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墓前に佇む・・・

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 茂が父親に逆らったのは、父親が母親に手を挙げるのを見てしまったからだ。今までどんなことがあっても、母親に手を挙げることがなかった父が母を殴ったのだ。一瞬身体が固まってしまい、その場から逃げ出したい気分になった茂だったが、気が付けば、自分から父親に掴みかかっていた。両手を広げて、母親に殴りかかる父親を制するようにして、一瞬の隙をついて、掴みかかった。
 いくつもの段階があって掴みかかったはずなのに、記憶が断片的にしか残っていないので、すべてが繋がらない。繋がらない記憶は意識を形成することができず。気が付けば掴みかかっていた。
 そのことを大人になった茂は意識できるようになっていた。麻衣が茂に、
「死んだらどうなると思う?」
 という話をした時、麻衣の考えとして、
「あの世に行くまでに、いくつかの段階があるのよ」
 と言っていた。
 麻衣の口からその言葉を聞いた時、茂は何かを思い出したような気がしていたが、それが、父親に掴みかかった時のことであったのだ。その時、漠然としていたのは、麻衣の話があまりにも突飛過ぎて、発想がついていかなかったことが一番の原因であるが、子供の頃の記憶の中でも忘れてしまいたいと感じている、自分の中での「汚点」だったからだ。
「いい子ちゃん」としての意識があったわけではないが、父親に逆らわないというのは、茂の中では子供の頃の自分の誠実性の証だとして意識しておきたいことだった。たった一度逆らったことで、そのすべてを打ち消すだけの勇気が茂にはなかったのだ。
 その日は茂も父親も、そして、茂が知らないところで、何かのリズムが崩れ始めた時だったのかも知れない。リズムというよりはバランスである。バランスということを意識すると、どうしても、じゃんけんを思い出す。
 樹里が麻衣に話したというじゃんけんの話、茂の中でも樹里とのじゃんけんは忘れられない記憶として残っている。じゃんけんのバランスが崩れたその日、逆らったことのない父親に逆らい、自分の意識の中で、
――段階を飛び越す――
 という意識が流れていた。
 感覚がマヒしたという表現がピッタリなのかも知れない。
 樹里がいなくなったのは、それからすぐだった。最後に樹里の姿を見たのは自分だという意識があり、まわりから特に警察からいろいろ聞かれたことで、少年の中の誠実な気持ちが歪んでしまい、バランスが崩れた時の意識が、まるで別の世界のことであったかのように意識の中に残ってしまった。
 樹里がいなくなって、残ってしまった茂の中の狂ったバランスによる不安定な自意識と、まわりとの関係に崩れてしまったと感じるバランス、そのどちらも本当は同じ土俵で見つめなければいけないのに、違う次元でしか見れなくなっていたのだ。
 違う次元でしか見ることのできなくなってしまった茂にとって、麻衣が現れるまでは、抜け殻のような毎日だった。何を目標に生きているわけでもない。ただ、薄らと誰か救ってくれる人が現れるのではないかという他力本願があっただけだ。しかも他力本願など自分の望むところではないという下手なプライドが邪魔したことで、時々襲ってくる鬱状態がトラウマとして残ったことを、頭の中で表現させる時間を作り上げることに、一役買ってしまったのだ。
 茂は、麻衣に聞かれた松倉家の関係を今まで意識したことがなかった。しかし、樹里とのバランスが崩れた時、思わず一歩後ずさりした気分になった。そして、樹里を再度見つめようとすると、その後ろに松倉家という大きな半円が樹里を包んでいるのを感じた。
 それまでは樹里のことしか見えていなかったはずなのに、松倉家を意識してしまったことで、今度は、樹里という存在が松倉家から浮き上がってくるのを感じていた。
――それがまさか、樹里がいなくなる前兆として感じていたことだなんて……
 と、樹里がいなくなっても、茂にとって松倉家は忘れることのできない存在であることを思い知らされた。
 茂は、松倉家に敦美が生まれてことを知って、最初は、
――樹里の生まれ変わりなんだ――
 と、松倉家の人が感じたことと同じことを感じていた。
 だが、敦美がどうしても樹里の生まれ変わりには感じなかった。なぜなら茂の考え方として、
「人が生まれ変わるには、それなりに時間と段階が必要なんだ」
 という思いがあったからだ。
 この思いは、ある意味現実的であった。
 小説やドラマなどでは、一人の人が息を引き取った瞬間、どこかで生まれた人が、その人の生まれ変わりだということでドラマチックさを演出している場面があるが、茂としては、あまりにも都合がいいと思っている。
 ただ、人が生まれ変わるということに関しては、真剣に信じているのも事実である。ただ、誰かが死んだ瞬間にその人に生まれ変わるというのは、信憑性に欠けると思っていたが、その理由を自分でも分からないでいた。どこかに何か一つ歯車が欠けているような気がしたからだ。それを埋めてくれたのが、麻衣の話だった。
「いくつかの段階」
 違う次元に時系列はあまり関係ないと思っているが、「段階」という形で違う世界が広がっているのであれば、そこには時系列が存在する。ただし、この世界で感じている時系列ではなく、
――この世と、あの世を繋ぐトンネルのようなものがあるとすれば、トンネル内にある時系列は特殊な形で繋がっているんだ――
 と思っている。
 茂が松倉家の意識を深めるようになってから、麻衣は茂を避けるようになっていた。
「私、ここにいていいのかしら?」
 と、今までにはありえなかった言葉を麻衣が発した。
「何言ってるんだよ。麻衣は僕のものじゃないか」
 茂は、思わず麻衣のことを、
「自分のものだ」
 という表現をした。人を独占することなど今までしたことがない。
 茂は一人っ子だった。兄弟で何かを争うこともなく、争奪戦など、考えたこともなかった。そのため、何でもすべて与えられるものは、
「自分のもの」
 だったのだ。
「ありがとう、茂さん。私を自分のものだって言ってくれた人、あなただけなの。私は茂さんは最初からそう言ってくれることを望んでここに来たのよ。確かに樹里のことを伝えなければいけないという使命もあったんだけど、家を出てまでここに来たのは、あなたに、私を『自分のものだ』って言ってほしかったからなの。これで私は長年の想いを達成できたのね」
「そんな大げさな」
 と、茂は口では言いながら、じっと麻衣の顔を見つめている。麻衣のことを自分のものだと言い、独占したいという気持ちを持っていながらも、決して主従関係や、上下関係はないということを、自分の中に言い聞かせていた。
 その思いが茂になければ、麻衣のような女性が自分などに、
「自分のもの」
 と言われて、
「ありがとう」
 と、心からお礼が言えるはずもないだろう。
 茂は麻衣を愛おしいと思っている。それは女性としての愛おしさはもちろんのこと、それ以外に何かを感じた。
――そうだ、母親に感じたことだ――
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次