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辻褄合わせの世界

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 どうしてなのか、交通事故に遭って、記憶が欠落していることが分かってからというもの、どこか相手に対して挑戦的な態度を取るようになっていった。だから、教授の話を聞いていくうちに、自分が教授のいうようなデリケートな存在ではないことは分かっていた。逆に最初から、挑発的な態度を取っている。それは、記憶を失ったことへの恐怖というより、他の人とは違うという意識が、記憶が欠落した自分であっても強いということだ。
「そうだね。君には感じない」
 挑発的な意志は、
「私の場合、他の人のように記憶を失ったとは思っていないんですよ。記憶が欠落したって思っているんですけど、変ですかね?」
 というどこか、相手に答えを迫る形で表された。
 すると教授は、
「君は面白い人だ。私に挑戦してきたわけだね。まあいい、確かに記憶を失ったというよりも欠落したと言った方が、軽く感じるからね。そして、考えようによっては、欠落しているという方が、すぐに思い出せそうな気がする相手に対して、何か挑戦しているように見える。そこに潔さを感じるのは、私だけかな?」
 中西教授の話を聞いていると、まるで自分の心を見透かされているように思えてならなかった。
「私は、心理学はよく分かりませんが、教授とお話していると、発想が膨らんでくる気がします」
「それは私も同じだね。君の中から発せられるオーラが、何かを訴えているようで、だから、挑戦的に思えてくるのかも知れない。でも、だからと言って、相手に自分の気持ちを隠そうという挑戦的な態度ではないんだよね」
 中西教授と、長い時間話をしたわけではないが、考えがどこかで共有できたような気がした。
「自分の夢を誰かと共有しているような気がする」
 という話もしてみた。
 しかし、そのことに対して教授は興味を持ってくれたようだったが、あまり会話をしようという意識はなかったようだ。どちらかというと、すぐに会話を打ち切りたいという意志がありありで、挑戦的な気持ちがなければ、お互いに話が続かない証拠だと美奈は感じた。
――教授は、意見が合わなかったのかしら?
 と美奈は思ったが、実際には逆だった。
 実は教授がゾッとしてしまうほど、意見が一致していた。会話が続かないのは、同じ発想なので、それ以上の会話が成立するはずもない。少しでも考えが違えば、発展先も違ってくるので会話になるのだろうが、同じ発想なので、行きつく先は同じである。
 教授は、発想や考え方がまったく同じ人間が、世の中にはあってもいいと思っていた、しかし、まさか自分と同じ発想の人間がいるなどという発想はありえないものとして、予期すらしていない。
 だが、会話も終わりかけようとした時、異変が起こった。教授の興味を持つような話が急に出てきたのだ。それは美奈の発想にも合致するところがあり、今までとは違った意味での会話に花が咲いてきたのだ。
「美奈さんは、夢を見ますか?」
 と聞いてきたのも、そのためである。
「それほど見る方ではないと思います」
「ひょっとすると、自分では見ていないという思いが強くて、見た夢を忘れようとしているのかも知れないね。そうだ、だから記憶が欠落しているのかも知れない。何かを忘れようと無意識に考えているからなんじゃないかな?」
「それはどういうことですか?」
「嫌な夢とは限らないと思うんだが、ひょっとすると、同じ夢を毎回見るようなしつこさがあって、二度と見たくないと思うようなシチュエーションがあるのかも知れないね。それはきっと嫌だったり、怖い夢だったりするわけではないと思うんだ。怖い夢だったら、忘れようとする意識はなく、意地でも起きるまで忘れないようにしようとする意識が働くと思うんだ。夢を覚えていないのは、怖い夢だからというよりもむしろ、忘れたくないと思うような夢なのかも知れないね」
「よく分かりません」
 正直な気持ちだった。中西教授が何を言いたいのか、美奈にはよく分からなかったが、次に出てきた教授の言葉には驚かされた。
「夢の共有」
「あっ」
 最近、よく感じることではないか。誰かが自分の夢の中に入りこんでいるんじゃないかと思うことが、デジャブ現象を証明していると感じたばかりだった。
 夢とデジャブ現象、そして記憶の欠落、これらはどこかで結びついているような気がする。それも微妙なところでである。
 美奈は、そのことを考えていると、この部屋での最後の記憶と、交通事故に遭った日との間で大きな溝があるのを感じたのも無理のないことだと思っている。誰かが「夢の共有」を使って、そこに他意があるのかどうかは別にして、美奈の意識を歪める何かが存在したことは確かである。
「私の記憶が欠落したことによって、得をする人が、この世界のどこかにいるんだ」
 それが、目と鼻の先ではないといけないわけではない。どこの誰かも分からない相手が他意もなく無意識に影響を与えているのだとすれば、防ぎようもないし、対応のしようもない、
 もし、そうだとするのであれば、慌てても仕方がない。欠落した記憶が戻ってくるのを気長に待つしかない。だが、
「知らぬが仏」
 という言葉もあるではないか。
 美奈は記憶が欠落した部分そのものよりも、欠落した部分が自分の中で想像しているよりも大きいのではないかと思い始めた。それがどれほどの大きなものなのか想像もつかないため、果てしなさすら感じてしまうのだった……。

                  第二章

 美奈は退院してきて約二週間は大人しくしていた。
 部屋の中で音楽を聴いて、小説を読む。ポエムを書いてみたりしながら、気分はすっかり芸術家だった。
 その二週間の間に、美奈は一人の男性と知り合っていた。
 彼の名前は井坂吾郎という。
 井坂とは、家の近くのバーで知り合った。その日、美奈はなぜか時間がなかなか経ってくれないのを意識していて、そろそろ夕日も沈む時間だと思って時計を見てみれば、
「なんだ、まだ昼下がりの時間じゃないの」
 と、退院してから十日以上も経つのに、ここまで時間が長く過ぎた日を初めて感じていた。
 記憶が欠落する前の美奈は、一日が長く感じる日を、週に何度か経験していた。慣れているはずなのに、あまりにも久しぶりな気がするせいか、一日を長く感じるなど、久しくなかったように思えてならかったのだ。
 美奈が一日を長く感じる時というのは、妙に疲れやすい日でもあった。
 生理の日など、そんな兆候に見舞われていたし、ストレスが溜まるようだった。一日が長く感じるには、それなりに理由のようなものが存在したが、その理由は多種多様であって、一定していなかった。ただ、共通して言えることは、夕方、風のない時間を感じることができるということだった。それがいつも夕方で、「夕凪」と言われる時間であるということは知っていた。
 夕凪の時間を境に、昼が夜というまったく違う世界に逆転する。そのことを一番分かっているのは、一日を長く感じている日の自分だった。その日の何とも言えない疲れやすい一日は、昼が夜というまったく違う世界に変わると、身体も一変してしまう。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次