小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

墓前に佇む・・・

INDEX|26ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

 と思うことで、それまで分からなかったことが、分かってくる気がした。それは、樹里とは正反対であり、樹里の場合は、分かるように話をしてくれても、その時には分からない。ただ、時期がくれば分かるようになっていて、その時期も樹里は自分で分かっていたのではないかと思うのは買い被りだろうか? しかし、それを証明する術はもうない。樹里はすでにこの世にいないのだから……。
 一体、どこを彷徨っているというのだろう? 樹里の話では、あの世に行くまでには何段階も越えなければいけないという。それは未練をこの世に残した人が彷徨うという発想とは違っていた。未練を残している人がこの世を彷徨うという発想を聞いたのは、樹里から話を聞いてからかなり経ってからのことだった。
 麻衣は、もう一つ樹里の話していたことを思い出した。
「私、本当は海が怖いの」
「どうしてなの?」
「水が怖いの」
「何か、怖い目に遭ったとか?」
「そうじゃないの。私はどうやらお母さんの身体の中にいた時の記憶が残っているらしいの。水の中に浸かっているんだけど、その時、私は目を開けていたみたいなの。水の中なのにおかしいでしょう? 真っ赤な色なんだけど、何かが流れているのが分かるの。そして自分の目も、その流れている方向を見つめているのよね。最初は、そんな記憶はなかったんだけど、私がこのことを話すと、まわりの人が急に慌ただしくなって、急に病院に連れて行かれて、嫌なこと、いっぱいされたの」
 ひょっとすると、樹里がまわりの人を嫌になった時があったとすれば、この時だったのかも知れない。それを麻衣の育ての親が見るに見かねて、少しの間預かる気になったのかも知れない。
 ただ、あの優しい育ての親が、樹里の本当の親が心配していることに対して、罪悪感を感じなかったのが不思議でならない。そこにも何か理由があるのかも知れない。
「私ね。家ではいつも贔屓の外だったのよ。私がこんな夢を見るというと、家族はきっと私がおかしくなったと思ったのよね。ひょっとすると、このまま施設にでも放り込んでしまえばいいと思ったのかも知れない」
「そんな親っているのかしら?」
「だって、そうじゃなかったら、私がいくら嫌だと言っても、相手の親に話すことくらいはするでしょう? それをしないということは、私の気持ちを分かってくれた証拠なのよ」
「ひょっとして、樹里ちゃんの限られた命のことも知っていたのかしら?」
「それは知らなかったと思うわ。知っているなら、私を連れ戻さないまでも、私を誘拐したと思っている人をもっと真剣に探して、何か因縁をつけるでしょうからね」
 これが八歳の女の子の発想であろうか? よほど今までロクな目に遭っていない証拠である。
――だからこそ、母親の胎内にいた頃の記憶だけが残っているんだわ。樹里ちゃんにとっての唯一の救いなのね――
 と感じた。
 麻衣は今の松倉家の様子を、時々見に行っているので分かっているつもりだ。樹里が話したこととはかなり隔たりがある。今から思えば、樹里の思い過ごしであったり、被害妄想が激しかったのではないかと思うほどだった。
――いや、あの時、樹里ちゃんが行方不明になったことで、狂ってしまっていた歯車が元に戻ったという考え方もできるかも知れない――
 と感じた。
 松倉家を意識しているのは、麻衣ではなかった。麻衣には隠していたのだが、茂が一番気にしていた。
――茂さんが意識していたのは、樹里ちゃんではなく、松倉家という大きな普通ではない家庭だったのかも知れない――
 と思うようになってきたが、なぜそこまで茂が松倉家に入れ込むのか、分からなかった。
 一度、聞いてみたことがある。
「あなたは、樹里ちゃんの思い出というより、松倉家に何か特別な意識でもあるの?」
 すると、それまで見せたこともないような表情で、茂は麻衣を見つめた。何とも言えない表情を見て、麻衣はハッとしたが、
――この人、自分でも気付いていなかったんだわ――
 と思った。そして、その時の茂の表情は、初めてみるものではないという感覚にも襲われた。
――いや、確かに茂さんに対しては初めて見る感覚に違いないわ――
 と思うと、いつ見たのかと言われると、相当記憶が遡っていくのが分かる。
――そうだ、あれば、樹里だった――
 茂が知っている限られた時間、一緒にいた樹里が見せた表情だった。忘れられない顔だと思っていたはずなのに、忘れてしまっていたようだ。それだけ、覚えておきたくないという本能が働いたに違いない。
 茂は、一度父親に逆らったことがあった。それまで親に逆らうことんどなかった茂だったが、その時は納得行かない感覚があったのだ。
――今までパーばかり出していた樹里が、初めてグーを出した――
 樹里は茂には逆らえないと思っていたふしがあった。それはじゃんけんをしても、いつもパーばかり出していたからだ。いつもチョキばかり出す茂に勝てるわけはなかったわけだが、茂がチョキを出すのは樹里に勝ちたいと思っているからではなく、本能からだった。それはきっと樹里も同じで、負けても悔しそうな表情を浮かべることもなく、却って安堵の表情を浮かべる樹里を見て、微笑ましく思えた茂だった。
 その日、初めてグーを出した樹里は、茂に勝ったわけだが、その表情は不安に包まれていた。自分がグーを出してしまったことが無意識の行動で、普段とは違った行動に出てしまったことへの不安が募ったのか、それとも、茂に勝ってしまったことで、大きなバランスが崩れてしまったことへの不安があったのか、どちらにしても、根底に潜むものは同じなのかも知れない。
 何か納得がいかず、その日家に帰ると、父親が珍しくお酒を呑んで帰ってきていた。父親は、ほとんどお酒が呑めない。少し呑んだだけでも気持ち悪くなると言って、口にしなかった。だから、家にはお酒は一切置いていない。どこで呑んできたのか、母親もそんな父親にしたがっていた。いや、二人は似た者夫婦に思えた。それは自分と樹里との関係に似ているとその頃は思っていたが、今から思えば茂の頭の中の考えは、
――似た者同士というのは、別にすべて同じ考えでなければいけないわけではない。特に立場関係も対等である必要はない。むしろどちらかに従うような関係の方がうまくいっているように見える。両親がそんな関係なのかも知れないな――
 と思っていた。
 そういう意味ではじゃんけんで、決してあいこを出すことがなく、いつもグーとチョキで茂が勝つという構図は、お互いが似た者同士であることの証明だと思っていた。じゃんけんでの勝ち負けがそのままお互いの上下関係や主従関係に当たるわけではないからだ。
 だが、本当だろうか?
 茂の中では無意識に樹里に対して主従関係を見ていたのではないかと思えていた。それはじゃんけんに限ったことではない。意識の中に男女関係で男が上だという意識が働いていたからなのかも知れない。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次