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墓前に佇む・・・

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 敦美が小学生の頃から、街には八百屋と魚屋があった。古くなった建物を立て直したり、修復したりはあっても、昔ながらの店の佇まいに変わりはない。それだけ平和な街なのだが、逆に何かあれば、あっという間に街中に知れ渡ってしまうに違いない。田舎町というのも、それほど紙一重で成り立っているところなのだ。
 その当時は友達の親が店を切り盛りしていた。敦美が家の手伝いで買い物にやってくると、
「娘の同級生」
 ということもあってか、いろいろ楽しい話をしてくれたりもした。
 ほとんどが魚に関したことが多かったが、ある日突然、姉の話になったのだ。
「樹里ちゃんがいれば、今頃は結婚相手を探している頃かも知れないね」
 と、聞きなれない名前を出されて、敦美はキョトンとしてしまった。
「樹里って誰のことなの?」
 と、聞き返すと、今度は魚屋のおじさんの方がキョトンとした。
「誰って、お姉ちゃんのことだよ」
「誰の?」
「敦美ちゃんのだよ?」
 ここまで言うと、魚屋のおじさんは、さすがに、
「しまった」
 という表情をした。
 まさか、敦美が自分の姉の存在を知らないなど、ありえないと思ったからだ。
 普通なら当然そう思うだろう。隠したって、いずれバレることだということも、魚屋のおじさんは今、感じていることだろう。それよりも、
――どうして隠す必要があったのだろう?
 というのが、一番引っかかったのだ。
 隠す必要があるとすれば、姉がよほど人に知られたくない存在であり、知っている人がごく一部であれば、それ以上知られないようにするには、少なくとも、子供には教えられない。無邪気に他意もなく、他の人に話してしまうかも知れないからだ。
 もう一つは、敦美だけには知られたくない何かがあったのかも知れないということだ。子供の敦美では理解できない何かが存在し、時期がくれば話すつもりだったのかも知れない。
「どうして、黙っていたの?」
 と、母親を問い詰めた。
「誰から聞いたの?」
「魚屋のおじさん」
 と答えると、
「そう」
 と言って、溜息をついた。この溜息は、いずれバレるかも知れないと思っていたが、バレてしまったものはしょうがないというものなのか。それとも、魚屋のおじさんに対して、
――余計ないことを――
 という思いから出た溜息なのか、いずれにしても、バレることはある程度覚悟はしていたようだ。
「私にお姉ちゃんがいたなんて……」
「黙っていてごめんよ。でも、少なくともお母さんの口からは、どうしても言えなかったの。それだけは信じて」
 と、言われて一体何と答えたらいいのだろう? これ以上責めても、お母さんも苦しいのだろうが、敦美も自分の首を絞めているようで嫌だった。
 ほとぼりが冷めた頃、改めて祖母に聞いてみた。母から敦美が、姉の存在を知ってしまったことを聞かされていたのだろう。驚きはなかった。
「お前の気持ちは分かるが、お母さんを責めるのはお門違いじゃよ」
 祖母は、まず母の肩を持った。
「どういうことなの?」
 一瞬怒りを感じたが、表に出さず、冷静を装いながら訊ねた。
「お前を産むのに、お母さんは頑張ったんじゃよ。そのお母さんを責めることは誰にもできやしないんだ」
「だから、どうして私を産むのと、お姉ちゃんの存在が同じラインでの話になるのよ」
「お前のお姉ちゃんは、お前が生まれる前に死んだんじゃ」
「死んだのなら、仏壇にお位牌があっていいはずでしょう? お位牌を見たこともないし、第一私に隠す必要なんてないんじゃないの?」
「お前がもっと大人になれば、お母さんの気持ちも分かるというものだが、知ってしまったのなら、仕方がない。これ以上隠しておくことはできないだろう」
 と、言って、一瞬間を置いて、自分を落ち着かせているようだった。
「話としてはデリケートなところを孕んでいるので、話す順番によっては、まったっく違った解釈になるかも知れない」
 という前置きを置いて、話をしてくれた。
「お前のお姉さんが行方不明になったのは、ちょうど十歳になったくらいの頃だっただろうか。友達と一緒に遊んでいて、皆母親が迎えにきて、そのまま帰ったんだけど、その日にお母さんは、少し迎えに行くのが遅れて、その間にお姉さんはどこかに消えてしまったんだ」
――そういえば、友達と遊びに行くというと、お母さんは神経質になっていたのを思い出した。そして、もしお母さんが間に合わない時は、必ず誰かと一緒に帰るようにって言われていた。どうしてそんなに神経質にならないといけないのかって不思議に思っていたけど、今の話を聞くと、納得できるところもいくつかある――
 と、敦美は考えていた。
 祖母は続ける。
「お姉ちゃんがいなくなったことに、すぐに気付けばよかったんだが、お前のお母さんはその時、精神的に不安定になっていて、何が大変なことなのか、意識できなくなっていたんだ。警察に届けるのも少し遅れたこともあって、なかなかお姉さんの消息がつかめなかった。結局そのまま分からずに、行方不明ということになって、最初は一生懸命に探してくれていた警察も日が経つにつれて、捜索できる人がどんどん減っていく。結局そのまま見つからないまま、お前のお姉さんは、亡くなったことになったんだよ」
「どうして? まだ生きているかも知れないのに?」
「法律のお話になるんだけど、行方不明になって七年経てば、死んだことになっちゃうんだよ。お前のお姉さんは見つからないまま、七年を迎えてしまった。うちの者は皆意識していたけど、他の人は七年も経てば、お姉さんのことを覚えている人も少ない。今さら大げさに葬儀を出しても仕方がないということで、内輪だけでひっそりと葬儀を出したんだよ」
「だから、お姉さんの話題を出しちゃいけなくなったの?」
「もちろん、それだけじゃないさ。もっと大変なことがあったんだからね」
「それは何?」
「ちょうどその時、お前のお母さんは、お前を身籠っていた。身重の身体で、結局見つからなかった娘の葬儀を取り仕切るのは大変だったのだろう。まだ入院する時期ではなかったんだけど、私とおじいさんが、相談して入院させたんだ。お前のお父さんは、葬儀を出すのに大変だったから、そこまで気が回らなかったんだ。何しろ内輪だけの葬儀なので、他の人を必要以上に刺激しないようにしないといけない。ここのように小さな街では、細々とやるのは、結構大変なんだよ」
 まだ小学生だった敦美なので、大変と言われても何が大変か分からなかった。それでも祖母の話を聞いているだけで、何かお腹のあたりがムズムズしてくるのを感じ、
「お母さんの気持ち、分からなくもない気がしてきた」
 と、小さな声で呟いた。大きな声で言えるほど、理解できるわけもないし、そのことは祖母が一番分かっているだろうから、素直に気持ちを表せるだけの声が出せれば、それでよかった。
「お姉ちゃんが生きていればいくつだったの?」
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次