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墓前に佇む・・・

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 樹里が運命という言葉に敏感だったのは、分かっていた気がする。それは自分の中に「覚悟」というものを持たなければいけないという運命を感じていたからなのかも知れない。確かに人は誰でも死を迎える。しかし、死というものが確定しているとしても、死に直面しながら生きている人は少ないだろう。戦国時代や戦時中のような時代であればいざ知らず、今の世の中では死を意識して生きることは、後退を意味しているように思うからだ。
 ただ、樹里が死ぬ間際、茂に会いたいという思いを抱いていたことを麻衣は知っている。樹里がくじら島のサナトリウムに入ってからしばらくは音信不通のようになっていたが、樹里が亡くなる少し前、樹里が死を覚悟したのではないかと思われる時期、麻衣には樹里のことが急に気になった。
「樹里ちゃんは、サナトリウムにいるの?」
 とお母さんに聞いた時、
「ええ、そうよ。元気にしているわ」
 これと言って、不自然さを感じさせない返答だった。樹里の身には実際にまだ異変は起こっていない証拠だった。
「樹里ちゃんに会いたいんだけど」
 というと、
「いいわよ、今度のお休みにでも遭っていらっしゃい」
 と言ってくれた。
 樹里も麻衣も年齢的には中学生になっている。麻衣は普通に中学に通っているが、麻衣はずっとサナトリウムの中にいる。
 休みになるまでが待ち遠しかった。今までご無沙汰していた友達に久しぶりに会える感覚は嬉しかった。本当に麻衣とすれば、純粋に嬉しかったのだ。
 前の日にはなかなか寝付けないくらいだった。遠足の前の日に、気分が高ぶってしまってなかなか眠れないことがあるが、それと似た感覚だった。
 樹里には、麻衣が訪ねてくるのは聞かされていたようで、
「来てくれたんだね? 嬉しいわ」
 数年ぶりに遭った樹里だったが、驚いたことに、身体は成長していたが、顔は幼いままだった。しかし、なぜか違和感がない。中学生になった自分と同級生と言われても疑う余地のないほど、表情はしっかりしていた。「落ち着き」を感じさせられるのだ。
 ということは、幼女だった頃の樹里の面持ちが、中学生といっても違和感のないほどだったということであろうか? 落ち着きのある顔だとは思っていたが、そこまで大人びてはいなかった。
 樹里は大人びた顔の中に、ベースとして幼さが見え隠れした表情を浮かべることのできる女の子だったに違いない。
 話も突飛なことが多かったが、今から思えば、樹里の話はいちいち納得させられる。当時の八歳という年齢では理解できないことも、今では十分に理解できる。いや、もし樹里と面と向かっての話でなければ、大人になっても理解できるものではないだろう。樹里を知らない人に話しをしても、誰も信じないことだったに違いない。
「私、麻衣ちゃんが来てくれる夢を最近見たの。この夢はちゃんと忘れることなく覚えていたわ」
「夢って、忘れてしまうものだものね」
「でも、不思議よね。同じ夢であれば覚えていることが多いのよ。それだけ意識が強かったということなんでしょうけど、どれだけなのかしらね?」
「他に何があるの?」
「その時出てきた人も自分と同じ夢を見ているんじゃないかって思うことがあるの。だから、私は麻衣ちゃんが訪ねてくるって聞いた時、麻衣ちゃんも同じ夢を見たんじゃないかって思ったのよ」
 樹里の話を聞いて、麻衣は考え込んでしまった。
 確かに樹里の言う通り、見たのかも知れないが、そのことを麻衣の中で自覚していない。樹里に会いたいと思ったのは決して夢に見たからではない。逆に会いたいと思った感情を、夢を見たからだということだけで片づけてしまいたくないという気持ちもあった。
「私はハッキリと覚えていないんだけど。樹里ちゃんと会いたいと思ったのは間違いないの。夢を見たからだったのかも知れないけど、意識としては、夢ではないような気がするわ」
「それでいいのよ」
「どういうこと?」
「それだけ麻衣ちゃんが、私に会いたいと思ってくれたことを一過性のものだとして片づけたくはないということでしょう? 私もそれを感じるから嬉しく思うのよ。でもね、夢というのが、現実の意識と切り離して考えているからなんでしょうね。特に私は身体に爆弾を抱えているから、私に会いたいと思ってくれた時、一緒に嫌な予感のようなものが走ったのかも知れないって、私は思ったわ」
 まさしくその通りだった。樹里はそこまで分かっている。ひょっとすると、樹里のいうところの、
「同じ夢を見ている」
 という発想は、間違っていないのかも知れない。それを、
「夢の共有」
 という言葉で表現すれば、麻衣も樹里の話を納得できるのではないかと思ったが、やはり、心のどこかで
「覚悟はいい?」
 と自分に言い聞かせているように思えてならなかった。
 樹里は、なかなか覚悟という言葉を発しない。とっくに麻衣が自覚していることは分かっているはずだと思っているのに、それ以上に、今の時間を大切にしているように思えた。それだけ樹里には覚悟が定まっていて、実際に現実味を帯びてきたという証拠ではないかと思った。
「じゃんけんの話をしたの覚えてる?」
「覚えているわ。理屈っぽい話なのに、なぜか自然に受け入れることができた最初の話だったので、私には印象深いお話なの」
「そうね、八歳の女の子がするお話ではなかったのかも知れないわね。でも最近、私はその考え方が少し変わってきているように感じるの」
 樹里はおもむろに話し始めた。
「どういう風になの?」
「同じ直線で、まったく同じ方向に向いているのなら、絶対に交わることがないでしょう?」
「平行線のこと?」
「そう。じゃんけんもそれに似ているんじゃないかって思うの。同じものを出せばあいこになるでしょう。それを永遠に続けられる相性というものが、本当は存在するんじゃないかって思うの。私はじゃんけんというと、必ず雌雄を決するものだって思っていたんだけど、もし、永遠に続く平行線のようなものがあったとすれば、それは永遠に朽ちることのない命にも繋がるものではないかって思うのよ」
「その発想は、私にとっては想像もつかないことだわ。壮大過ぎて」
「そうかも知れないわね。でも、今の私はそう思えることが、これからの覚悟に繋がると思っているのよ」
 初めて樹里の口から「覚悟」という言葉が聞かれた。
――来たわ――
 麻衣も分かってはいたことではあるが、改まって樹里の口から発せられた言葉を聞くと、震えが止まらなくなる自分を感じた。
「動物が死を悟る時の話もしたわよね?」
「ええ」
 どんどん、死に向かっての話になっていくことに、麻衣の感覚は半分マヒしてしまっていた。完全に主導権は樹里に握られていた。
「人間だって動物なんだから、きっと思いは同じなのかも知れないわ。麻衣ちゃんは死んだらどうなると思う?」
 いきなり難しい話だが、麻衣には麻衣の考えがあった。それを今素直に樹里に話していいものか考えたが、下手にはぐらかすことは却って樹里を冒涜する気がしたので、思ったことを話そうと思った。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次