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墓前に佇む・・・

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 ということである。それもまわりに隠れるようにして、毎日欠かさずの墓参りである。茂にも、他の誰にも由梨の心根は分からなかった。
 隠れて墓参りをしているのを、由梨は誰も死rないと思っていたようだが、もし、そのことを知っている人が敦美であれば、他に誰も知る人はいないだろう。しかし、逆に敦美以外の誰かが知ったのだとすれば、由梨が墓参りをしていることを知る人は、全員となるに違いない。
――松倉家で、敦美だけ別の存在なのだ――
 と茂は感じていた。
 それは樹里に対してだけのことでなく、敦美だけが、他の人たちと一線を画そうという意識を持っているからだ。
「私は樹里の生まれ変わりではないだろうか?」
 という思いであったり、
「私の中に流れている血は、誰よりも松倉家の本質に近く、そのせいで、由梨が姉に生き写しで生まれ変わったんだわ」
 という、どんなに自分が松倉家の旧家としての運命から逃れようとしても逃れることができないという「呪縛」が存在しているのかも知れない。その呪縛は、誰から教わったものでもなく、事実として目の当たりにしてしまったことで、拭い去れるものではない。特に自分が何事も客観的に見る性格であったとすれば、余計に辛く悲しい運命を感じさせられる。
 由梨はそんな敦美から生まれた。敦美は由梨を見て、自分の辛く悲しい運命を思い知らされたのだろうが、潜在意識としては当然どこかに持っていたに違いない。だが、敦美はそれまで自分の姉である樹里を見たことがない。仏壇に遺影を飾っているわけではない。それはまだ両親が樹里の死を信じられないからなのか、それとも、死んだのかどうなのか分からない人の遺影を仏壇に飾ることは厳禁だと思ったのか、さすがに葬儀の時だけは姉の遺影を飾ったらしいが、まだ生まれてきてもいない敦美に確認できるはずもない。
 だが、敦美は由梨が生まれてからその顔を見た時、
「私、初めて子供を産んだのに」
 と、まるで初産ではなかったかのような不思議な感覚があったのだが、それも出産という一大イベントの前ですぐに打ち消されたことで、忘れていた。数年経って、姉の存在を知らされ、そして、その姉に由梨がソックリであるということの両方を知らされたことで、
――どうして、もっと早く教えてくれなかったんだろう?
 と、ちょうどその時、生まれて初めて陥った鬱状態に戸惑いを隠せない中、鬱状態の理由に考えた姉の存在という事実を知らされていなかったことを、恨みに思う敦美だったのだ。
 敦美は、母親(由梨にとっては祖母)に問い詰めたことがあった。
「どうして、姉の存在を隠す必要があったの?」
 最初は、ハッキリと教えてはくれなかった。それでも何度となくしつこく話を聞いてみると、
「あの時は、本当は誘拐などではなかったんだよ」
「それはどういうことなの?」
「お姉ちゃんは病気だったんだ。それをお姉ちゃんに知らせるには、まだ幼くて、しかもこの田舎では、その病気は伝染病のように昔から伝えられていて、まわりの人には知られるわけにはいかなかった。お姉ちゃんは、昔から伝わる、いわゆる「数百年に一度」と言われるような病気で、以前その病気が発症した時、この田舎町で半分近くの人たちが被害に遭った。このまま人に知られては、どうなるか分からないほどのパニックに陥る。そこで考えられたのが、誘拐というシナリオだったんだよ。いろいろ調べてもらったら、すぐには死ぬことはなく、きちんとした施設で治療すれば、現代の医学では治せるということだった。そこで、誘拐してもらう人をお金で雇い、そして、お姉ちゃんをここから一番近く、そして奇病を密かに治してくれる施設に預けることにした。幸い、それほど遠いところにあるわけではなかったので、すぐさま計画が立案されて、実行されたというわけなんだよ」
「その場所というのは?」
「信じられないくらい近いところで、ほら、ここの墓地がある小高い丘に昇れば見えるだろう。くじら島のことなんだよ」
「えっ? あのくじら島?」
「そうなんだよ。今はあそこには施設は残っていないけど、あの頃には確かにあそこにサナトリウムがあった」
 母親から聞かされた内容は、かなりショッキングなことだった。敦美が生まれてからですら十数年が経っているんだ。さらに姉が行方不明になったとされる時期はそこからさらに遡ることになる。それを考えると、敦美にとっては気が遠くなるほどの昔のことに違いないが、母親にしろ、当時の事件に関わった人から思えば、まだ、あの頃の自分の役割に「時効」は迎えていないことだろう。
 ひょっとすると、「時効」などという言葉は当てはまらないだろうし、そのことはそれぞれ皆自覚しながら、重い荷物を背負って、ここまで生きてきたのかも知れない。それを思うと敦美は、
――いくら知りたかったこととはいえ、聞いてしまったことを後悔するなんて――
 と感じた。
 それは自分も、同じように聞いてしまった瞬間から、同じ十字架を背負いながら生きていかなければならないと感じたからだ。それは、昔から続く旧家の宿命であり、このまままわりを欺いて生きていかなければいけないのかと思ったことが、一番のショックとなって、心の中に残って行った。
 敦美は、姉が誘拐されたわけではなく、親も承認しているところに「遊びに出かけた」という感覚だったに違いない。敦美には姉が苦しんでいたわけではないということだけが安心できることだった。
 そういえば、母の話の中で、
「あなたのお姉さんは、じゃんけんが好きだったのよ。いつも何かをする時にはじゃんけんをしていたわ。『じゃんけんなんかしなくても、大丈夫よ』と言っても、あの子は『いいのよ、私がじゃんけんするのが好きなだけだから』と言って、他の人もじゃんけんに巻き込んでいったわ。お母さんはね、今から思えば、それがあの子のコミュニケーションの取り方だったんだって思うのよ。あの子は勝ち負けをしっかりつけるのが嫌いな性格だった。本当であれば、じゃんけんが好きではない性格だったんだって思うんだけど、あの子の本心って、どこにあったのかなって感じるのよね」
 今まで、姉のことを話すのがタブーだとされていたのだろう。
 しかし、そのうちに敦美が次第に大人になっていくにしたがって、樹里のことを知りたがるようになる。その時は、ある程度の年齢が過ぎると、話をしてあげなければいけないということになっていたのではないだろうか。
 話をするのは、その時に聞かれた人で、それぞれの意見を述べていいことにしていた。それだけ姉の事件が起こってから、時間が経っていることになるだろう。
 ただ、確率的に一番考えられるのは母親だった。母親は最初から話すことを決めていたのかも知れないが、敦美に話をした内容が、最初から決めていたことだとは言いにくい。きっと、まったく違っているのかも知れない。それは、母親にしか知る由のないことで、敦美が納得できることなのかどうなのか、今となっては分からない。

 敦美は高校を卒業するとすぐ、都会の会社に就職した。田舎を出て行くことを親は反対するかと思ったが、別に反対されることもなかった。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次