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墓前に佇む・・・

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 そういえば、あれは今から十年くらい前のことだっただろうか? 今でもまだ現役でしっかりしているおばあちゃんの様子が少しおかしいと思えた時期があった。
「おばあちゃんは、後悔しているのよ」
 と、敦美が母親におばあちゃんの話をすると、そう答えた。
「どういうことなの?」
「あなたのお姉ちゃんを、おばあちゃんは、あなたと同じように可愛がってはいたんだけど、昔からのしきたりや礼儀作法など、子供の頃からきつく躾けなければいけないという意識が強くて、お姉ちゃんに対して、結構辛く当たっていたの。お母さんも、おばあちゃんから、躾けられた方だったから、娘の気持ちは分かっても、それを止めることはできなかった。やっぱり自分の娘だっていう気持ちがあったからね。でも、やっぱり娘といっても、一人のまだ幼い女の子、かなり辛かったのかも知れないわね」
「おばあちゃんは、それで私にはあまり厳しくなかったのね?」
「そうだわね」
「そういえば、最近のおばあちゃんは、かなり高齢になったからなのかしら、由梨を見て、樹里と呼ぶことがあるのよ。これって、痴呆症なのかしらね?」
 母親は少し考えて、
「そうじゃないのよ。あなたのお姉さんの名前が樹里というのよ。そう、おばあちゃんが由梨を見て、樹里って呼んだの……」
 母親は深い悲しみの淵にいるかのような表情になった。
「おばあちゃんは、ボケているわけではないということなのね?」
「そうよ。今の由梨は樹里がいなくなった頃と同じくらいの年、そして、由梨はその時の樹里に生き写しなの。だからお母さんも本当は背筋に冷たい汗を掻くほどに、驚いているのよ」
 と答えてくれた。
――おばあちゃんが由梨に対して見ているその先に、お姉ちゃんを見ているなんて――
 おばあちゃんの考えていることは、最初から分からないことだらけだったが、それでも母親に聞くよりも安心して話を聞くことができた。
 それは心の中に後悔の念を抱いていたからなのだろうが、果たしてそれだけだったのだろうか? 敦美には、おばあちゃんが自分の気持ちをどのように表現していいのか分からないと思っているかを感じていた、
 そんな祖母が、家から表に出なくなったのが、ちょうどこの頃からだった。
「年齢的にも身体がいうことを利かなくなる頃なのかも知れないわね」
 と母親は言っていたが、まさしくその通り、身体がいうことを利かないと、精神的にも閉鎖的になるのか、敦美以外は、あまり誰も自分に近づけようとはしなかった。それは娘の由梨に対しても同じだったが、由梨に対してだけは、違った感情があるので、近づけない気持ちの中にある思いが果たして閉鎖的なものだけなのか、よく分からなかった。
 敦美は、姉の墓がある場所を知っているが、娘の由梨に教えるつもりはなかった。
 由梨は自分の母親に姉がいたことを知らない。幸いなことに、この街の人たちにとって姉の噂はタブーのようになっている。敦美に話をした魚屋にしても、本当は話をしてはいけないという暗黙の了解があったにも関わらず、喋ってしまった。そのせいでしばらくの間、街の人から無視される生活を強いられてしまった。
 さすがにほとぼりが冷めてからはそんなことはなくなったが、今では本当に誰も姉のことを話さない。
「話してしまえばどうなるか」
 魚屋が、そのことを身を持って示した形になったのだ。
「次になるのは嫌だ」
 という思いは誰もが持っているようで、話題に今さらしたところでどうなるものでもない。それなのに、昔からの法度のように、姉の話題は封印されてしまっていたのだ。
 小さな田舎町というべきこの土地に、閉鎖的になる時は一致団結した力を発揮する。そんな悪しき習慣は、根強く残っていたのだ。
 こんな街が嫌で出て行った若者も少なくはなかった。都会の生活に疲れて戻ってきた人も、その中にはたくさんいるが、ひっそりと戻ってきた人もいる。そんな人を知る人はすでに少なくなっていた。誰にも噂されることもなく、ひっそりと暮らす姿は、若い人には理解できないに違いない。
 だが、この街を出て行った理由は本当に皆同じような理由なのだろうか? いたたまれなくなったというのは共通した気持ちだろうが、それは外的なものだけだというのは、少し腑に落ちない。気持ちの中に、そして自分の中に籠ってしまった気持ちを解放できずに街を去る、そんな人も中にはいただろう。
 敦美は姉の墓に毎日とはいかないが、一週間に二、三度くらいはお参りをしている。その時に、見覚えのある中年男性が墓参りをしていたのを見たことがあった。その男性が誰なのかすぐには思い出せなかった。以前夢に見た中年男性であると気付くまでには、夢という違う世界の記憶を呼び起こすのだから、少しくらい時間がかかったとしても、無理のないことだった。
 その男性に頭を下げると、彼も同じように頭を下げてくれる。無表情なところに不気味さは感じたが、その男性が他の表情をするところを思い浮かべることはできない。夢に見て意識はしていても、しょせん他人なのだと思うと、急に寂しくなった。
 この場所は限られた人しか来ない場所だという意識がある。それだけに、少なからず、心のどこかに共通点があってしかるべきだと思いたいと感じたのは、悪いことなのだろうか?
 敦美は墓に話しかけていた。
「お姉ちゃんは、どうしてここにいるの?」
 墓が答えてくれるはずもないが、ここにいて墓を眺めていると、姉と話ができるような気がしたからだ。墓の中にお骨があるわけではない。だが、そこに来なければ姉とは会えないという思いよりも、ここに来ることで姉に会えるかも知れないという気持ちの方が強い。
 警察が足取りを調べたのだが、こんな田舎町のこと、目撃者がいるわけでもなく、人一人が忽然と消えてしまったことを、まるで神隠しにでも遭ったかのように、仕方がないこととして受け止めようとする閉鎖的な街だということを、今さらながらに思い知らされた気がした。
 都会の人は隣に住んでいる人の顔を見ることもなく過ごしているらしく、これほど冷たい関係はないと思っていたが、田舎でも同じことだ。田舎の方が、下手に都市伝説のようなものを信じているだけにタチが悪いかも知れない。
 そんな中、姉の墓に参ってくれる人がいる。それを知っている人は少ないだろう。姉の墓は、家族が定期的にお参りし、掃除をしているだけで、二日に一度は来ている敦美が、ほぼ毎回出会うのだから、少なくとも敦美よりもずっと墓前にいるのは分かっている。その男性は敦美がやってくるのを見計らって帰っていくようであった。敦美は最初こそただの偶然だと思っていたが、実際には敦美がやってくる時間に帰るということを最初から決めていたようだ。
――この人は姉の墓前で何を話しているのだろう?
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次