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墓前に佇む・・・

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 というと、麻衣も意外そうな顔になり、二人して考え込んでしまった。
「お姉ちゃんが、勝ち負けが一気に決まるのが嫌だという理由、今の私には分かる気がするわ。私ももし高校を卒業する頃までなら、そんなことを感じなかったかも知れない。でも、学校を卒業し社会人になると、考えが一気に変わって行ったわ。その中に、勝ち負けに対してというより、決まるタイミングを考えるようになったことがあるの。学生時代まではテストなどで一気に決まって、それがそのまま結果となってしまった。でも社会に出ると、一気に決まることもあるんだけど、それ以上に、その人の価値観の強さが要求されたり、小さな勝ち負けだけではなく、一つ一つの勝ち負けの累積が段階となって大きな勝ち負けに結びついて、結果がいつ出るか分からないということも少なくないの。それだけ難しいということなのかも知れないわね」
「それだけ面白いんだけど、難しさもあるということね」
「そうですね。子供の樹里ちゃんがそこまで本当に分かっていたかどうか、今となってはハッキリと分からないけど、大人になった樹里ちゃんに会ってみたいと思うようになったのは、樹里ちゃんが『じゃんけんが嫌い』と言っていたことを思い出したからだわ」
「でも、子供の頃に優れている人でも、大人になると平凡な考え方しかできない人が多いでしょう?」
「それは、きっと大人になったらまわりや、その他大勢に圧倒されたりするからなのかも知れないわね。大人になればなるほど、一人では生きられないということをいい意味でも悪い意味でも実感するものなのかも知れないわね」
「姉の場合は違うというの?」
「樹里ちゃんは、最初から自分が大人になれない。そして、生き続けることができないことを悟っていたと思うの。だから、私は、敢えてそんな樹里ちゃんが大人になった姿を見てみたいと思うのよ」
「麻衣さんが、姉のことをよく分かってくれているので、姉の存在すらずっと知らなかった私でも、麻衣さんと話をしていると、姉がそばにいてくれるようで嬉しく思います」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
 と言って、二人は一息ついたが、麻衣が思い出したように、
「そういえば、私と一緒に住んでいる茂さんが、以前面白いことを言ったわ。それは、私と樹里ちゃん、そして、敦美さんの三人は、まるでじゃんけんみたいだって言っていたことがありました」
「それはどういうことなんですか?」
「じゃんけんは、三すくみのようになっていて、グーはチョキより強いけど、パーには弱い、パーはグーには強いけど、チョキには弱い。そしてチョキはパーには強いけど、グーには弱いでしょう?」
「……」
「それは三人の力の均衡が取れているということなの。つまりは、三人のうちの誰がグーであっても、チョキであっても、パーであっても同じことなのよね」
「はい、そうですよね」
 敦美は考えながら、相槌を打った。麻衣はそんな敦美を見ながら、してやったりの表情になり、
「三人のうちの一人がいなくなった。ということは、力関係のバランスが崩れたわけだから、一本の線が切れてしまい、見る人が見れば、力関係から、残っている敦美さんと私のどちらがグーチョキパーなのか、分かるというものよね」
「でも、このお話には、最初から無理がありますよね?」
「ええ、そうなの。三人が同じ時間に存在していないという決定的な事実があるのよ。でも、これも考えようで、お互いの力の均衡が破れたことで、誰がどれだったのかを考えようとした時、ふっと我に返ると、樹里ちゃんと敦美さんが同じ世界にいなかったということが大きな意味を持ってくる。これは茂さんの考えなんだけど、もっと発展した考えに基づいて、人間をじゃんけんになぞらえるということ自体が、人に対しての冒涜じゃないかっていうのよね。たとえとして考えるのはまだいいんだけど、力関係に当て嵌めてしまうことは、同じ人間としてしてはいけないことなんじゃないかってね」
 敦美は茂という男性を知らないが、麻衣の話を聞いているだけで、懐の大きな人だと分かってきた。麻衣がその人と生きていこうと考えたのも分からなくないと思えた。
 この時が、麻衣と敦美の最初の出会いだった。

「クジラ島と、くじら島って、声に出せば同じなんだけど、実際はカタカナとひらがなで、まったく違ったものになるの。そう聞くと、違うところに思うでしょう? でも、本当は同じものなの」
 由梨はまるで禅問答でもするかのように語り掛けた。
「知ってるよ。正面から見るのがくじら島、裏から見るのが、クジラ島」
「じゃあ、今私たちが見ているのは、クジラ島の方ね」
「そうだね。でも、まさか君とここで一緒にあの島を見ようとは思わなかったよ。本当は一緒にクジラ島を見るはずの相手は、君のおばさんに当たる樹里だと思っていたからね。でも、樹里はいなかった。そして、ここで一緒に見ているのは、その樹里に生き写しの由梨だった」
「私、あなたと一緒に来れてよかったと思っています。麻衣さんには本当に悪いことをしたと思っているけど、でも、どうして、私はこんな気持ちになってしまったのかしらね。あなたのことが死ぬほど好きだったという意識はなかったのに」
「これもじゃんけんさ。もし、君が樹里に似ていなければ、そして、君のお母さん、敦美さんが、樹里の生まれ変わりだったとすれば、運命は変わっていたかも知れないね」
「私、お母さんに対して、申し訳ないという思いがあるの。そして、私の中には、私の知らない記憶が隠れている気がしてはいたのよ。誰にも言えずに一人で抱えていたんだけど、それを本当に意識させてくれたのが、茂さんだった」
「君が毎朝、お墓参りしているのは知っていたよ。でも、それがまさか、僕のお墓だったとは意外だったね」
「だって、一緒に死のうとして、私は死に切れなかった。でも、あなたが、彷徨っているのを私は知っていたのよ。きっとこの世に未練があるんだろうと思ってね。麻衣さんが言っていたって話してくれたでしょう? 『あの世に行くには、何段階もある』って言うお話」
「君が樹里と同じ病にかかっていたなんて、まさか信じられなかったが、あの病は、現代の科学では治せると聞いたけど?」
「私もそう思っていたの。でも、実際はウイルスの方の発展が早くて、新型にかかってしまったことが、私の運命を決めてしまったの」
「この病は肉体的なものと、精神的なものとがあって、それぞれに段階があるようだね。それにまんまと引っかかってしまったのは、僕だったのかも知れない……」
 しばらく沈黙が続いたが、沈黙を破ったのは、茂だった。
「彷徨っていてよかったよ。そのおかげで、僕も樹里のお墓参りを毎朝できるようになったからね。死んだからと言って、まだまだ段階が浅いので、自分が死んだ感覚がないんだよ。だから、待っていれば、君が来てくれると思っていた」
「私は、あなたと一緒ならどこでもいいの。でも、今の私は中途半端な存在なのよね。もっと段階が進めば、中途半端な私ではなくなるかしら?」
「大丈夫さ。二人で一緒に歩いていこう」
「嬉しいわ。ありがとう」
 そう言って二人は熱く手を握りあった。
「じゃんけんしようか?」
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次