた。
 もちろん、小学生の頃の鉄棒でケガをした時の思いを忘れていたわけではないが、夢の中で感じた
「同じ思い」
 というのは、そんなに昔のことではなく、最近のことだったように思う。
「やっぱり、交通事故に遭った時の感覚を、意識の中では覚えているんだわ」
 と感じたことで、交通事故に遭った時の意識は、記憶喪失と関係がないわけではないだろうが、喪失したわけではなく、記憶の中に封印されたのだという考えに間違いはなかったように思えてならなかった。
 一つ気になったのは、背中に激痛が走り、熱さから感覚がマヒしてくる前に、背中にそれとは違う違和感を感じていたような気がしていたことだった。激痛が走ってしまったことで、本当なら忘れてしまいそうなことなのに、なぜか意識としては残っている。同じ背中に同じ時間帯に感じたことのはずなのに、まるで違う感覚を覚えているのだ。
 それが、同じ時間に間違いないというのであれば、次元が違っているのかも知れない。夢の中でしか思い出せないことだとすれば、混乱した意識が見せた「錯覚」なのかも知れない。
 入院してから夢を初めて見たような気がしていたが、実は頻繁に見ていたのではないかと思った。初めて見たような気がしたのは、前に見た夢が、今回とまったく同じ夢だったのだとすれば、デジャブのような感覚があったとしても、まさか、同じ入院中のものだとは思わないのかも知れない。
 まったく同じ夢を見るというのは、不可能に違いないと思っているだけに、他に前の夢を意識させない何かがあるのではないかと考えた。
 そして思いついたのが、
「夢というのは、目が覚めると忘れてしまう」
 ということだった。
 夢の内容を思い出せるとすれば、次に夢を見た時に、類似した夢であれば、思い出すことができるのではないかと思ったことだ。しかし、類似していると言っても、酷似にまで至ってしまっては、夢を見ていると普段は意識させないことでも、ほとんど同じ内容だということが、夢である証拠だと思ってしまうと、後から見た夢が最初に見た夢を呑みこんでしまうような感覚に陥ってしまうのかも知れない。
 夢の中ではなく、実際に見たことなのかどうか、証明できるものは何もないにも関わらず、その時に見た車の中の顔を、美奈はハッキリと覚えていた。
 まるでストロボが焚かれて、それで見えたかのように思えたが、それよりも、一瞬の雷光が、その男の顔を照らし出したように思えてならない。その表情は凶悪というよりも、顔の下の方に真っ白に見えた歯並びで、男が異様に笑っていたのが見て取れた。
 普通なら、そんな表情を捉えることはできないだろう。車はヘッドライトで、目を潰しに掛かっているのに、きっと美奈は、ほとんど目を瞑りながら、一点だけを見つめていたのだろう。そうでもしなければ、運転席の男の顔を確認するなど、不可能に近い。そう思うと、男の顔が見えたのは、ただの偶然ではないのだと感じたのだ。
 下品に歪んだ唇と、そこからはみ出したような歯からは、運転していた男が狂気の沙汰ではないことを思わせた。
「明らかに狂っている」
 そう感じた美奈は、金縛りに遭ってしまい、そこから逃げることはできなくなってしまった。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次