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墓前に佇む・・・

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 ゆっくりと歩いていると果てしない。同じ段階の袋小路に入り込んだみたいだ。何かをしていないと気が遠くなるかも知れない。じゃんけんを言いだしたのは、茂だった。
「ええ、いいわよ。でも、きっと終わらないわね」
 と由梨はそういい、微笑んでいる。
「ふふふ、そうだね。この発想は、元々僕のものだったはずなのに、すっかり君は、もう僕の気持ちを分かってしまっているようだね」
 じゃんけんはバランスが命である。三人いてバランスの均衡が取れる。だが、二人の間には、バランスの均衡が取れている。それは、
――最初に勝った人は、次必ず負けるというバランスだ――
 このバランスは、現世の方が保ちやすい、勝負のたびに、何を出すかは計算によって決めるからだ。自分がどれに属しているかなど考えもしない。だが、死人になってしまうと、それがハッキリとしてくる。それでもバランスが保たれているのは、お互いに惹き合う気持ちが強いからだ。由梨は茂によってその考えを教えてもらい、すっかり、理解できるようになっていた。
「私の病気は、生まれながらの寂しがり屋。そして誰かに好きになってもらわないと、生きてはいけない。今までは家族の愛だけで十分だったんだけど、異性を意識してからは、そうはいかないわね。おばさんの場合は、両親に対して、愛情がなかったのかしらね。だから、幼女の頃から寂しさに耐えられなくなった。そして選んだのがあなただったのよね」
「僕は、まったくそんな意識はなかった。まだ幼女だったこともあって、その思いは一方通行で、しかも僕まで届くことはなかった。それが君のおばさんの悲劇だったのと、子供の僕にトラウマを残したんだ。でも、そのトラウマを取り除いてくれたのが、麻衣だったんだ」
「麻衣さんは、本当にステキな人だと私は思う。私のお母さんが、いつも麻衣さんの話をしてくれた。もっとも私には、麻衣さんのステキさが話を聞いているだけでは分からなかったのよ。特に、話を聞かせてくれるのが母親では、どうしても偏見の目が付きまとてしまうわ」
「俺、麻衣という女性が本当にいたのかどうか、疑問に思うことが何度もあったんだ。あれだけ長い間一緒に暮らしてきて、本当に存在したのかどうかなど、発想すること自体が、ありえないことのように思えてくる」
「ええ、でも、私もあなたの半分以下の人生しか歩んでいないけど、あなたと歩んできた人生に思えるのよ」
「君のお母さんが樹里の生まれ変わりだとすれば、意識が共有したのかも知れない。だけど、それこそ、考えにくい発想。だけど、君のお母さんは信じていたのかも知れないね。だから、お母さんの中で、架空の樹里の人生を作り上げようとした。つまりは、お姉さんはどこか知らないところで生きていて、その人生を自分の人生と重ね合わせようとした。そんな時、麻衣が現れて、樹里のことをいろいろ話してくれる。十分に自分の中に樹里という存在を作り上げることができる。そして生まれたのが君なんだ。記憶というのは、遺伝子に組み込まれているものを引き出すことができないわけではないんだと思う」
「じゃあ、私の意識の半分は、架空のものだということなの?」
「君は、最初に会った時に言ったじゃないか。自分の中にもう一人違う人がいるような気がするってね」
「でも、今から思えば、それがおばさんだったというのは、あまりにも安易な発想すぎて、却って私の中の信憑性に欠けるのよ」
 由梨の発想は、まわりと同じでは嫌だというところがある。天邪鬼にも思えるが、人と同じではない発想だけが頭に残っていくことを自分の特徴だと思っていた。一日の長さが一定しないことがあると思っていたが、死んでからやっと分かった気がした。麻衣という女性が本当に存在したのかどうか、考えている茂だった。
 茂は、今まで自分が生きてきたのは、由梨に出会うためだったのではないかと思うようになっていた。ただ、生きてきた世界、いわゆる現世と言っても、あの世に向かうまでにある一つの段階に過ぎないのではないかとも思う。今由梨といるこの世界だって、現世と言えば言えなくもない。この世界にも「クジラ島」が存在している。
 一つ前の段階で、茂は麻衣と一緒に歩んできた。一緒に歩んできたはずの麻衣ではなく、どうして一緒に死ぬ相手が由梨だったのか、茂は思い出せない。一つだけ思い出すのは、麻衣がじゃんけんをしようとしなかったということである。
「じゃんけんしよう」
 軽い気持ちで言ったわけではない。好きだったはずのじゃんけんを嫌いになった樹里の気持ちを思いながら麻衣に語り掛けたのだ。
「じゃんけんは嫌。ごめんなさい」
 ハッキリと断られてしまった。ここまでハッキリと断られると、理由を訊ねることもできなくなった。
――自分でも理由が分かっていないのかも知れない。ただ、考えられることとしては、樹里にじゃんけんが嫌いになった本当の理由を聞いていて、じゃんけんをしてしまうと、何か大切なものを失ってしまうと思っているのではないだろうか?
 大切なものというと、考えられるものは、「記憶」である。
「私は以前から、いつか記憶を失うんじゃないかって思うことがあるの。ちょっとしたきっかけで、暗示にかかったみたいになってね」
 もちろん、麻衣の妄想だという思いは強かった。だが、麻衣に見つめられると、まんざらその危惧が信憑性のまったくないものではないように思えてならなかった。
「記憶なんて曖昧なものさ。最初にあるものの上に重なり合って出来上がっていくという単純なものではないと思うんだ。だから、余計にキッチリとして雁字搦めな状態では、記憶はすぐにパンクする。それだけに、あまり意識しすぎると、記憶が錯乱して、他からの侵入を許してしまうことにもなりかねない」
 と、茂は麻衣に言った。
「他からって、人の記憶と交錯するということ?」
「一緒にいて話をすれば、その人の意識を理解しようと、思考回路が働くでしょう? 思考回路がもし混乱してしまうと、話をしている人の意識が、自分の記憶として格納されてしまうこともあるかも知れない。そうなると、実際に行ったこともないのに、行ったことがあるような思いを抱くという『デジャブ』も説明がつくんじゃないかな?」
「いろいろな学者が研究し続けていることも、ちょっとした素人の発想が、最後の扉を開いて、研究を完成させることもあるかも知れないということね」
「そういうことだね」
「でも、私は曖昧な記憶であっても大切にしていきたいと思っているの。少なくとも段階を追って積み重ねたものですからね」
 この時に麻衣は確かに「段階」という言葉を使った。茂の考えている死後の世界にある段階と同じものであろうか?
「樹里ちゃんが言っていたんだけどね。海が怖いんだって。それは母親の胎内の中にいた時の羊水の記憶があるからだって言っていたわ。羊水なら怖くないんだけど、本当の水は怖いみたいだったわ」
「それは前世の記憶とのつながりを示唆しているように感じさせられるね」
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次