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辻褄合わせの世界

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 美奈が悪いわけではない。兄が悪いわけではない。どうしようもない二人の間にある性が、大きな溝を作ってしまい、お互いに近づこうとするならば、どこか、渡れるところを探し、遠回りをしなければならない。
 どちらも悪いというわけではないので、どうすれば近づけるかということが分からない。摂理を理解するのであれば、
「悪いところを修復する」
 というのが、一番の近道のはずなのに、その悪いところが見つからないのだから、どうしようもないというものだ。
 世の中には、摂理や理屈だけで解決できないことが山ほどある。それを美奈はその時に感じていた。
 学校で習うことは、摂理や理屈によるものがほとんどで、応用となると、なかなか発想が浮かんでこない。
 特に美奈は、摂理で物事を考える方なので、少しでも理屈に合わないことがあると、すぐに考えが堂々巡りを繰り返してしまう。兄が家を出て行ったのは、摂理に合わない理由の方が強いような気がした。
 兄がどこにいるのか分からない時、
「お兄さんは、もう私のお兄さんじゃなくなったんだ」
 と思った。
 それは、兄としてではなく、オトコとして見ることができるんじゃないかという思いも少なからずあった。
「オトコとして見ることができれば、どんなにいいだろう」
 と思ったこともあった。
 それは、兄のことが好きだというよりも、兄妹という垣根を取り払うことができれば、お互いに違った目で相手を見ることができて、しかも、
「自分の気持ちに正直になれるのではないか」
 と思ったからだ。
 自分の気持ちに正直というのは、それだけ、兄のことを好きだったということであり、今まで兄として見ているつもりでも、オトコとして見ている自分に気付いたのだとすれば、それは美奈自身、自分が女であることの証明だと思ったのだ。
 自分が女であるということを改まって考えたことはなかった。ただ、ひょっとして女としての厭らしさを感じた時があったとすれば、兄が失恋した時、兄に襲われる前に、兄をフッた女性に対して、嫌悪感を抱いた時だろう。
 その中に嫉妬心が芽生えていたのだとすれば、美奈は十分に自分に女を感じることができる。
 フラれた相手をどのように癒していいのかも分からず、
「兄が自分のところに戻ってきてくれた」
 という感情だけが表に出てしまったことが、兄の中にある自尊心を傷つけたのかも知れない。
 妹にまで馬鹿にされていると思ったのか、それとも、自分の気持ちに正直になれない自分の口惜しさを妹にぶつけるしかない自分に、嫌気が差していたのかも知れない。
 その日、バーではほとんど自分から口を開くこともなく、店を後にした。
 店には二時間くらいいただろうか。あっという間だったと思ったが、時間は結構経っていた。
 美奈が入ってきてから店を出るまで、他の客が入ってくることも、そして、先に帰ることもなかった。ずっと同じ空気に支配され、それを感じていると、時間だけが過ぎていくような気がして仕方がなかった。
 美奈が店を出ても店の雰囲気は変わっていない。美奈が帰ろうとしても、誰も気にする人はいない。お互いに干渉しないのが店の主義なのか、それとも、美奈が見えていないのか、実にありえないほど、アッサリとしていた。
 普通なら、
「こんな店、二度と来るものか」
 と思ってしかるべきなのだろうが、どうしても気になってしまう。それは美奈が気にしていることをいとも簡単に話題にしていたからで、まるで知っていて話題にしているかのようだった。そのくせ、無視を決め込んでいるのは気持ち悪く、
「一体、どういうことなのかしら?」
 と、思わせる店であった。
 それにしても、この店は、今まで何度か近くまで来ていて、気にはなっていた店だった。美奈は、バーなら、一人でも平気で入ることができるので、気になる店なら、今までに何度か立ち寄っていてもよさそうなものだった。
 それなのに立ち寄らなかったのは、いつもここを通る時間が中途半端だったこともある。いつかは寄ろうと思っていたが、中途半端な時間だと立ち寄る気にはなれなかった。その日は今までになく時間に余裕があったので立ち寄ったが、初めて立ち寄った感動よりも、拍子抜けした気分が強いのは事実だった。
 店を出てから、しばらく歩いてみた。
 足元から伸びる影は、歪に見えて、追いかけるようにして歩いていると、気が付けば、結構先の方まで歩いている。時間もそれなりに経っていて、店の中で止まっていた時間が動き出したことを示しているようだった。
「時間が凍るって、こういうことなのかしら?」
 店の中では、誰に気を遣っているわけでもなかった。第一、まわりの誰も気を遣い合っているわけではない。思った通りに行動し、思ったことを言っているだけだ。そこに流れる空気は、明らかに美奈の知っている時間の流れとは異質なものだった。
 その日は、夕凪を感じてからというもの、時間の感覚が少しおかしいのかも知れないとは思っていた。それでも何か一点を見つめることで、時間の感覚が少し元に戻るのではないかと思えた。
 道を歩いている時に、足元の影を見つめるのもそうである。絶対に追いつくことのできない自分の影を追いかけていると、時間の感覚がマヒし、あっという間に過ぎる時間が、それまで異質なものだった時間を、元に戻す効果を示してくれるかも知れない。
 月が出ているのを見るのもいつ以来だろう?
 元々、足元と星空を交互に見ながら歩くのが好きだった。一か所に目を留めてしまうと、疲れが余計に溜まるからだったが、時間の感覚がマヒしてしまうことも、若干気にしていた。
 その日、美奈はそんなにたくさん飲んだという気はしなかった。時間的にも二時間程度、それに感覚的にはあっという間だったような気がする中で、そんなに呑んでいるはずもなかった。
 それなのに、空に浮かんだ月を見ると、赤く見えていた。月が赤く見えるのは、酔っ払った時の特徴だったのだが、自分ではあまり呑んでいないつもりでいたが、実際には呑んでいたのか、それとも、精神的に酔っ払う何かが美奈の中に潜んでいるのか、どちらにしても、飲んだ量に比べて、効き目は抜群だった。
 公園に座ってベンチにいると、心地よい風が吹いてくる。
「ここで、少し酔いを醒まして行こうかしら?」
 と思い腰を下ろすと、落ち着いた気分になったと同時に、それまでの疲れがドッと出てきたのを感じた。その疲れがスーッと抜けてくるのを感じると、頭が痛い時に飲む頭痛薬を思わせた。
 頭痛薬は、眠くはならないが、効いてくる時、身体から力が抜けてくるのを感じることができる。それも一気にではなく、徐々にである。一気に力が抜けてくると、それまでよほど疲れていたことを思わせ、それ以上に身体に痺れを感じるほどの心地よさが伝わらないと、簡単に元には戻れない気がしてくる。
 頭痛薬は風邪薬と違って、眠くなる成分がほとんど入っていないので、鎮痛効果を身体が受け付ける時、感覚をマヒさせるほどの力がなければ、効果は得られないのではないだろうか。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次