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辻褄合わせの世界

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 美奈は猫に向かって微笑みかけるが、それが本当に猫に向かってのものなのか、美奈は自分でも分からないでいた。
 しかし、他の人であれば、そこまで考えることはないだろう、そこまで考えるのだから、美奈には他の人にはない何かが自分には備わっているように思えてならない。
 それが一体何なのか、自分が他の人と違うところ。その答えを今までに見つけたことがあったはずだ。しかし、今は残っていない。欠落した方の記憶の方にあったに違いない。「記憶は本当に欠落していて、喪失したわけではないのかしら? そして、喪失は消失と違い、どこかに残っているものなのかしら?」
 美奈はいろいろ考えていた。
 自分の記憶が消えたとは思わない。自分のどこかに必ず残っているものだと思っている。思い出すことがあるなしなのか、それとも思い出すための時間なのか、それとも格納された場所の違いからなのか、表現の差がどこにあるのか、美奈は考えていた。
「ミャー」
 そんなことを考えていると、猫はじっとこちらを見ている。自分のことしか考えていないように見える猫が、じっと見上げているのである。その表情から何を考えているのか、ハッキリとは分からないが、少なくとも、怯えから見上げているものに思えてきた。
 美奈の身体のどこかに力が入りすぎている場所があるのかも知れない。
 猫は微妙にそのことを悟り、何かを訴えようとしているのだが、その表情の違いは人間には分からない。
 猫は自分一人で生きていく習性を持っていることから、相手に表情から何を考えているのかを悟られないようになっている。そして、もしそのことを悟るとすれば、自分が生きていく中で、唯一信じることができる相手ではないだろうか。
 そんな相手がたくさんいるとは思えない。だから、美奈は、
「唯一」
 という言葉を使ったのだ。
 その唯一の相手は、美奈にもいるのだろうか?
 そして、その人はすでに美奈の前に現れているのであれば、それを分かっていないのは、美奈の方だけなのかも知れない。
 相手は分かっていて、美奈がいつ気づくのか待っているのだとすれば、相手に最初から優位性を持たせてしまったことで、美奈にとって、どのような影響があるのかを考えてしまう。
 猫が自分を見上げていると思った時、思わず微笑んでしまった自分に、猫も微笑みかけてくれたのを感じた時、
「同類だという憐みを感じているのかしら?」
 と、勝手に相手が微笑んでいると思ったことを、正当化しようと、そんなことを考えてしまった。
 それを自分で悪いことだとは思わない。美奈にとって、猫と一緒にいる時間は、
「相手が猫であっても、気持ちが通じ合う時間」
 だという感覚でいるからだ。
「猫に自分を置き換えて見ている」
 と言ってもいいだろう。
 猫が上を見上げたのなら、美奈も上を見上げているような感覚になる。しかし、実際は目の前にいる猫を見下ろしている。同時に二つの感覚になるなど、美奈には到底できることではない。必ずどちらかの心境になるのだが、その瞬間瞬間で、目が自分の側だったり、猫の側だったり入れ替わることはできた。
 子供の頃は、誰にでもできることだと思っていたが、人と話をしていると、
「あなた、それってすごい特技よ。誰にでもできるってものではないわ」
 と、かなり驚いていたのが印象的だった。
「そうかしら? 私は誰でもできることだと思っていたわ」
 というと、
「私がビックリしているのが、他の人ではなく、あなただからよ。あなたのように不器用な人がよく、そんな器用なことができると思って、それがビックリなのよね」
 確かに彼女のいうように美奈は不器用だった。
 料理をさせれば、味付けのバランスはめちゃくちゃだし、学生時代に絵を描かせれば、ひどいものだった。今でこそ、自分にバランス感覚がないからだと分かるのだが、その当時は、ただ、下手くそなだけだと思っていた。
 下手くそなのは、それなりに理由がある。本人の性格によるものであることが大部分を占めるのだろうが、それを探求しようとするかしないか、まずそこからが問題だ。
「下手くそなら、下手くそでもいい」
 と開き直ってしまったのでは、その先は何もない。そんなことは本人が一番よく分かっていることであり、開き直ることで、自分を正当化させようという考えは、少し乱暴なのだろうか。
 ただ、同じ開き直るのであっても、どうして下手くそなのかという理屈が分かっていれば、そこから先が何もないということはない。
「ないなら、何かが生まれるようにすればいいんだ」
 と、ポジティブになれるかも知れない。
 また、他の何かを探すこともできるだろう。その人の性格は一つとは限らない。新たに生まれるものもあれば、変わっていくこともあるからだ。
 美奈は、そのあたりのことも分かっているつもりだが、どうしても、
「自分は他の人とは違う」
 という気持ちが根底にあり、人と交わったり、協調し合うことは苦手だった。やはり、子供の頃から培われたトラウマが、完全に美奈にこびりついていて、剥がれることはないようだ。
「トラウマってなんだろう?」
 父や母、兄に対しての気持ち? つまりは、家族というものに対しての歪んだ感覚が、自分に孤独を感じさせ、そして、孤独に恐怖や寂しさを感じさせない気持ちにさせることで、自分を正当化させようとしているのだろう。
 猫の顎を撫でてあげると、ゴロゴロと唸っているのが聞こえる。
「気持ちいいのかい?」
 と、声を掛けると、うっとりした顔をしている。ゴロゴロと言っている姿は、美奈から見れば、苦しんでいるように見えないことはない。
「見ようによって、変わってくるんだわ」
 と感じた。
 相手が違えば、表現も違ってくる。相手が人間の場合は、仕草から、ある程度何を考えているか分かる時がある。そんな場合、ほとんどが、
「この人には裏表がある」
 ということで、厭らしい部分が見えてしまう。
 裏表のない人間なんて、本当はいないと思う。だから自分は他の人とは違うという考えで、自分を正当化させようとする。つまりは、自分も人間だということである。
 猫を見ていると、裏表という概念は考えられない。感情があるとすれば、それは本能から生まれるもので、人間に分かるはずのないものだと思っている。それだけ、人間と動物には、超えることのできない大きな溝があるのではないかと美奈は思っている。
 それは、美奈が自分の中にずっと抱え込んでいた考えであった。
 それを表現するすべがなく考えてきたことなのだが、超えることのできない大きな溝は、美奈の中から欠落した記憶に結びついているものなのかも知れない。

                  第三章

 それから三日ほど経ったある日、会社の帰りの電車の中でのことだったが、美奈は誰かに呼び止められて、ふいに後ろを振り向いた。
「こんにちは、この間はどうも」
 美奈は、見覚えはあったのだが、すぐにはそれが誰だか分からず、ボーっとしていた。
「僕ですよ。ほら、バーで数日前にお会いしましたよね?」
 確かに言われてみれば、年配の男性と話をしていた男性だった。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次