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墓前に佇む・・・

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「でも前世って本当に人間だったのかしら? 他の動物だったり、植物だったり、ひょっとしたら、『生のないもの』だったりする可能性だって否定できないわ。前世が人間だったと感じるのは、人間のエゴであって、人間以外を意識していない証拠なのかも知れないわね」
「でも、あの世に行くまでに段階があるのだとすれば、段階を追うのは、自分が自分でいられることの証拠でしょう?」
「人間には、絶えず二つの考え方があるんじゃないかな? 裏があれば表がある。光があれば影がある。現実があれば夢だってあるんだ」
 茂は麻衣に話をしながら、自分を顧みた。自分は完全に二重人格だと思っている。麻衣と正対している自分と、表に出たくないと思っている自分。表に出たくない自分を引き出してくれる人がいるとすれば、もう一段階進んだ世界を、見せてくれるのかも知れない……。

 茂が死んだのは決して自殺などではない。車を運転していて、出会いがしらの交通事故だった。隣に乗っていたのは由梨。その時、由梨は即死で、運転していた茂は、しばらく生死の境を彷徨っていた。
 その頃の茂は、表に出たくないと思っている自分の方が表に出ていた。ずっと出ていたわけではなく、夕方になると、現れるのだ。それは樹里の墓参りをしている時で、墓前で目を瞑り、手を合わせていると、人の気配を感じる。そこに多々生んでいるのは、樹里だった。
 茂の意識の中には、由梨の存在はその時はなかった。
「樹里ちゃん」
 最後に見た時そのままの姿は茂に現れた。
「どうしてあの時、声を掛けられなかったんだ」
 と茂は自分に言い聞かせる。
「茂ちゃん、じゃんけんしよう」
 と、樹里は言った。
「いいよ」
「じゃんけんぽん」
 同時に出した指は、二人とも二本だけで、チョキだった。あいこである。
「ふふふ」
 樹里があどけなく笑みを浮かべる。
「じゃあ、もう一度」
 と、茂が声を掛けると、
「いいの。あいこのままで」
 と樹里が答えた。
「どうしてなんだい?」
「だって、私、じゃんけん嫌いだもの。茂ちゃんが私と同じチョキを出してくれて、私は嬉しいのよ」
「樹里……」
 思わず涙が溢れてくるのを感じた。長年の呪縛が解き放たれた瞬間だった。
「さよなら、茂ちゃん」
 そう言って、樹里の姿が消えた。
 茂は呪縛が取れたと同じく、樹里の中に引っかかっていたものも取れ、あの世への「段階」が一つ進んだのではないかと思った。そして、その瞬間、なぜか自分もすぐに樹里に追いつくのではないかと思うようになっていた。
 その時、樹里と入れ替わるように姿を現したのが、由梨だった。一瞬、樹里とは似ても似つかない女性に見えたが、目を凝らしていくうちに、樹里の面影を感じさせる雰囲気に魅了されていくのを感じた。
 由梨は、茂に気付いていなかった。目の前にいるのに、すぐそばに腰を下ろし、樹里の墓に参った。それでも茂を意識する様子はなかった。
――夢でも見ているのかな?
 と思ったが、墓参りを終えた由梨はそのまま帰って行った。茂にとっては、キツネにつままれたようだった。
 次の日、同じ時間に茂は樹里の墓参りをした。
 その時、同じように由梨が樹里の墓参りにやってくる。
 今回の由梨は茂にすぐに気が付いて、頭を下げてくれた。
「大久保茂さんですね? 初めまして、松倉由梨です」
「初めまして、よく僕のことをご存じでしたね? 誰から聞いたんですか?」
 と訊ねると、
「母から聞きました。ここで見知らぬ男性に会うことがあれば、それは大久保茂さんだろうって」
 その時、由梨の様子が少し変なのを感じていた。麻衣と最初に出会った時のイメージがよみがえってきて、思わず海を見つめていた。海面に反射した光が目に入ってきて、眩しさで目を瞑ってしまいそうだった。
 由梨との出会いは、さほど自分の運命に大きな影響を与えることはないものだった。ただ、出会った場所が樹里の墓前であるということ、そしてその時の由梨は、やたらと「くじら島」を意識していたということ。
「くじら島が気になるのかい?」
 と訊ねると、
「いいえ、ただ、自然と目が行くんです。意識しているわけではないんですよ」
 無意識のうちに視線がそちらを向くということは得てしてあるものだが、何か本人の意識にはない因縁が、存在しているのかも知れない。因縁が記憶と結びついて、逆に意識させないようにする作用をもたらすものが、本能ではないかと茂は考えていた。
「くじら島」を見ている由梨の横顔が、茂の中で、
――由梨を忘れられない存在――
 に変えた。由梨を見ている時の茂は、樹里を意識していた時の子供の頃、そして、麻衣との運命的な出会いをした時、そしてその後の麻衣との半生が、走馬灯のようによみがえってきた。しかし、その時茂は、走馬灯の中で思い出した記憶が、そのまま走馬灯の中に封印され、自分の記憶から消えていくことに気付いていなかったのだ。
 記憶の消滅も、一つの「段階」だったのかも知れない。
 死というものをあまり考えないようにしていた茂だったが、唯一の発想として意識している、
――あの世への「段階」――
 それを、由梨との出会いに感じたのも事実だった。
 ただ、それがまさか、本当の死に繋がってくるなど、考えもしないことだった。由梨もその時、自分の運命について、曖昧な意識だったに違いない。
 由梨は、寂しさを埋めてくれる人を必死に探そうとしていた。それが茂であってほしいという思いはあったようだが、最初から茂であるとは思えなかった。
 茂の後ろに、女性を感じたからだ。その女性が麻衣であることは、母親から聞いて知っていた。そして、麻衣がどんな女性なのか、想像もしていたが、どうしても会っているわけではないので、想像が膨らんでいるということは分かっているが、却ってどこまでが想像で、どこからが妄想なのか分からない。曖昧なまま茂に自分を委ねることは、最初からできる由梨ではなかった。
――出会いがしらの交通事故は、本当に偶然だったのだろうか?
 この思いを一番強く抱いているのは、実は麻衣だった。
 敦美も由梨が交通事故に遭ったのを聞いた時、その時運転していたのが茂であるということを聞くと、半狂乱のようになった。すぐに精神的に落ち着いたが、この世のものとは思えないほど、言い知れぬ恐怖と、自分の中にある限界を思い知らされた気がして、その感覚が、敦美に狂気を見せたのだった。
 まわりも、ここまで狂気を表に出す敦美を見たことがなかったので、声を掛けることができなかった。落ち着いてみると、
――これが狂気に打ち震えていた女性なのか?
 と思わせるほど、落ち着いていた。
 顔色はまったく精気を帯びていないが、精神的には落ち着いている。まるで抜け殻のようになってしまった敦美の方が、まわりから見ると、恐ろしさを感じさせられた。こんな敦美に話しかけられる人がいるとすれば、麻衣だけではないだろうか。
 もし、家族で声を掛けられる人がいるとすれば、母親だけだったのかも知れないが、母親もすでに病に臥せっていて、敦美に構っていられる状態ではなかった。由梨の死を知っても、動揺する様子もない母親。何か予感めいたものがあったのかも知れない。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次