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辻褄合わせの世界

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 美奈は、まわりの友達に比べて、明らかに発育が遅れていた。ブラジャーを着用したのも、中学二年生になってからのことだった。小学六年生のことまでは、身長は高い方だったのに、中学二年生の頃には、前から数えた方が早いくらいだった。
 まわりの発育が早いのか、それとも、自分が晩生なのか、きっとその両方でなければ、ここまで差が付くはずもない。美奈は自分の成長が遅れているのを意識しすぎていた。悩みに思うようになり、それが、体調を崩すことになった。
 最初は風邪気味だと思ったが、風邪を引いた時の症状ではすまなかった。発熱だけで終わるわけではなく、じんましんのようまで出てきた。
 ビックリして病院に行ったが、先生からは、
「思春期ならありがちなことだね。あまり気にしないようにした方がいい」
 と言われ、薬を貰っただけだった。
 その頃から、医者もあまり信用できなくなっていた。交通事故に遭った時、医者の話を素直に聞いたのは、その時の意識を忘れていたからなのかも知れない。意識を忘れていたというのは、おかしな感覚である。美奈にとっては、意識を忘れていたというより、それこそ、
「記憶が欠落した」
 と感じたことであった。
 兄の話を聞いていて、少しずつ、
「今までの兄の話とは違っているようだわ」
 と感じるようになっていた。
「記憶は欠落するものだ」
 という話を感じたのは。その時の兄との話からだった。
 兄の口から、
「記憶の欠落」
 という言葉をハッキリと聞くことはなかったが、美奈がそのことを感じたのは、美奈にはもう一人の自分の存在を考えることができる感覚が備わっているからだった。兄が何を考えているか、その時ハッキリと分かったわけではないが、もし、父親が同じだったら。ハッキリと分かることができたのか、それとも、父親が違うことで兄の言葉をここまで客観的にだけではなく、自分のこととして聞くことができたのではないかと思うようになっていた。
 記憶の欠落は、今まで自分の意識の中から生まれたものだと思っていた。だが、それを意識させたのは、兄の言葉だった。
「喪失ではなく、欠落」
 これについても、兄の意見である。
「記憶というのは、なくなるものだと思うかい?」
 おもむろに兄は話を変えてきた。
「さっきのお兄さんの話からすれば、記憶を格納する場所に限界があるのなら、それを切り捨てるしかないんじゃないかしら?」
「じゃあ、なくなると思っているんだね?」
「ええ」
「そんなことはないのさ。だから、さっき、母親の羊水の話をしたつもりだったんだけどね」
「どういうこと?」
「子供の頃の記憶って、繋がっているわけではなくハッキリしないだろう? でも、それでも、思い出そうとすれば、忘れていたつもりのことを思い出すことができる。つまりは、肝心なところはちゃんと覚えているということさ」
 何となく分かりそうな気もしたのだが、兄が話をすることには、必ず裏がありそうな気がして、頭を整理するために時間もかかれば、疲れも相当なものだった。
 そのため、ついつい、楽しようとしている時には、余計なことを考えないようにしてしまう。それでも何とか理解しようと思うようになったのは、美奈が大学生になってからのことだった。
 それまで、いくら考えても理解できなかったはずの兄の話が、大学生になって、急に分かるようになってきた。どうしてなのか最初は分からなかったが、次第に分かってくるようになると、
「なるほど、当たり前のことだわ」
 と、感じるようになった。
「兄のことを、最初から疑って聞いてしまってはいけないんだ」
 それは、高校時代までの美奈の思考能力が、どうしても、大学入試の思考になっていたからだ。
 理屈に合わせた考え方と、暗記物を基本に勉強していたこともあって、理屈に合わないこと、自分の中の常識と異なっているものを勉強の骨格としてきたことで、凝り固まってきた考えでは、到底兄の「理屈」に適うものはなかった。
 だが、大学に入ると、まわりにはいろいろな考えを持った人がいることに気付かされる。友達もたくさん増え、同じような考えに見える人でも、それぞれに個性があって、雰囲気も違っている。
「高校時代の友達だって、そうだったはずなんだわ」
 皆同じ考えだと思ったのは、それぞれに競争意識が前面に出てしまって、自分の考えを隠すことが自然になってしまうと、誰もがまるで学校の勉強のように、型に嵌った性格にしか見えてこない。
「こんな人たちに自分の気持ちを言ったって、分かってはくれないわ」
 と、思うことで、結局自分も表に出ることはないのだ。
 何がどこで狂ってしまったのか。
 まるで、
「高速道路の帰省ラッシュの先頭はどうなっているんだろう?」
 という発想に似ている。ラッシュの先頭はハッキリしている。しかし、先頭より前はスムーズなのだから、急にラッシュになるというのもおかしな気がする。
 一般道路なら分からなくもないが、路線の数が変わるわけでもなく、信号機があるわけでもない。それなのに、
「なぜ、一体どこからラッシュって始まるのか?」
 と思うと、不思議以外の何物でもなくなるであろう。
 兄の話を聞いて、いろいろ思いを巡らせてくると、今まで分からなかったことも分かってくるような気がした。
 今までは人の話を聞いて、そのまま状況を思い浮かべる程度のことしかできていなかったので、なかなか兄の言いたいことが分からなかった。しかし、話の中から、情景やイメージを思い浮かべると、言葉がリアルさを帯びてくる。平面が立体に変わってくる。つまりは、「命を吹き込まれる」ようなイメージがしてくるのだ。
「でも、私よりも、もっと深く考える人がいるのに、どうして兄を受け入れようとする人が少ないのかしら?」
 ひょっとすると兄は、他の人と美奈を明らかに差別しているのかも知れない。他の人には言えないようなことを美奈だから話せて、美奈には言えるけど、他の人にはとても言えないということがいくつかあるに違いない。
 前者と後者は、一見同じことのように思えるが、実は違っている。前者は美奈の視点から見ていて、後者は、他の人の視線から見ている。ただ、客観的にどちらも同じくらいの高さから見ていたのでは、そんなことは分からない。状況を話で聞いたとしても、それは一つにしか見えていないに違いない。
「美奈は、記憶が欠落しているのかも知れないね」
 と、兄がビックリするようなことを、平気な顔をして言った。
 いや、平気な顔をして言ったというのは、思いこみであって、淡々と話したことから、平気な顔に見えたのかも知れない。
 兄は、時々ぞっとするほど冷静になることがある。
 元々、落ち着きのある方なので、なかなか見逃されがちだが、妹の美奈だからこそ、余計に怖さを感じる状態だった。
 兄が落ち着き払った時は、まったく顔が変わってしまう。
「そうだ、病院に見舞いに来てくれた男性。気持ち悪いくらいに落ち着き払っていたわ。途中から、表情も出てきたので安心したけど、最初は本当に能面のようで気持ち悪かったわ」
 と、思っていた。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次