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墓前に佇む・・・

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 それは思ったことを話したいという気持ちがあったのも事実で、それを樹里が悟ってくれたのではないかと麻衣は感じた。それだけ、樹里の目はまっすぐに麻衣の眼を見つめていたのだ。
「私は、肉体と魂が離れて、魂はあの世というところに行くんだと思う。天国とか地獄とかいろいろ言われているけど、私にはそこから先のことは分からないし、今は考えたくないと思っているの」
「それが普通の考え方なんでしょうね。でも、私は死んだら、魂だけになって、そのまましばらくは現世を彷徨うと思うの。何かを見つけない限り、そこから先にはいけないという意識があるのね」
「何かというのは?」
「それは人それぞれでしょうね。未練がある人は、その未練を自分で納得できて初めて先に進めるんじゃないかって思うの。皆が考えている死んでからのことには、いくつかの段階があるように思うのね」
 考えたこともないことだった。少し頭を整理して考えていたが、樹里が続けた。
「さっきの麻衣ちゃんの考え方は、きっと誰もが持っているものだって思うんだけど、結局それは、この世に生きている人の側からしか見ていないものでしょう? もちろん、それで当たり前のことなんだけど、それだけでは納得できないことがあると思うの。だから私は向こう側に立ったつもりで考えてみたのよ。もちろん、それが正解だなんておこがましいことは思っていないわ。だけど、覚悟をすれば、見えてくるものがあったのよ」
 樹里は、いつになく興奮しているようだった。元々物静かな性格なので、
――こんなに熱く語るんだ――
 と思ったほどで、少しビックリさせられた。
「覚悟」という言葉は、人をここまで変えるものなのかと思ったが、自分も覚悟を決めなければいけない時、何を考えるのか、気になってきた。
 今の言葉を思い出すのはまず間違いないだろう。年齢から言っても、これから幾度となく人の死に立ち合うことになるはず。その時に何を感じるのか、いろいろ想像を巡らせてみた。
 いろいろと考えてみたが、その時は思いつかなかった。しかし、今となってみれば分かってきたことがある。
――樹里ちゃんは、自分が覚悟しているから見えてきたように言っていたけど、覚悟しても見えないことがあるから、死んでから、段階があるのではないかという気持ちになったのかも知れないわ――
 麻衣は自分に死期が近いのかどうか分からないが、樹里のいなくなってからであれば、子供の頃であっても、もし樹里が言った内容を思い出そうとすると、今と同じ発想ができたのではないかと思うようになった。
 麻衣は樹里と話をしたのは、その時が最後となった。樹里の中の爆弾が爆発したのだが白髪を見た人は誰もいなかった。
「動物は、好きな人に自分の死ぬところを見られたくないっていうわ。死期に気付くと、自ら身を引いて、誰も知らないところで人知れず息を引き取るっていうらしいの」
 まさしくこの言葉通り、樹里は人知れず息を引き取った。麻衣の中に一生消えないだけの印象を残しながら、その死は謎に包まれていた。それだけに、余計に麻衣には樹里の一言一言が重くのしかかってくることもあった。
 家を出て、茂のところに来るという、一見暴挙に似た行動を取ったのも、麻衣にとっては、暴挙でもなかった。
――私にとっては、死に至るまでのステップの一つなんだわ――
 死に至るまでにステップが存在するという意識は、実は麻衣の両親にもあった。麻衣が知らないだけで、両親は麻衣がいなくなったことを最初不安で仕方がなかったが、向かった先が、樹里の気に掛けていた男性である茂のところだということを知ると、無下に帰ってくることを勧告することはしなかった。麻衣も両親がどこまで理解してくれているのかハッキリと分からなかったが、
――私にとっていいことだと思ってくれていることには反対しない両親だったから――
 という理屈を自分の中で理解していた麻衣は、両親に対して前に樹里から聞いたということで、
「死んだらどうなるか」
 という命題に対しての話を聞かせたことがあった。
 普通であれば、
「死後の世界のことなんか今考えなくてもいいの」
 と一蹴されても仕方がないことだったが、樹里から聞いた話だということからなのか、それとも娘の真剣な面持ちに圧倒されたのか、話の腰を折るようなことはしなかった。
「樹里ちゃんが、そんなことを言っていたのね」
 と母親はそれを聞くと、少し考え込んでしまった。
「でも、死というものを正面から考えることのできる人間には、誰から教えられたわけでもない自分なりの考えが芽生えることがあっても不思議はないんだよ」
 と、父親は麻衣に話した。
 麻衣は少し考えていたが、父親は続ける。
「樹里ちゃんの話は、確かに考え方としては存在するものなんだけど、幼少の頃よりクジラ島のサナトリウムで暮らすようになってから、限られた情報の中で、そんなことを知ることは不可能なんだ。だから、樹里ちゃんが自分の中で考えて、しっかりと整理した上でお前に話したんだと思う。あの娘は、根拠や信憑性のない話を迂闊に口にする性格ではないからね」
「お父さんは、樹里ちゃんのことがよく分かるんだね?」
「それはそうさ、私は樹里ちゃんとも少しの間ではあったけど、子供のように思って見つめていたんだ。特に短い間だという意識が強かったから、樹里ちゃんに対しては特別な気持ちを持っているんだよ。だからといって、麻衣に対して、気持ちや考え方をおろそかにしているわけではないからね」
 この言葉は、麻衣が家を出てから最初に思い出した言葉だった。
「私を育ててくれた両親は、実の両親とは比べ物にならないくらい私のことを分かってくれているのよ。血のつながりなんて何さって、私は今ではそう思っているわ」
 と、両親の話をした時、茂にそう告げていた。
 それに対して、大きく頷いたが、肯定も否定もしなかったが、麻衣はその態度を見て、茂が肯定したものだと思い込んでいた。しかし、彼は麻衣に対して中途半端なリアクションをしたことはない。この時も中途半端に見えたが、賛成も反対もない。麻衣の意見を尊重するという気持ちを表すために、大きく頷いたのだ。賛成も反対もないというのは、決して中途半端で曖昧な回答ではないことを、その時の茂は示してくれて、麻衣もその仕草に感じるものがあったのだ。
 そういえば、茂は樹里のことを本気で心配していたようだが、それは恋愛感情からではない。幼い頃の記憶だと言っても、そこから恋愛感情に結びつくことはないと麻衣は感じている。茂のことを愛してしまい、茂も麻衣を愛してくれている今となって、初めて茂の気持ちが分かるようになってきた。
――樹里ちゃんは、ひょっとすると、茂さんの妹なのかも知れないわ――
 唐突で、他の人に話しをすれば、それこそ鼻で笑われて、話を一蹴されるに違いない。――この人の、隠し事をしないところ、開放的な性格に、果てしない大きさと度量を感じさせられる――
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次