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墓前に佇む・・・

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 その時の母の気持ちを思い起すことは、敦美には難しいことだった。ただ、自分もお産の経験がある。少しでも母の気持ちに近づけたはずだ。母も由梨の成長を誰よりも喜んでくれていると思っていたが、それは由梨がまだ幼い頃のことだった。成長するにつれ、由梨を見る目が次第に視線を逸らしているように感じられ、敦美が姉のことを意識し始めた頃から、いつも辛そうにしている。由梨が姉に似ているということを知ったのはちょうどその頃だっただろう。敦美は、もう一人の自分がどこかにいて、いつも自分を見ているような気持ちになり、背筋にゾッとしたものを感じるのだった。
 敦美は、もう一つ気になっていることがあった。
「確かに失踪して七年経てば民法上は死亡と認定されるはずだけど、何も葬式まで出さなくてもいいのに、まるで母のことを諦めたという決意をまわりに示しただけのことにしか案じられないわ」
 もし、これをケジメだというのであれば、根拠があるだろう。敦美は考えた。
「葬式を出すということは、姉が確かにこの世に存在したという証しをケジメとして付けたんだわ」
 それ以外に敦美には姉の葬儀の意味が分からなかった。
 内輪だけでひっそりとした葬儀だということだったが、遺骨があるわけではない葬儀なので、本当に証しをケジメという形でつけただけのものだったに違いない。
 それからの松倉家はしばらくの間、近所付き合いもままならなかったようだ。別に悪いことをしているわけではないのに、後ろめたさを感じるのは、田舎独特の閉鎖的な風習が影響していたからだろう。
 姉のことを知らなかった敦美は、この街の閉鎖的な風習に自分が耐えられなくなっていたのだと思っていたが、まわりが自分を見る目に、どうしても姉のことが引っかかっていることで、敦美を正面から見ているわけではなく、敦美の後ろに見え隠れしている姉を見ていたのではないかと思えてならなかった。
「お前のお母さんは、ひょっとすると、お前がお姉さんの生まれ変わりのような感じで見ていたのかも知れない」
 と、祖母が話していたが、その意味も自分が出産する時になって、初めて分かった気がする。陣痛で苦しんでいる時、祖母の今の言葉を思い出し、
――お母さんは、私を産む時、お姉さんのことを考えていたのかしら?
 と思った。
 出産する時は、他のことが考えられないほど集中しなければ痛みに支配されて、弱気な気持ちになってしまうと、自分が出産した時に感じた敦美だったが、母のようにどうしても忘れることができない記憶を持ったまま、出産に望むなど、敦美には想像できなかった。痛みは身体の感覚をマヒさせる。それは、頭の中で何かを考えることができるようになるために余裕を持たせるためなのではないかと、出産の時に感じていた。身体が感じる感覚と、精神で感じる感覚とでは反比例しているように思えるが、実は比例しているのではないだろうか。
 由梨がお姉さんに似ているというのは、何かの因縁であろうか。母親が自分を出産した時、遺骨のない葬儀が行われていたことで、生まれ変わりの意識が強く母の中にあり、その思いを敦美が無意識のうちに受け継いだのかも知れない。
 敦美が墓参りをするようになってから、中年男性を見かけるようになり、最初こそ、初老に近い年齢に見えていたが、次第に若さを感じるようになっていた。それは自分が年を取って来たことを自覚しているからなのか、それとも、二人の距離が縮まっていくのを感じたからなのか、彼が敦美に対していつも無表情でいることは気に入らなかった。
「何とかこちらを振り向かせて、どうして墓参りをしているのか、聞き出したい」
 と思うようになったが、思えば思うほど、無表情は変わらない。
 だからといって、敦美の方から媚を売るような真似をしたくない。彼のような男性に媚びたとしても、決して彼の方から歩み寄ってくることはないだろう。無表情の奥に何を考えているのかが見えてこない限り、彼を振り向かせることはできないからだ。
「彼を振り向かせてどうしようというの? 姉の消息について聞こうとでも? そんなことをしても葬儀も終わってしまった今となっては、ただ平和なまわりを引っ掻き回すだけのことで終わってしまうわ」
 言い聞かせるように独り言ちた。
 敦美は閉鎖的な街でも、さらにその中で目立たない性格である。それはまわりに染まりたくないという気持ちの表れで、一歩踏み外すと、後ろの方にいたはずの女の子が、急に前に飛び出して、まわりにその存在を大きくアピールしようとしているように見える。ただ普段から控えめな人間が急に表に出ようとしても、それは無理があり、気持ちの奥にあるものをタイミングよく表に出さなければ、最後までアピールできないままでいてしまうことになってしまう。
 敦美が中年男性を気になったのは、無表情でありながら、存在感をしっかり相手に植え付けていたからだ。植え付けられた存在感は、最初からその人に備わっていたもので、人を引き付ける求心力とでもいうべきものが感じられた。
 中年男性がこの街に住み着くようになったのは、敦美には分からなかったが、敦美が彼の夢を見たのは、今までに何度かあった。
 内容はほとんど変わりがなく、まるでテレビの再放送を見ているようだったが、少しだけ違っているとすれば、最後のところで、前に見た夢から一歩進んだ知らない話を聞かされることだった。自分の知らない秘密が最後に隠されているような気がして、夢を楽しみにしている敦美がいる。そして、今度見る夢である程度のことが分かってくるのではないかと敦美は思って期待して待っているが、待っている時に限ってなかなか夢の中に出てきてはくれない。
「おじさんは、待っているんだよ」
「待っているって何を?」
「それはね……」
 そこまできて、目が覚めた。いつもの続きを匂わせる終わり方だ。
 一体おじさんは何を待っているというのだろう? 次の夢に引っ張るということは、彼自身も、ハッキリと分かっているわけではないのだろう。
――一番楽しみにしているのは、おじさん自身なのかも知れないわ――
 と、敦美は思った。
 おじさんの夢は、今までにも何度か見たような気がした。しかし、そのすべてが夢だったのだろうか? 敦美はおじさんとあまり話をした記憶がない。同じ人を見ているのに、おじさんと表現する時と、彼と表現する時の二種類があるのを自分で分けているつもりはなかったが、その時々で違うのは、相手に対して入れ込みの違う時があるからだろう。それを思うと、遺骨が見つかっていない姉が、本当はどこかで生きているのかも知れないとも思えてくるのだった。
 おじさんが待っていると言ったのも、姉がどこかで生きていて、目の前に現れてほしいという気持ちがあるからではないだろうか。おじさんが姉とどこで関わっているのか分からないが、墓参りで出くわすことが姉の導きに思えてきた。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次