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墓前に佇む・・・

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 それとも、敦美が感じたように、その人の夢の中に敦美が出てきて、何か彼の思考に影響を与えているというのだろうか?
 いずれにしても、敦美にとって想定外のことであるように思えてならなかった。
 その男性も何回か夢に出てきたところで、敦美に話しかけてきた。
「あっちゃん。あっちゃんでしょう?」
「ええ、そうですけど、おじさんは誰なんですか?」
「そうか、あっちゃんには、おじさんに見えるんだね。これでもまだ、三十歳を少し過ぎたくらいなんだよ」
「えっ、そうなんですか? 私はてっきり四十歳代の後半くらいかと思っていたわ」
「いや、それでもいいんだよ。僕があっちゃんに関わることになるのが、きっとそのくらいの年齢になった頃のことなんだろうね。あっちゃんには信じられないだろうけど、君のお姉さんだって、きっと同じような話をしたんじゃないかな?」
「確かに私が成長しきってから、現れるって言ってくれたわ。私は信じていいのか。迷っているんだけど」
 このおじさんに、ここまで話をするなんて、自分でも不思議だった。夢の中だという意識があるからなのか、この人に対してウソをついても、すべてお見通しと思えてならないのだ。
「僕がどうしてお姉ちゃんを知っているか、不思議なんだろうね。でも、不思議でも何でもないんだ。僕はお姉ちゃんとは幼馴染だからね」
「あなたは、この街の出身なんですか?」
「そうだよ、街にいたのは、子供の頃までだったので、街の人は僕がその時の子供だってことは分からないんだろうね」
「でも、おじさんは一人でこの街に帰ってきたんでしょう? まわりの人が近づきにくいって言ってたし、おばあちゃんも私に近づいてはいけないと言っていたわ」
「君の家族も、僕のことが、昔ここにいた男の子だって分かっていないんだろうね。当然といえば当然かも知れないけどね」
 おじさんは、そう言って溜息をついた。
「どうして溜息をつくんですか?」
「君は、この街の閉鎖的な環境に疑問を持ったことはないかい? 今までずっと開放的な気持ちでいたわけではないだろう?」
「私は開放的な気持ちになったという意識はないわ。自然の中にいれば自然な気持ちになるということはあっても、それ以外は、絶えず不安が付きまとっている気がするの」
「どうしてなんだろう?」
「私のまわりには、私の知らないことがあまりにも多すぎるような気がするんです。知らないというよりも、まわりがわざと私に知らせないようにしているようなですね。それが私を本当に守るためだって思えればそれでいいんだけど、どうしてもそうは思えない。どこかで私に知られることを恐れているところを感じる以上、私には誰も信じられなくなったり、不安が払しょくできなかったりするの」
「あっちゃんの気持ち、よく分かるよ。そういうことか、だから、僕があっちゃんの夢の中に出てきた理由がそこにあるんだね」
 おじさんは一人で納得していた。敦美には少し不満だったが、それも無理のないことのように思え、男性をじっと見ていた。
「不安というのは、誰にでもあるものなんでしょうけど、その一つ一つが違っている。不安だけではなく、人を信じることにも影響しているのかも知れないわね」
 敦美はしみじみと語っていた。
「僕たちは、本当は夢の中に出てきてはいけないのかも知れない。だけどそれを分かっていてまで君のお姉さんはあっちゃんの夢の中に出てきた。あっちゃんの夢に出てくるなら、僕だって出てくるさ」
「どうしておじさんが?」
「それはきっと君のお姉さんが、あっちゃんに話した言葉の中にその秘密が隠されているんだよ。僕の口からは、今言うことはできない。あっちゃんは、お姉ちゃんを信じていればいいんだよ」
 おじさんはそこまでいうと、静かに消えていった。
 敦美はこの夢のことを少しの間覚えていたが、すぐにフェードアウトするかのように消えていった。
 今まで見てきた夢の中に、ここまで鮮明なものはなかったが、確かに目が覚めてもしばらくの間覚えていた夢もあったという意識はある。その夢の中に誰かが出てきたような気もしたが、その時に姉かおじさんのどちらかが出てきていたとしても、不思議ではない気がした。
 ただ、夢の記憶が果たして自分だけのものだったのかという感覚が不思議と残っている。夢の中で何かのメッセージがあったような気がするのだが、メッセージの意味がまったく分からないからだ。
 もっとも、それが夢というものなのかも知れない。ある程度ハッキリと分かるものが夢だということになれば、今まで夢だと思っていたことの説明がつかなくなる。それを思うと、夢というものが、本当に一つの世界だけで形成されているということを信じられなくなる。まるで地層のように、何重にも時間という層によって積み重なったものとして意識するもの、そう、まるで木の幹の年輪を感じさせるものであった。
 敦美は、夢の中にいる時、自分が何かを考えているということを意識している。
 それは不安や恐怖から逃れたい一心だと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
 何かを必死に思い出したいと思っていることを夢に見る時がある。その時には、ちょっとしたことでも見逃したくないという思いが強く残っていて、その思いだけしか覚えていないこともあって、
「夢を覚えているのは、よほど怖い夢を見た時しかないんだわ」
 と思うようになっていた。
 そう思うようになったのは、幼い頃からだったように思う。幼い頃に感じたことは、大人になってもなかなか考えることを変えることはできない。それは夢で見る内容がすべて幼い頃に考えたことの裏付けになっているからに違いない。
 おじさんは、
「お姉ちゃんを信じていればいい」
 と言った。
 自分では信じているつもりでいるのに、どこか完全に信じきれないところがある。おじさんの話し方は、敦美が姉を信じきれていないことへの忠告のようにも聞こえた。
「信じてあげないと、お姉ちゃんが可愛そうだ」
 とでも言いたいのか、やはり、夢の中に出てくる二人はどこかで繋がっていて、敦美に対して、同じ気持ちでいるのかも知れない。
 そう思うと、今までに覚えている夢というのは、決して怖い夢だと言えないだろう。楽しい夢でもないが、何かホッとする癒しを感じさせる夢であったことは確かなようだ。

 姉がいなくなって七年が経った時、敦美の家では細々と葬儀が行われたという。敦美自身は、まだ母親のお腹の中にいたことなので、まったく知らないことであるが、それから姉は松倉家で、位牌も表に出せない状態だった。しかも、失踪してから本当の生死もハッキリしないままなので、墓地はあっても、お骨があるわけではない。そんなことを考えると、姉がどれほど気の毒なのか、敦美は姉のことを考えるたび、胸が締め付けられる思いだった。
――それにしても、ここまで姉のことを隠す必要がどこにあるというのだろう?
 敦美は、まだ自分の知らない事実があるのではないかと考えるが、必要以上に詮索して、せっかくの癒しの時間を夢の中とは言え、与えてくれた姉を傷つけてしまう結果になることを恐れ、あまり考えないようにしていた。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次