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辻褄合わせの世界

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「ええ、そうですね」
 と、最初に驚いた表情とは裏腹に、落ち着き払って、返事している。
 二人は、そう言うと、すぐに前を向き直り、静かにグラスを口に向けていた。ジャズがBGMで流れているが、聞いたことがあるようなないような音楽を聴きながら、今度はまるで時間が止まったかのように、美奈は凍り付いて、立ちすくんでいた。
「いらっしゃいませ」
 最初は無視しているかのように見えたマスターが、そう言って、声を掛けてくれなければ、そのまま凍り付いたままだったかも知れない、その声を聞いて、我に返った美奈は、カウンターの奥まで歩み寄ると、一番奥のイスに腰掛けた。
 店に入ったことを、少し後悔していたが、考えてみれば、バーというのは、そもそもこうう雰囲気の店である。以前に馴染みにしていた店もあったが、そこは、店内も明るく、店員も客も多かった。
 何よりも店自体が広く、明るい雰囲気なのは、その店がチェーン店になっていて、店には店員に対してのキチンとした接客マニュアル存在や、店の雰囲気づくりには徹底した考えが張り巡らされているようだった。
 そんな店なので、来客者も素性の知れたような人しか来ないので、客が嫌な気分になるようなことはなかった。美奈は女友達数人で行くことが多く、今から考えれば一人で入ったことはなかったような気がする。ただ、今から思い出す記憶は、かなり前のもののように思えてならないのが、気になるところだった、
「そんなに私は、そのお店に行ってなかったのかしら? 最後に行ったのはいつだったんだろう?」
 思い起してみると、一年以上前の記憶しかないような気がした。
 そこまで考えてくると、
「そういえば、覚えている記憶のほとんどは、一年以上前のことばかりだわ。ここ一年の記憶というと、どれもが中途半端で、歯抜けの状態になっていて、まったく繋がっていない」
 一年前のある日が、その分岐点になっているような気がする。
――一年前のある日――
 それがいつのことだったのか正確には覚えていないが、出来事自体は、少なからず覚えているような気がする。
 そう、あれはちょうど一年くらい前のことだった。兄の建夫が美奈の前から姿を消した。その理由が何だったのか、今だったら、思い出すことができる。それが美奈の中でのターニングポイントになった日である。
 美奈は兄の建夫が好きだった。
 高校時代くらいまでは、兄として尊敬し、兄の考え方の独創性に憧れすら持っていた。友達の間では、
「美奈のお兄さんは、いつも一人で暗くて、何を考えているか分からないところがあって、気持ち悪い」
 というのが、大多数の意見だった。
 どんな意見であっても、美奈に対しては糠に釘だった。何を言われようとも、美奈は兄のことが好きだった。
 いや、そんな噂を立てられれば立てられるほど、兄を尊敬し、
「私も兄のようになりたい」
 と思うようになっていた。
 心の中でまわりの友達には、
「兄のことを何も知らないくせに」
 と、思っていて、何よりも、まわりが毛嫌いするのだから、自分が独占できることに喜びを感じていた。
 そんな兄は、
「俺は他の人と同じでは嫌なんだ、人が毛嫌いすることでも、誰もしないことなら、俺はする」
 どこか開き直ったような言い方をしていたが、美奈にはそれが「潔さ」に見えて、尊敬の念を抱いたのだ。今の美奈の性格の基礎は、兄からの今の言葉にあるのかも知れない。
 人の性格というのは、持って生まれたものと環境に左右されるというが、環境の方の大部分は、兄の影響を受けていると言っても過言ではない。
 そんな兄に、一年と少し前、彼女ができた。その女性は美奈とは似ても似つかない女性で、派手なところのある人だった。
「兄は騙されているのかも知れない」
 おそらく兄が女性と付き合うのは初めてだったのだろう。それまでの知っている兄とはまったく変わってしまい、毎日が有頂天だった。
「彼女のために」
 と、ずっと思っていたに違いない。
 そんな兄の姿を見ているに忍びなかったが、美奈は複雑な心境だった。
 もし、兄と付き合っている女性が、美奈と似ている女性だったら、どうだっただろうか?
 美奈には耐えられない心境だったに違いない。まったく違った雰囲気だったことだけが、美奈の中では不幸中の幸いだった。
 兄にとって、その女性と付き合っている一か月は本当に幸せに思えていたのだろう。しかし、その後に地獄が待っていうなんて、まったく想像もしていなかったに違いない。
 付き合い始めて、約一か月と経っていない頃、兄は急に相手の女性から別れを告げられた。理由は、
「あなたと一緒にいると、疲れる」
 という何ともわがままな内容だったが、兄のように純情で、女性と付き合ったことのない男性であれば、そんな納得いかないような理由で十分だとでも思ったのだろう。
 だが、もしその理由が本当であれば、まだ救いだった。本当の理由は、相手の女が二股を掛けていて、兄が敗れたということだった。たったそれだけのことなのに、どうして兄が苦しまなければいけないのか、こんな理不尽なこと、今までに美奈は、見たことがなかった。
「裏切り者」
 美奈は、心の中でそう叫んだ。兄にはとても本当のことを話せるわけがない。
「お兄さん、大丈夫?」
 と言って、慰めるしかなかった。
 しかし、兄の落胆の激しさは尋常ではなかった。これがあの尊敬していた兄なのかと思っただけでも悲しくなってくる。そんなある日、
「何だよ、その目は。憐みの目なのか、それとも嘲笑ってやがるのか、どっちなんだ? どうせ俺みたいなダサい男には、女なんて寄ってこないよ。惨めな兄を笑いたければ笑え」
 と、やけに絡んできた。
「お兄さん、しっかりしてよ。たかが女一人のことじゃない」
 美奈は、兄の取り乱した姿を見て、口にしてしまってはいけないことを口にしてしまったようだ。完全にパンドラの匣を開けてしまったようだ。
 兄は、その瞬間キレた。
「何言ってやがる。お前なんかに何が分かるっていうんだ」
 そう言うなり、美奈に襲い掛かった。
 恐ろしいスピードで、美奈の服が剥ぎ取られる。スカートを履いていたので、もみ合っているうちに下着が丸見えだ。兄の欲情に火が付いてしまった。
 しょせん、男の力に逆らえるわけもない。必死に抗ってみても、力が及ぶわけでもない。むしろ、相手が余計に興奮するだけだ。
 下着だけにされてしまった屈辱と、兄の今まで見たことのない形相にすっかり覚えてしまった美奈は、身体の震えが止まらない。
「このまま、兄に蹂躙されてしまうんだわ」
 と思うと、急に身体の力が抜けて行った。
 安心したのか、兄の手の力も徐々にゆるくなってきた。
 兄が、美奈の身体を優しく撫でてきた。さっきまでと違って、心地よい。
「お兄さん」
 美奈は。今度は覚悟ではなく、自分の中で兄を求めている自分に気が付いた。まったく変わってしまうまでにどれほどの時間を費やしたのか、美奈にはハッキリと分からなかった。
 次の瞬間、兄の手が震えだしたのを感じた。その時、初めて美奈には、兄と自分の立場が逆転したことを悟った。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次