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墓前に佇む・・・

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「私はじゃんけんって嫌いなの。必ず勝ち負けを決めなければいけないでしょう? あいこはあっても、必ず雌雄を決する時はやってくるものね」
 麻衣には、樹里が何を言いたいのか分からなかった。
「グー、チョキ、パーと、三種類の組み合わせで、勝ち負けを決定するのよね。しかも、グーはチョキより強いけど、パーには弱い、チョキはパーには強いけど、グーには弱い。そして、パーはグーには強いけど、チョキには弱い。本当にうまくできているわね。これを三すくみっていうらしいのよ」
 麻衣は樹里の顔を見ていると怖くなってきた。そして、幼少の自分が話をしているのは、同い年くらいの女の子ではなく、成長した大人の女性と話をしているように思えてきた。すると、樹里が大人であれば、大人の樹里が、対等に話をしているのは大人の自分。麻衣はその時、自分が大人になり、大人の樹里と話をしているように思えていた。
 それでも麻衣には樹里が何を言いたいのか、分かるはずもない。話の内容は子供の話題であるじゃんけんという遊びである。それを理論的に話そうとしている樹里を見ていると、恐ろしく感じたのだ、
 樹里は話を続ける。
「こうやって考えれば、遊びとしてはよくできているでしょう? でも、それだけ単純でもある。人間の思考の中で十分に相手を研究すれば、勝ち続けることだってできないはずはないでしょう?」
「何が言いたいの?」
「大人の世界というのは、皆じゃんけん遊びのようなものじゃないかって思うの。確かに先祖からの人が築き上げてきた世界が秩序を持っているからなんでしょうけど、よくできた世界だからこそ、入り組んでいることでも、考え方によってはじゃんけんのように、数種類に分類できるんじゃないかって思うのね。だったら、少し頭のいい人が現れれば、その人が一人勝ちってこともできるんじゃないかって思うの。そう思うと、世の中面白いのか、つまらないのか分からなくなってくるわよね」
 麻衣は樹里の話を聞いていて、ゾッとした。それまでは、本当に純粋な子供だとばかり思っていたのに、その日だけは話が大人以外の何者でもなかった。
 その時が樹里の姿を見た最後だった。今生の別れになってしまったわけだが、麻衣にはそのことが分かっていたような気がした。
 これから樹里が大人になっていく過程を一気に飛び越えて、樹里が大人になれば、どんな思考になるのかということを、時空を超える形で垣間見たのだ。
 それにしても、じゃんけんの話になるとは、麻衣もビックリだった。
 麻衣にとって、樹里との会話はその話だけで十分すぎるくらいだった。まだまだ自分より子供だと思っていた樹里に一体何があったというのだろう? 次の日になると、麻衣の前から姿を消した樹里。親に聞いてみると、
「樹里ちゃんは、親の元に帰ったわよ」
 と、言われて、その言葉を最初はそのまま信じてしまった自分が恥かしく感じるほどだった。
 しかし実際には家に帰ったわけではない。くじら島で過ごしていたのだ。それも死ぬまでである。
 樹里が死んだのは、樹里がここに来てちょうど七年目、樹里の家庭で樹里が死んだことになり、葬儀を終えてしばらくしてからのことだった。その時、樹里の死に顔は、実に安らかだったという。
 後になって親から聞かされた話としては、
「樹里ちゃんは、もう自分が長くは生きられないことを知っていたんだ。もしあのまま親元にいれば、三年と生きられなかっただろう。それを七年も生きたんだから、くじら島に住まわせて、本当によかったと私は思う。親に対しては、申し訳ないという思いでいっぱいなんだけどね。これも仕方がないことだよ」
 それこそ、究極の選択だったに違いない。麻衣にとって、親の取った行動を責めることはできるはずもない。ただ、樹里が死んだ時のことを、いずれは樹里に関わった人に話しをしなければいけないと思っていた。
 樹里が麻衣と一緒にいる時、よく話をしていたのが、大久保茂だった。
「茂君は、本当に優しいのよ」
 子供同士の優しさは、どこまでの信憑性があるのか分からないが、樹里の口からは、茂の話しか出てこない。次第に麻衣には、茂のことが頭から離れなくなってしまっていた。
「茂さんって、どんな人なのかしら?」
 子供心に茂を思い浮かべてみた。思い浮かんだのは、同い年だと聞いていたが、高校生くらいのお兄さんのイメージだった。
 由梨を見て、樹里を思い出したのと同じで、自分も子供に頭の中を戻したまま、茂の子供の頃を思い浮かべた。もし、自分が樹里の立場だったら、茂に会いたいと思ったに違いない。
 麻衣が茂のところに来た時、育ててくれた両親は、麻衣が帰ってこないことは分かっていたのかも知れない。別に帰ってくるように説得に来ることもなかったし、姿を現すこともなかった。
 だが、麻衣には両親が納得ずくで茂の元に送り出してくれたように思えてならなかった。娘の気持ちを最善に考えたというのであれば分からなくもないが、茂という人を知りもしないのに、親としてよく承知したものだと思う。
――ひょっとして、茂さんのことを親は知っていたのかしら?
 樹里をここに居させたのだから、樹里に関係のある人のことは調べてのことであろう。それにしても、どうして樹里は家に帰りたくないと思ったのだろうか? まだ幼女だった一人の女の子が家を出ようと思い、帰ることを本当に考えなかったのだろうか?
 元々治る見込みのない病気だったということだが、どうして樹里にそのことが分かったのだろう? 自分のことに対して分かるような特殊な能力を持っているのだろうか? サナトリウムでは、樹里という女の子をいろいろ調べていたということだが、まるでモルモットになることを承知していたということなのだろうか?
 あまりにも樹里に対して不思議なことが多すぎる。その中でも印象に残った話が、じゃんけんの話だったのだが、あの話を聞いて、
「樹里という女の子は、物事に白黒つけるのを嫌っていたところがある」
 と思っていた。
 白黒つけてしまうと、それは自分の運命の限界を認めてしまうことになり、樹里の運命はどうなっていたのか分からない。医者の診立てとしては、
「彼女はいつ亡くなっても不思議ではない。今日か明日か、いや、ひょっとすると十年生きる可能性だってあるんだ」
 何とも曖昧な話だが、要するに身体の中に爆弾を抱えているということだけは事実のようだった。それが何なのかハッキリとしないが、彼女が一人受け止められるほど軽いものではないはずだ。
「動物は、好きな人に自分の死ぬところを見られたくないっていうわ。死期に気付くと、自ら身を引いて、誰も知らないところで人知れず息を引き取るっていうらしいの」
 この話を聞いたのは、確か樹里からではなかったか。その時には、樹里が自分の中に爆弾を抱えているなどまったく知らない時だったので、
「そうなんだね。動物って偉いんだ」
 と、思ったことをそのまま口にした。それを聞いて、樹里は軽く頷いたが、特別なリアクションがあったわけではない。今から思えば、樹里は自分の中で気持ちを噛み締めていたのかも知れない。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次